モモカ
「た、助けてーっ!」
数匹の青い狼のような生き物に襲われる少女がそこには居た。
すぐ近くまで移動し、今にも少女に食らいつこうとしていた狼を一匹蹴り飛ばす。
十メートルくらいぶっ飛んだ狼は地面をバウンドしながら転がっていき見えなくなってしまった。
それを見て、怯えからか狼二匹は俺から少し距離を取る。
「今すぐ走って逃げろ」
「い、いや、あたしも戦えるけどっ!? …そんな目で見ないでよっ。てかあんたの方が心配よ、そんな軽装で…」
「問題ない」
「あっそ…」
さっきまであんな無様に叫んでたのに、なぜ突然戦えるなんて言い始めたのだろうか、これが分からんなぁ、と思っていたら顔に出てしまっていたようだ。
「───水球!」
ステッキを取り出し、少女が何やら不思議な呪文を唱えたかと思うと、巨大な水の球が指向性を持って狼二匹を襲う。
「キャンッ!?」
さっきまで獲物だと思っていた相手がいきなり反撃したことに驚いたのか、水の球に驚いたのか、驚いた声を出して逃げ出そうとするが、もう遅い。
狼はその圧倒的質量と速度にぶち抜かれ、ゴロゴロと転がって息絶えた。
「…そんなに強いならなんでさっきはあんなに情けなく叫びながら走ってたんだ…」
「私は魔法使いだし、あんな近くまで接近されたら詠唱できる訳ないし逃げるしかないでしょ!」
横でぷりぷりと怒る少女。
正統派魔法使いですと言わんばかりの巨大な三角帽に真っ黒でぶかぶかなローブを羽織ったピンクの髪の少女は不用心に狼の死体へと向かっていく。
瞬間、視界の端に、さっき俺が蹴り飛ばしたであろう狼が映る。
「グオオッ!」
右後ろ脚がおかしい方向に曲がり使えなくなっているだろうに、それでもなお狼は仲間の仇を討たんと少女に襲い掛かる。
「痛っ!?」
慌てて動くも一足遅く、狼が飛び掛かり、その牙が腕に深く突き刺さる。
遅れて再び狼を蹴り飛ばし、今度はもう起き上がれないようにダメ押しに踵落とし。
完全に息絶えたのを確認してから少女の元へと辿り着く。
「あぁ…」
少女は心ここに非ずと言った様子で明らかに動揺している。
「大丈夫か?」
「これが大丈夫に見える!? ポイズンウルフに噛まれたのよ、もうおしまいだわ…」
毒狼って、すごい安直な名前。
「解毒用の薬草も切れちゃったし、もう毒が回ってきたみたい、体全身がピリピリしてきたわ」
「回復」
「あーあ、どうせなら最後に全財産使っておいしいモノでも食べておけばよかったわ。てかなんなのよここ周辺。田舎の癖に魔物が強すぎるのよ、パーティ同士の小競り合いやら傭兵事業で命を落とすのが嫌だったから田舎でのんびりスローライフでもしようと思って来たのに──」
「いつまで喋ってるんだ? ずいぶん元気みたいだけど」
「遺言くらい黙って聞きなさいよ…あれ?」
すっと立ち上がり、全身を抱きかかえる少女。
「あんた、もしかしてそれ回復魔法?」
「そう」
「…使えるなら早く言いなさいよ」
あんな大慌てして損したじゃないと溜息をつき、ピンクの長髪がふりふりと揺れる。
「まあ、その、あんたが居なかったら多分死んでただろうし、礼くらいは言っておくわ……あんがと」
ぷい、とそっぽを向きながらそうボソっと告げる少女。
「ああ、それで、さっき不用心にあの狼のところに近づいて行って襲われてたが、何をしようとしていたんだ?」
「もうそれは忘れなさいよ。普通にこれで魔核を取り出そうとしてたに決まってるじゃない。そんなことも知らないの?」
そう言って取り出したのは短剣。
「それで戦えば良かったのでは?」
「バカ言わないで、魔法使いは近接戦闘なんてしないものなのよ。……待って、あんた回復術師よね? なんであんな近接戦闘しに行くのよ」
水色の瞳によるジト目でこっちを見られるとなんとも居心地が悪くなる。
「それは良いだろう別に」
「…まあいいわ。あたしはモモカ、等級は金よ。あんたも名前と等級を教えなさい」
「とう、きゅう?」
「嘘、いくら田舎だとは言えあんなに動けるヤツが冒険者ですらないなんて」
おかしいわねと首を傾げるモモカ。
「ああいや、今から冒険者登録をしに行くところだったんだ。俺はアキ、それで等級というのは一体?」
「魔法使いのノウハウも知らないと思ったらそういうことね。等級って言うのは高ければ高いほど強いってことよ。あたしは金級、上から二番目に高いエリートなの。アキ、あんたなら特別に崇め称えても良いわよ」
ふんすと鼻息を鳴らしながら胸を張るモモカ。
「気持ちだけ受け取っておく。それで、冒険者登録の仕方が分からないからこれから暇なら教えてほしいんだが…」
「ギルドに行ったら分かるわ」
「冷たすぎだろ」
流石にビックリだ。
「効率の話よ。あたしはここの魔核を取ってから冒険者ギルドに向かうわ。どうせアキは魔核の取り方知らないでしょう? あんたはあたしが作業してる間に登録しておきなさい」
「あ、ああ」
「心配しないでも助けられた借りは返すから、登録が終わったらそこらへんで待ってて」
さあ行った行った、とばかりに手を振るモモカを後ろに見ながら、一抹の不安を抱え冒険者ギルドなるものを探し始めた。
「これで登録はおしまいです。貴方の等級は銅級からです。では頑張ってくださいね」
本当に行ったら全部分かってしまった。
受付のお姉さんに言われるままに名前を書いて、銀貨一枚払ったら終了。
身分証明書っぽい冒険者カードなるものも貰った。
こんな簡単でいいのか不安に思ってしまう。
…それより、周りの人間からの視線が気になる。
ギルドには酒場が併設されており、視線は酒場から。
荒くれものに目を付けられているというわけではなく、なんなら全然冒険者っぽくない、村人のような人たちが酒場から俺に目を向けている。
少し居心地が悪いなと感じていたところに、
「パワーベア六匹にポイズンウルフ五匹の魔核を換金して欲しいのだけれど」
よく通る少しツンとした声。
「は、はい、モモカさんですね、えーっと、パワーベアの依頼分で金貨六枚と、ポイズンウルフの分が金貨三枚です」
「ふん、アキ、これ」
「っと」
投げられたコインを落とさないように受け取ると、そこには五枚の金貨が。
「って、俺こんなに働いてないぞ?」
「あんたねぇ…回復魔法がどれだけ貴重か分かってないの?」
普通に一回回復に金貨一枚くらい取っても全然安い方だと言うモモカ。
「それに、傷と毒を同時に、無詠唱で回復できる回復術師なんてかなり高性能よ」
モモカのその発言を聞いて、ギルド内がザワつく。
「おい、あの竜の一族の家に住み着いた黒髪黒目の男が回復術師だとよ」
「ホントか? 竜の呪いって回復魔法が効かないって聞いたが…」
「でもアンクが竜の一族の娘の足が生えてたってのを見たって言ってたんだ」
「足の欠損を治せる回復魔法なんて聞いたことがないぞ!?」
ザワザワと酒場の喧騒が耳を付くが、モモカが俺の手を引いてギルドを出たことで騒ぎはすっかり聞こえなくなった。
「…あんたの回復魔法、四肢欠損も治せるなんて本当に高性能ね。あたしが知ってる中じゃ白銀級の冒険者の回復術師にそんなヤツが一人居たくらいしか知らないわ」
「そうなのか」
「アキ、あんたあたしとパーティを組みなさい」
突然のパーティ勧誘が俺を襲う。
「この村田舎すぎて金級の冒険者があたししか居ないのよ。というか全冒険者合わせても十人くらいしか居ないと思うわ。の割りには周りの山には推奨等級が金のヤツらばっかり」
「それはなんとも魔境だな」
「でも人畜に被害を与える魔物は倒さなくちゃいけない。でも倒せる人間はあたし…とあんたくらいしか居ない。これが何を意味するか分かるかしら?」
「これか!」
金貨を見せびらかせば、にやりとモモカが笑みを零す。
「ここのギルドの討伐依頼と報酬はほぼすべてあたしたちが握っているような物よ」
「俺で良いなら、パーティを組もう」
「もちろんよ。報酬は半分ずつで良いわね」
「ああ」
願ってもない一攫千金チャンスに胸が高鳴る。
「今日はもう疲れたから、明日から早速行動開始よ。明日の…朝一、ギルドに来なさい」
それだけ言い残して、モモカは踵を返し何処かへ去っていった。
「…あ」
あんなに物知りっぽかったモモカに竜の事を聞くのを忘れてしまっていた。