巨人
「どうしたものか…」
未だ昼時。イフィルのところに戻っても良いが、何も成せず帰るのはちょっと嫌なので、適当に情報収集することにしよう。
村は遠くからみたらかなり小さく見えたが、棚田のような地形に麦が植えられ、牛や豚のような生物が放し飼いされている空間なども含めるとかなりの規模を誇っているのではないかと錯覚する。
村の中を適当に見て回っていると、腹が減った。
流石に小さい村とはいえ、飲食店くらいはあるだろうし何か食べたい。
…それと、昨日食った飯がこの世界の平均だったとしたら少し考えないといけないかもしれないからな。
村ブラを楽しんでいると、まるで直売所のような小さな商店があった。
ちょうど店主は留守にしてるのか、店の中は無人だ。不用心だなぁ。
麦や肉などの値段が見れるが…ほう、ほう…。
どうやら、イフィルのところに通い詰めてる商人、意外と優しいヤツなのかもしれないな。
値段から推察するに麦の買い取り価格は確かにぼったくりではあるがそこまで酷いモノではなく、イフィルに肉など何かを売るときはほぼ適正価格…輸送してくる分も考えたら若干安いくらい? だった。
顔も見たことのない商人の優しさに感激しつつ適当に村をぶらぶらしていると、何やらおいしそうな香り。
釣られるままにその方へ足を運べば、宝生と書かれた大きな看板。
良い感じの飲食店を見つけることができた。
「へいらっしゃい…ん? お前さんは…」
キッチンから出てきたおじいさんは俺のことを認知しているらしかった。
「噂に聞いているぞ、お前さん、竜の一族の娘に拾われたヤツじゃな」
お、早速なんか知ってそうなおじいさんが。
「多分そうですが、竜の一族とは?」
「まあ何か頼め。話はそれからでも遅くはない」
言われるままにカウンター席に座る。
昼時を少し過ぎたくらいで、店の中には数人くらいしか居ない。
「これでも昼時は繁盛するんだよ、ギルドの酒場ができる前は村唯一の食堂じゃったからの。最近は儂も腰が悪くなってしまって、皆気を使ってあまり来なくなってしまったんじゃが」
腰を叩きながらカカカと笑うおじいさん。
「回復」
腰が悪いのはいろいろ不便だろうと思って回復を使ってみる。
「…お前さん、今のが件の回復魔法かい?」
「はい」
「体が軽い、見違えたようだ。礼を言うぞ」
にこりと笑ってお礼を言ってくれるおじいさん。
「じゃが、あまり安売りするんじゃないぞ。いつか痛い目を見ることになるかもやしれん」
「分かりました」
「今回は特別じゃ、儂の得意を振舞ってやろう」
わくわくしながら待っていると、出てきたのは皿一杯のスープにサイコロステーキ、黒くないパン。
これがおいしくない訳もなく、あっという間に平らげてしまった。
あ、竜について聞くの忘れてた…。
「今は人もおらぬし、話してやろう」
「良いんですか」
「腰を治してくれた礼じゃ」
なんでも、竜の一族と呼ばれるイフィルだが、やはり先祖代々呪われてきているらしい。
「儂はそうは思わんが、あの一族と関わると不幸が起こると言われておる」
「そうなんですか?」
「醜く腐った体に、あの竜に呪われているという事実がやはり彼女たちを半ば村八分のようにしているのじゃろう」
「そんな…」
イフィルが全く村について言及しようとしなかったのはそういう経緯があるからか。
「それに、彼女の父。外から来たモノじゃったんじゃが、彼女の母と結ばれたところまではよかったんじゃが、彼女が生まれて少しして母が死んだ途端にこの村を去ってしまったようじゃ」
「そんな…」
小さい子を、それも呪いにかかることが分かっていただろうに置いていったのか?
お父さん、と口にしたとき苦そうな顔をしていたのも納得がいく。
酷い親も居たもんだ。
「儂が知ってるのはこれくらいじゃ、役に立てなかったようですまないな」
「いえ、お話ありがとうございました。ごはんも美味しかったです」
いろいろと不服な感情が顔に出ていたみたいだ、今度からは気を付けよう。
「えっと、お代の方は」
「要らん、腰を治してくれた礼じゃ」
「それは話の分で使ったんじゃないですか?」
「あれはただの老人の与太話じゃ。むしろ付き合ってくれたお前さんにこっちが何かしないといけないくらいじゃ」
そうカウンターで言い合っていると、何やら村の方が酷く騒がしい。
おじいさんと二人で見に行くと、建物二つ分くらいの大きさをした巨人が山から村へと歩いて来ていた。
道中の畑が無残に踏みつぶされ、家畜たちが逃げ惑う。
「お前さん、あれ、止めてはくれぬか?」
「ええ、言われなくても。おいしい料理のおかげでいつもより力が出せそうです」
これ以上被害が出る前に、巨人の元へと駈け出す。
「火矢!」
「雷球!」
「風矢!」
何人かの魔法使いらしい人たちがそれぞれ魔法を放つが、少し日に焼けた肌色の肌が魔法を弾き、巨人にはまるで効いていない。
「全力で止めろ! タイタンを追い返せ! それかモモカさんが来るまで耐えろ!」
鎧に身を包み巨大な盾を前に構えたザ・冒険者みたいな風貌のイケメンがそう声を張り上げる。
それに呼応するように弓が数本放たれ、早い身のこなしでタイタンを短剣で切りつける女も居た。
しかし、どれも十メートル代の大きさをしたタイタンに傷を付けられない。
「グオオオオ」
蚊に纏わりつかれてくすぐったがるかのように、右手を腕を右から左に一薙ぎ。
「うわああッ!?」
それだけで激しすぎる突風がゴウゴウと音を立てて発生し、作物は何個も飛ばされ、巨大な盾を構えた冒険者すらも吹き飛ばされる、こっちに。
「ちょ、っと!?」
咄嗟に対応し金髪のイケメン冒険者を受け止めることに成功したが、冒険者はさっきの一撃で意識を失ってしまっているようだ。
とりあえず回復を使い、タイタンの様子を見る。
大暴れする巨人の皮膚は分厚く、かなり体格がいい。
…これ、殴る蹴るしか能のない俺じゃ太刀打ちできなくないか?
「オオオオ!」
いや、違うな。
考えているだけじゃ、畑は荒らされ続け、そのうち人身被害が出るだけだ。
ここでやらなきゃ誰がやる。
気合を入れろ明樹!
タイタンは腹が減ったのか、近くの牛のような家畜を手づかみし、口元へ運ぶ。
バキバキと咀嚼音が高らかに鳴り響き、村人たちは少しでもタイタンから距離を取るべく走って逃げる。
しかし、逃げるものを追いたくなるのが生物の本能。
走る一人に目を付けたタイタンは、その村人に向かって歩を進める…が、その歩みはすぐに止まった。
「オラっ!」
高く跳躍し、タイタンのデカい顔面に蹴りを一発。
完全不意打ちの一撃は綺麗に決まり、タイタンは背中から地面にぶっ倒れる。
ふと違和感。確かにタイタンは蹴った。硬い肌と顔の骨の感触が確かにあった。
だが、それ以外にも何かを蹴った感覚があったのだ。
「ギイイイイイ!!」
俺に会心の一撃を喰らって怒ったのか、そこら辺にある木を引っこ抜き、俺に向かって投げつけてくる。
避けても良いが、避けると後ろの村に被害が出る!
歯を食いしばり、腕を前で交差させ来る衝撃に備える。
肺から全ての空気が抜けるような感覚と、腕と背中に感じる確かな痛み。
どれだけ体が頑丈でも、流石に爆速で飛んでくる木の勢いは殺すことができず、後ろの建物に背中を思いっきり叩きつけてしまう。
不幸中の幸いか、後ろの建物は別に壊れてないみたいだ。
「っ、回復」
痛みが消えた瞬間、再びタイタンを狙うべくヤツに向かってダッシュ。
止まって見える腕の叩きつけを右にステップで避け、再び跳躍、顔面に狙いを定めてジャンプ、思いっきり右フックをぶちかます。
顔面セーフが適用されない世界でよかった。
今度はゴロゴロと地面を転がってぶっ倒れるタイタン。
……今ので掴んだ、さっきの感覚。
俺は、相手の魂も一緒に殴っていたようだ。
…何を言ってるのか分からないと思うが、なんとなく俺には視えるのだ。
ヤツの体の中で白く浮かぶ小さな球体が。
どんな強大な肉体を持っていたとしても、存在する弱点が、視える。
ついに激昂したのか、そこら中手足をバタバタさせて大暴れし始めるタイタン。
巻き込まれれば大ダメージは必至。
しかし俺には回復がある。
臆すことなく、手足を掻い潜りまたタイタンへ肉薄。
「グアッ!?」
驚いたようなタイタンの顔面に、三度目の打撃を拳で叩きこむ。
しっかりと魂を捉えそれすらも殴ると、魂がぶるぶると震え、そして消滅したのが分かった。
耳を劈くような断末魔と共に、どしんと重みのある音を立て巨人は地面に倒れ込み息絶えた。