浜辺での出会い
ザパーン! と大きな音が耳を打ち、覚醒する。
「ジャリ…!?」
口の中がジャリジャリで思わずペッペと口の中のものを吐き出そうとする。
「キミ、大丈夫?」
そんな俺の横から何か聞き心地の良いソプラノの声。
そちらに反射的に目を向けてみれば、そこには片足がなく、砂浜に腰を下ろした美しい少女がそこにいた。
背中まで垂れたプラチナブロンドの滑らかな髪の毛、整った顔立ちと吸い込まれるようなアメジストのようなつぶらな瞳に一瞬我を忘れ、息の仕方を忘れてしまった。
「──だ、大丈夫だ」
改めて自分の姿を確認してみると、コンブのようなナニカが足に巻き付き、体中海水でビチャビチャになっている。
体も薄ら寒く、ほぼ確実に海を漂ってここに着いたのだろうと言うことが分かる。
俺の乗ってた船が何らかの要因で沈没したか、隠れていたのがバレて俺だけ投げ出されたか…どちらにせよ、多分回復のおかげで生きてるからまあ良しとしよう。
よく少女を観察してみると、大体歳は俺と同じくらいで、少し華奢で細い体をしている。
ない右足と、包帯でぐるぐる巻きにされている左腕。
砂浜には松葉杖のようなものが転がされおり、明らかに健康体ではないということが分かる。
「キミ、名前は?」
「名前? お、俺は明樹だ」
「アキ、アキね。覚えたよ。私はイフィル。ところで、どうしてこんなところに?」
「あー、俺もちょっとよくわからなくてな。船に乗ってこっちの大陸まで来ようとしてたんだけど、まあ見ての通り船は沈没してしまったらしい」
立ち上がり、足に張り付いたコンブモドキを取っ払いながらそう言う。
「大陸…ってもしかして、エルティナ帝国から?」
「そんな感じだ。帝国が最近キナ臭くて、こうして逃げてきたんだ」
俺にとってキナ臭いだけだが嘘は言っていない。
「やっぱりあそこってあんまり良い噂はないみたいね」
あ、俺以外もそう思ってたんだ…。
「でも大丈夫、ここは東のカランデラからはかなり離れているし、戦争も少ない地域なの。あ、カランデラは分かる? 最近帝国との交易を盛んに行っている国らしいよ…と言ってもカランデラ以外に帝国と貿易している国はないみたいだけど」
「そうなのか」
「具体的にはそう…歩いて行ったらカランデラまで何週間も必要よ」
「じゃあかなり遠いな」
「ホント! そんな長い間流されてたのによく無事だったね?」
本当にその通りだ。やはり回復が悪さ…じゃなくて俺に力を貸し続けてくれたのだろう。崖から落ちたときも勝手に発動してくれてたからな。
「俺には勝手に発動してくれる回復魔法があって、それのお陰で多分生き残れたんだ」
「回復魔法? 珍しいね」
…というか俺、回復があるとは言え数週間も意識ないのヤバくないか? 流石におかしい気がする。
例えば海流がここら辺だけ超強くて、歩きだと何週間もかかるが海路だと一日くらいの速さで移動できるとか?
「ちょっと思ったんだが…」
自分の考えをなんとなくイフィルに伝えてみると、
「…確かに、この海岸、よく船が通るわ。そんなことよく考えつくね?」
アメジストのような深い紫の瞳が輝いて俺を見つめる。
「まあ、少しだけ…」
「そういえばアキ、行く宛がないなら私に付いて来ない?」
「イフィルに?」
そう、と松葉杖を突き立ち上がる。
「私の一族はこの地に眠る竜の管理を任されているの。たくさん蓄えがあるから、貴方がどうしたいか決まるまで泊めてあげるよ。お腹も空いているでしょう?」
言われてみれば確かに、お腹が空いている。
回復で食事をする必要がなくても、お腹は空くのだ。
なんともありがたい申し出。
「本当に良いのか?」
「うん! 困った時はお互い様、だよ!」
にんまりと笑顔になるイフィル。
「そういえば、イフィルの足って…」
「これ? あー、なんていうか、生贄と言うか、呪いと言うか…?」
「ちょっと試してみてもいいか? 俺の回復」
俺がそう言うと、イフィルは困ったように頬を掻く。
「あー、そう、腕利きの回復術師を何人も呼んでみたりしたんだけど、私の呪いはそんな簡単に解けるものじゃないっぽくて…」
「まあ、物は試しだろ? 回復!」
帝国で助けた男の人が俺の回復魔法はスゴい! と言っていたので、根拠のない自信で回復を無理矢理使ってみる。
すると、次の瞬間まるでイフィルの足がまるで元からあったかのようにそこに存在していた。
「あ、あれ、あ、足?」
松葉杖がカランと音を立て落ち、イフィルが驚愕の表情に顔を染める。
その後遅れて目から涙が零れ落ちてくる。
「嘘…腕の痛みもなくなってる…」
やがて感極まったようにその滑らかな髪が汚れるのも厭わずに海水まみれの俺に抱き着いてきた。
「アキ、ありがとう…!」
俺は、どちらかと言えばただの回復一発でここまで感極まられることに内心は驚愕でいっぱいであった。
それから数時間。いきなり足が生えたイフィルは始終ご機嫌な様子で森の中をあっちこっちと走り回っていたためかなり到着が遅れたが、なんとか山中を歩いて辿り着いた山間の平野。
広範囲に金色の麦らしき食物が並び、夕焼けに反射して眩いほどの輝きを放っている。
大きく広がるそれらの向こうにはそこそこの大きさをした人里が見える。
「あれはスズ村。そして、あそこ!」
イフィルが指差す方を見れば、黄金色の麦畑の中にかなり大きなお屋敷が。
「あれが?」
「うん、周りの畑はぜーんぶ私のなのよ」
「大地主じゃん!」
めっちゃ土地広いじゃん、すごいお金持ちだな。
「でも私だけじゃこの量の作物は到底食べきれないから、たまに来る商人のおじさんに売ったりしてるの」
「よそって…もしかしてさっきの山の中をわざわざ移動してくる人がいるのか?」
はっきり言ってここ周辺の山は、険しいしイフィルが居なかったら迷ってただろうし、偶にチラリと明らかに人を食えそうな大きさのバケモノが見えたりしてとてもじゃないが慣れてない人間が通るような場所ではなかったと思う。
「大丈夫、商人のおじさんは冒険者を護衛にしてるし、あそこの山は魔物が寄り付かないから。あそこには…私が管理してる竜が眠っているの」
イフィルが顔を少し歪めながら見つめる方には、周りの山よりもより険しく聳え立つ巨大な山がそこに鎮座していた。
山頂付近は半分くらい岩が剥き出しで、中腹にかけるにつれ毒々しい色をした木が疎らに生えている。
最初に見た城が建ってるあの山より大きいかもしれない。
「その竜ってのの力が強すぎて誰も寄り付かないのか…」
さっきから話に出てくる竜とはなんなんだろうか。普通に四つ足に羽のトカゲみたいな竜で良いのだか?
「うん…まあ、とにかくお腹も空いたでしょう? 家に帰ってごはんにしよう?」
「ああ、よろしく頼む」
竜の居る山を見ていた時とは変わって、爛漫に微笑むイフィルに置いていかれないよう、走る彼女の後を追いかける。