第3話 物件見学ツアー
――異世界一日目――
とりあえず、ボロボロな建物の中に入ってみた。もしかすると、店内は豪華かも、という期待はものの数秒で打ち破られた。
まずは、リビングエリアからご紹介しよう……。
目を引くのは、何といっても並べられたホストクラブを彷彿とさせるロングソファー! 残念ながら、経年劣化により破れてしまっておりますが、中からはふわふわの綿が「はーい、こんにちはっ!」
チャーーーミングなっ、一品でございます!
次に、床を見てみましょう! なんと至る所に、こびりついた歴史ある汚れが広がっております!
そして、歩くたびに聞こえてくる、このギィギィ音! 少し歩けば、あら不思議! あなたはもう立派なマエストロっ!
さらに、至るところに散らばったガラス瓶の破片や小物たち!
無秩序に並べられていて、これはまさに自然が生み出した「偶発性の芸術」。この世界のあらゆる歪みの視覚化に成功しているのですよ!
まさに現代アートの真髄! この混乱と美の調和! あぁー美しいッッ!! 素晴らしい現代アートだと思いませぬかぁ!?
そ・し・て!! とっておきには、なんとお客様! 耳をすませてみてください!
――カサカサカサカサっ、ちゅーちゅー。
そうなんですよっ、お客様!
こちらの物件! な、な、なんと! 野ネズミたちとのルームシェアになっております!! 夜になると、床下や壁の隙間から、愛らしいネズミたちが顔を覗かせ、日々の疲れを癒してくれる……かもしれませんね!
「じゃねええええよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
何が、ネズミたちとのルームシェアだ。ふざけんな。このままだと、俺の異世界ライフ第一話目が掃除で終わってしまうじゃないか。
それに……待てよ?
よく考えれば、ここは女神フリル様が建ててくれた新築一戸建ての物件のはずだ……なのに、なんだこの有様は?
もしかして、フリルの嫌がらせか? いや、それしかないな。残業させたのは悪かったが、こんな仕打ちはないだろ。
――カサカサッ、ドォォン!!
「え……? なに、今の音?」
静まり返った部屋の中で大きな落下音が響いた。音の発生源は、奥にある「従業員専用」とかかれた古びたドアの向こう側だ。間違いない。
反射的に身をこわばらせた。
「野ネズミか? いや、違うな」
こんな大きな音を出すネズミがいるわけない。しかも、ここは異世界だ。厄介な魔物の可能性も十分ある。
「まさか、野ゴブリンとか、野オークか……?」
もし、そうなら、このオンボロホストクラブは捨てよう。
愛着なんて微塵もないし、命の方が大事だ。
――ガチャァン!!
さらに一段と大きな音が響いた。今度はドアの近くから。
「よし、捨てよう」
だが、待てよ。ここを捨てたとして、次はどこに向かえばいい? ここは俺の知り慣れた歌舞伎町でもないし、そもそも日本でもない。異世界だ。
「男になれ、司。これから当分の間は異世界だ。こんな序盤でビビってちゃ、《絶十の試練》以前の問題だろ」
散らばった現代アートの一部がキラリと光る。とっさに手を伸ばして、それを武器代わりに握りしめ、ゆっくりとドアに近づいた。
足音を立てないようにしたが、なんせ俺はマエストロらしいので、床のギィギィ音は収まらない。
ドアノブまで数歩。
俺は手を伸ばし、ドアノブをつかもうとしたその瞬間――。
ドアノブが、勝手に動いた。
「なっ……!?」
一瞬、魔法が使えるようになったか、と誤解しかけたが、どうやら違う。
反対側から、誰かがドアノブを握っているのだ。
――ギィィィ……。
開かれたドアの向こうから現れたのは、若い女。
ただ、まだ俺に気づいていない。
彼女は後ろを向いたままドアを開け、なにか文句を言っているようだった。
「もう、お兄ったらドジなんだから!」
その声は軽やかでありながら、少しイラつきが混じっている。
彼女の背後には、巨大なクモの巣に絡まって身動きが取れなくなっている男が一人。地面に這いつくばり、苦しそうに体を捩じっている。
とりあえず、魔物ではない。
よかったっ。
いや、よくはない。
……誰なんだ、こいつらは?