召喚、脱走
目が覚めると、自分の周りに何人もの人間が倒れていた。
さっきまで自分は部屋で寝ていたはずなのに、気が付くと蝋燭のみが灯りとなった薄暗い石造りの部屋に居た衝撃で若干の混乱に陥る。
何の変哲もない日本男児十七歳の俺こと明樹にはあまりにも無縁すぎる光景だ。
突拍子のなさに夢じゃないかと疑い頬を抓ると酷く痛い。それに加えじっとりとした地下特有の匂いと裸足の足裏に伝わる岩のごつごつとした感触は、これが夢じゃないと嫌でも伝えてくるようだ。
周りの倒れている人たちは白いフードに皆身を包んでいるが、誰一人としてピクリとも動かない。
慌てて助け起こすべくそんな彼らの近くに近寄ってみる。
「おい大丈夫か!?」
一人を抱え起こしてみると、その男は息をしていなかった。
他の人も微動だにせず、全員息絶えているようだった。
異様な光景に思わず後ずさりしてしまう。
すると、突然薄暗かった部屋に強い光が差し込み、思わず目を覆う。
「連れて行け」
不思議な発音で聞き覚えがないはずの声の意味が何故か聞き取れ、軽い混乱、直後何人かの足音が部屋に入ってきて、何やらジャラジャラと金属の音が聞こえる。
──これはマズい。
根拠のない危機感、しかし錯乱から来るそれが自分にはひどく恐ろしいものに感じられた。
「う、うわああ!?」
半狂乱になりながらそこから走り出す。
「に、逃げるな!?」
いつの間にか痛くなくなっていた目をかっぴらき、入口に待機する白フードの三人を体当たりで吹き飛ばす。
「えぇい、火球!」
後ろの男が何かを叫んだと思った瞬間、自分の背中に激しい痛みと熱さを感じた。
「いッ…」
その場に膝を付きそうになった瞬間、何か不思議な温かいモノが俺の背中を包み、一瞬にして痛みと熱は消滅し、俺は再び最高速で走り出す。
「あっちに行ったぞ! 追えっ!」
何人もの人間が自分の後を追ってくる恐怖から足が絡まり転びそうになりながら、右も左も分からない岩の通路を走り続ける。
それでも不思議なことに全く体は疲れていない。
特に特別な運動もしていないはずの自分の身体能力が何故か今は飛躍的に向上している。
どんなカラクリかは分からないが、今はただこの恩恵にあやかるしかない。
独特な色をした石壁の通路を走っていると、部屋に出る。
そこは如何にも実験室のような風貌の部屋で、まさしく人体実験中です、と伝えてくるように、溶液の入った大きな水槽に一糸纏わぬ人間が眠っていたり、恐らく人間の臓物であろうものが保管されていたりで、それらが更に自分の精神状態をおかしく恐怖へと駆り立ててくる。
非検体らしき彼らを助けてやれない無力感、白フードの集団から逃げなくてはいけない恐怖で今にも狂いそうだ。
全く体は疲れないが、心が疲弊して仕方がない。
しばらく走っていると、明らかに施錠されている木造の扉を発見した。
根拠のない自信から、その扉を思い切り殴ってみると、人が一人通れるくらいの巨大な穴が生まれた。
「はは、どうなってるんだ…」
とんでもない事象に引きつつも、そこを通れば、辺りにはおしゃれな城内といった景観が広がっていた。
いつの間にか撒いていたらしく後ろから足音は聞こえないが、城内を見学している余裕はないだろうし、一刻も早くここを出た方が良いだろう。
素早く辺りを見渡してみれば、少し高めのところに窓があるのが見えた。
三歩助走を付け、跳躍。
簡単にその高度へたどり着いた俺はそのままガラスをブチ破り、華麗に外へと脱出!
「って高ぁい!?」
なんとこの城山に建てられていたらしく、下までバカみたいな距離がある。
絶望したまま、半ば諦めつつ、せめて最後に景色でも楽しむべく周囲を確認してみる。
いくつもの山々が囲む城の周りには、かなり広大な城下町が広がっており、近くには大自然と巨大な運河。
ゴウゴウと風を切る音をダイレクトに鼓膜で感じながら、反り立った岸壁を落ちていく。
はっ、と目が覚める。
ここは天国か? と立ち上がりあたりを見渡してみれば、目の前には巨大な運河。後ろにはさっきの城。
体に痛みは全くなく、暖かな光が俺の体を包んでいる。
さっきもそうだった。暖かいナニカが俺の体の損傷を治していると考えていいだろう。
それと、俺の体はかなり頑丈になっているっぽい。あの高さから落下して即死していないのは正直意味が分からない。
背中に感じた熱さやこの中世ヨーロッパのような光景…そして俺の異常な身体能力や力から推察するに、俺はRPG等の題材になるファンタジーな世界、通称異世界に来てしまったのだろう。それも俗に言うチートというものを手にしている可能性が高い。
そんな感じの現象…もちろん創作上の話ではあるが、それについて学友が話しているのを話半分に聞いていたことがある。
異世界に来てしまった人間はなんかすごい感じの能力を手に入れることができて、それで某無双ゲームも驚きの大活躍をできるとか。
確かに、馬鹿みたいな強度の体にすぐ傷を癒せる能力はチートと言わずしてなんだろうか。
俺が異世界に来てしまった理由として、さっきのバタバタ人が倒れていたところを見るに、俺がこの世界に来た瞬間錯乱して大暴れしたか、彼らが自分たちを生贄に俺を召喚したとかだろうか。
何の意図があって俺を召喚したのかは分からないが、絶対碌な事ではないだろう。
あの城に戻ることがあってはならない&さっきの白フードのヤツらに見つかるわけにはいかない。だってあいつ『連れて行け』ってすごい物騒なこと言ってたし、捕まったら絶対ヤバい。次の日くらいには腕が六本くらい増えていても不思議じゃない。
などと思考を凝らしながら、運河に沿って移動していく。
とにかく今はあの城から少しでも遠くへ逃げることが先決だ。
幸い川を辿っていけば何処かには辿り着くだろうし、俺の身体能力ならかなりの速さで移動ができるからな。
川沿いを走って何時間か経っただろうか。
水面に映る自分の姿に気を払う余裕ができた俺は自分の姿を見てみる。
…なんともまぁ、変わってない。
背丈や顔付きなどはそのまま、服装は寝ていた時と同じ半袖半ズボンの部屋着。
先ほどの炎で燃やされた背中の部分は焼け落ちボロボロの終わってる服装だった。
ガサリ、と茂みから音がする。
先ほど俺を追っていた白フードのヤツらだったらと思うと恐ろしく、音の鳴った方向を凝視しながら走る速度を速める。
「ほっ……ん?」
少し視認できた、まったく白くない、緑色のシルエット。
一度は安堵し息をついたものの、なんかよく見たら人型だしもしかしたら緑フードのヤツが居るのかもしれないとやはり気を張る。
しかしそれは杞憂だったようで、そこにいたのは木の棍棒を持った耳の大きい緑色の生物だった。
「ファンタジー世界といえばだが、見てみると感慨深いな、ゴブリン」
向こうはこっちに気づいておらず、何かを探しているようで地面に向かって目を光らせていた。
食べ物か何かか見つかるといいなと思いながら俺は川沿いを走ることを再開した。
いつの間にか日は落ち、空には一面の星と、金と青の二つの月が浮かぶ中でも、俺は休まず川沿いを走ってきた。
道中少し疲れたものの、その度にまた暖かい光が俺の体を包むと共に疲労感が消滅したため走り続けることに成功していたのだ。
この暖かい光、安直に回復とでも呼ぼうか。これが超性能すぎて本当にありがたい。
どこかで休もうにも辺りは大自然すぎて変な動物にでも襲われるのが怖くてまともに休むことすらままならないこの状況でこれは非常に大きな武器となっている。
辛うじて月が二つあることでギリギリ地面の様子が見えるので転んだりなどはないのだが、転んだとしても回復があるという安心感が素晴らしい。
もともと自分はゲームなどではヒーラーを選びがちな人間だったので、回復職がどれだけ便利かは身に染みて知っている。
絶望的に独りぼっちでもまだ俺に希望が残っているのはこの回復のおかげといっても過言ではないだろう。
そんな独白を胸に抱きながら川沿いを走っていると、何やら少し丘のようになっているところに洞窟を発見した。
かれこれ十時間近く走っていると、体が疲れていなくても精神が疲れてくる。
まともに休むことは叶わないだろうが、少しでも休んでおくべきだと判断して、俺はその洞窟へと進行方向を変えた。