第二話
なんだよこれ、恋愛小説かよ。運命の出会いみたいな感じになっちゃってるじゃん。
「チヨ、良かった。探したんだよ?それに……誰、この人。」
少し鋭い目つきでこちらを見てくる。
「探したのは私の方。へーすけ、毎回迷子になる。この人は」
「俺は瀬戸明臣です。チヨちゃんから話は聞いてます、へーすけ……さん。」
「急に敬語?気持ち悪い。」
「年上には敬語に決まってんだろ。」
へーすけに聞こえないようにコソッと言う。
「僕は高橋平祐です。敬語じゃなくてもいいですよ。歳は気にしませんので。」
聞こえていたらしい。敬語じゃなくてもいいと言う割にはあっちは敬語を使うんだな。
「へーすけは耳が良いんだよ。その代わり……」
「片目が見えない、そうだろ。」
びっくりした目でこちらを見てくる。とても本物の目に似ているが義眼なのか、少し目の動きがおかしい。今の医療技術でここまでできるとは、作った人はなかなかのやり手だ。
「そうなんです。よく分かりましたね。初めてです、分かった人。良い目をお持ちなんですね。」
目が見えない人にそう言われると、何故か怖い。抉られそうだ。
「それはそうと、平祐に聞きたいことがあるんだが。」
「なんですか?」
何から聞けばいいのか。聞きたいことは沢山あった。
「道場に通っていたらしいな。先生は邏卒……そしてあの台詞。先生の名前を教えてほしい。あと、良かったら手合わせして貰いたい。」
「手合わせ?良いですけど僕は弱いですよ。剣の才能がまるっきりないんです。先生……あ、坂本東馬っていうんですけど、坂本先生に一回も一本とったことないんです。」
坂本東馬……
「一本も?そりゃあ逆にすげぇな。」
「まぁ、坂本先生からとった人は僕が知る限り誰もいません。当時一番強かった子も片手であしらわれてました。本当、雲の上の存在ですよ。」
誰もいない?平祐の言う当時ってのが何歳の頃かは分からないが、なら俺が一本とったのは何だったんだ。
手加減されていたのか?いや、少なくとも俺にはそう見えなかった。最初はタコ殴りにされたし、何よりこの胸の傷が本気度合いを示していた。
そっと服の上から傷をなぞる。あの時の痛みが思い出されてきた。ゆっくり目を閉じ、大きく一回深呼吸をする。
「……そうなのか。ところでお前ら、これからどうするんだ?」
二人が目を合わせてぱちくりする。
「私達、家がないの。」
「まぁ、家、飛び出てきましたからね。」
「ということで、明臣の家に住まわせて。」
「は?」
こいつら……舐めてんのか。
「馬鹿言うな。一人でもせめぇのに。」
「良いの?へーすけを逃がして。明臣にも目的ができたはず。」
「目的……。」
確かに、俺は坂本を探し出し、もう一回手合いをしたい。そして、あの時の”答え”を出したい。そのためにも平祐は必要だ。だが、そこまで固執する必要もない。平祐にも、坂本にも。
「はぁ、少し考えさせろ。俺にも仕事があんだよ。俺が仕事の間は隣の店行っとけ。」
隣の店とは長い付き合いだ。といっても、あっちは老舗店舗。俺が店を始めた頃から世話になっていた。
「分かった。」
「良い返事を期待してます。」
ちゃんと行ったのか外に出て確認する。ふと上を見上げると、淡い光に包まれる綺麗な三日月が出ていた。
少し休んでから店を開けよう。
やっと静かになった店の中で一息つく。
こう思うと、最近は楽しくなかった。何もなかった。朝に飲む酒も、昼に飲む酒も、夜に飲む酒も、今となっては味気ないものだった。水のように飲んでは寝て、飲んでは寝ての繰り返し。価値はない。価値なんてあるとは最初から思ってない。この楽しくない日々を紛らわせるために飲んでいた。
今日はどうだ、今はどうだ。
笑えないことの連続ではあった。だが、今までより数段。
「……楽しかった。」
ぽつりとつぶやく。少し照れくさくて笑ってしまう。
まだ、笑えるんじゃねぇか、俺。嘘なんてつかなくても。
気分は上々。いつもよりコンディションも良い。
店、開くか。
「よし!!」
先程よりも百倍ほど大きな声で気持ちを張る。
瀬戸明臣、十九歳。職業ホスト。公にはただの居酒屋で外装もちんけな看板ただ一つ。作り笑顔に酒に甘い言葉で女を魅了する、知る人ぞ知る遊び場だ。