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イフィル

「はい、どうぞ!」


 豪邸に招かれ机に着くと、出されたのは大きな焼肉と黒いパン。


「い、頂きます…」


 あんまり人の作った食事にケチを付けるのは良くないんだが…肉は焦げが目立ち、良くも悪くも素材の味しかない。パンは酸味があり、食感はカッチカチで石を食ってるのかと一瞬勘違いした。


「ご、ご馳走様…」


 ただどんなメシであっても完食はする。お腹も減っていたからね。


「おいしかった?」

「あ、ああ…イフィルはいつもこんな食事を?」

「うーん、お肉はいつもは干し肉だよ。今日は特別だから特別に干してない肉を焼いたの。スープを作ったりすることもあるよ、今日は用意してなかったけど」


 そうか、俺の為にわざわざ肉を焼いてくれたのか…。






「ごめんね、ちょっと埃被っちゃってるけど、これくらいしかお洋服なくて」

「いや、すごくありがたい」


 俺の服がボロボロビチャビチャだったことに気づいたイフィルが別の部屋に行って、少し古い男性物の服を持ってきてくれた。


「体気持ち悪かったら着替える前に庭で水浴びしてきてもいいよ」

「分かった」


 もう何時間も外に居たせいで海水の水分は飛んだがまだ体に気持ち悪さが残るのでお言葉に甘えることにしよう。




 屋敷の中を迷いそうになりながら庭へ向かうと、もう外は真っ暗で、村の方は明かりが疎らに付いているが、山の方は二つの月の光がなかったら多分何も見えなかっただろう。


「くっらいな」


 月と屋敷から漏れ出る明かりで辛うじて庭の足元が見えるくらいの薄暗さだが、俺の体は夜目も効くためあまり問題ない。

 便利な体になっちゃったもんだ。


 べたべたの服をそこらへんに転がし、かなり大きな池を発見したので入水。

 やはり中世だから風呂なんて文化はなく水浴びが主流なのか。


「日本が恋しいなぁ…」


 今思えばなんでこんなに苦しい思いばっかりしなくてはいけないんだろうかとイラついてくる。

 変な奴らに人体実験されそうだったし二日も休みなしで走り続けたし、今日は溺死するかもしれなかったし。

 別に日本に居た時に家族関係が悪かったりなんてこともなく、不自由なく普通に生きていただけに、この仕打ちはあまりにも酷いんじゃないかと思えてくる。

 暖かい布団で寝たい。





 渡された服に着替え、イフィルの元へと向かう。


「お帰り。サイズ合っててよかったよ!」

「ああ。都合よく男物の服があってよかった」

「実はそれお父さんのなんだよ」

「そ、そうなのか」


 お父さんと発した瞬間僅かに顔が歪むのが分かったのでなるべく触れないように話題を切り替える。


「そういえば、俺はこれからどうしたらいいんだ? ずっとここでタダ飯喰らいになる訳にもいかないし」

「うーん…タダ飯喰らいでも大丈夫だよ?」

「え?」


 なんだ急に。イフィルはもしかして男をダメにするタイプの女の子だったのか!?


「い、いや変な意味じゃなくてね? その…アキの回復魔法の効果が凄かったから…」

「もう足は治ったんじゃないのか? 一回治しただけでそこまでしなくても…」

「…私の竜の呪いって言うのはちょっと複雑なの」


 呪いに竜ねぇ。なんかイフィルとの会話で何度も聞くけど。


「悪いが、俺は帝国から来たせいでこっちの文化とかには疎いんだ。竜がどんなものなのかも知らない」

「アキはそうだったね。竜って言うのはね…」


 古代から生きてきた長命種であり、人知を超えた権能と力、知性を保持している、らしい。

 非常に狂暴で、リュヴーズ大陸の北と南では竜同士の争いにより幾つもの国が消滅したとか。

 それで、今イフィルが管理してる腐食の竜は、暴れたりはせず常に山に籠り人前に姿を見せないらしいが、イフィルの一族に呪いを掛けているらしい。


 その呪いとは、体が少しずつ腐り落ちていく呪い。


「どれだけお医者さんや回復魔法を使える冒険者を呼んでも治らなかった腐り落ちた右足とボロボロになってた左手が、さっきのアキの回復魔法で健康体に戻ったんだよ。このままだとあと数年で左手から胸まで腐って死んじゃうところだったってお医者さんも言ってたから」

「それはなんともまぁ…」

「だから、アキには感謝してもしきれないの」


 にへら、と笑ってそう言う。

 まあ何はともあれ、命の危機から救われたのならそれでよかった。


「…とりあえず今日はもう遅いし寝ない? 好きな部屋で寝ていいから。明日のことは明日考えよう?」

「じゃあそうするか」


 確かにかなりの眠気が自分を襲ってきているのが分かる。

 というかこっちの世界に来て安心して眠れる状態なんてこれが初めてじゃないか?

 ここはまたお言葉に甘えてひと眠りすることにしよう。









 一睡し、朝。


「…それは?」

「竜の呪い、結構強いみたい」


 困ったように笑うイフィルの足は少しではあるが紫色に変色し、変な臭いが立ち込めていた。


「痛くないか?」

「……ちょっとだけ」

「すぐ治す、回復(ヒーリング)


 紫色の部分はすぐさま無くなり、そこには健康的な肌の色があった。


「…ごめんね」

「イフィルが謝ることじゃない」


 やるせなさで気まずい沈黙が場を支配する。


「…一回治しただけじゃ呪いは完全には消え去らないか」

「うん。なんとなくそんな気がしてたの」

「うーん…」


 どうしたものか。


「…分かった。イフィルの呪いが治るまでここにいることにする」

「本当!?」

「ただ、毎日イフィルの呪いを回復(ヒーリング)するだけじゃない。事後対応だけだといつか取り返しのつかないことになるかもしれないからな」

「と言うと?」

「情報を集めよう。実はまだ冒険者登録をしていないんだが、この近くにギルドはあるか?」


 元々、エルティナ帝国で助けた男の人に教えてもらって冒険者という職業があるのは知ってたが、リュヴーズ大陸にそれがあるかは分からなかった。が、イフィルの口ぶりからこっちにもあるということが分かった。

 冒険者。聞くところによれば魔物…ゴブリンを狩ったりを主軸に、何でも屋みたいなことを命がけでやるフリーターより待遇悪い職業のようだ。その分入ってくるお金は結構あるらしい。


「冒険者になって、金を集めて、その金で情報を買おう」

「情報を?」


 俺は知らなかったが、こっちの大陸だと竜の存在はもう全員知ってるレベルだったらしいので、誰か一人くらいは物好きが竜に関する研究をしていると勝手に踏んだ。

 それと…これは私利私欲だが、長命な竜なら、俺を異世界に召喚したことの逆…元の世界に戻す技とかを知ってるんじゃないかという希望的観測もある。

 それとなく帝国で助けた男の人に異世界召喚的なことを仄めかして聞いてみたが、やはり異世界なんて突拍子もない話だと思われているようだ。実際俺も自分が異世界に召喚されなければ異世界なんて信じなかっただろうしな。

 ただ、突拍子のないことでも、竜の研究に付随してそんなことを調べている人間も居るかもしれないしな。


「お金が必要なら、作物を商人のおじさんに売って貯めれば…」

「これはまだ確証を得てないんだが、ぼったくられてる可能性があると思うんだ。村で作物を売ったことはあるか?」

「…ない。でもどうして?」


 だって、あんなに険しい山の中をわざわざ歩いて、しかも護衛を雇って来て正規の値段で買い取ってたら商売あがったりだろう。

 何故かイフィルは近くの村との交流を避けているみたいだし、何かあるのだろう。


「本当にぼったくられてるか判明させるべく正規の値段も調べてくるために、とりあえず村に出てくる。無職だと印象も良くないだろうしついでに冒険者登録も済ませてくるって訳だ」

「でも冒険者は危険だよ?」

「俺も危険だとは思う…」


 苦笑。


「でも俺なら大丈夫だ」

「…どうしてそこまでしようとしてくれるの?」

「昨日、困った時はお互い様って言ってただろ?」







 イフィルからお小遣いを貰って豪邸を出る。

 金色の麦畑を歩いていくのはなかなかに風流で趣深い。

 そよ風が麦特有の匂いを運び、快晴と言って差し支えない空からは優しい日光が地面を温めてくれる。

 日本ではゲームや動画視聴、勉強ばっかりでこんな大自然の中を歩く経験を全くしてこなかったが、これは異世界に来て明確に良かったと言えるポイントかもしれない。

 貰ったお小遣いは銀色の高価五枚。

 イフィル曰く「これくらいなら商人のおじさんが肉をこれだけ売ってくれるよ!」と大体1kgくらいの大きさを両腕で表してくれた。

 この世界の肉がどれほど高価かは知らないが、この銀貨五枚は大体五千円だと考えて問題ないだろう。


 そんな風に考えていると、麦畑も終わりを迎え、村まで目と鼻の先と言ったところまで到着した。

 その瞬間。


「うわああああああ!? 誰か、誰かーっ!?」


 考えるよりも先に、声の方向へと俺の足は駆け出していた。

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