私の好きな男子、実は最強でした
私、二階堂セレナには、好きな男子がいる。
名前は西園寺オスカー。
ゼルトル勇者学園に通う、特にパッとしない男子学生だ。
たまにちょんっと跳ねている黒髪に、黄金色の瞳。顔立ちは整っている方だと思う。でも、ハッとするほどハンサムかというと、そうでもない。唯一印象に残る特徴は、右頬にある切り傷だ。人差し指くらいの長さで、結構かっこいいと思う。
***
オスカーとは入学式で初めて出会った。
同じクラスで、たまたま席が隣。仲良くなるひとつのきっかけみたいなものなのかもしれない。
でも、初対面の人に自分から話しかけられるだけの勇気は、私にはなかった。
そして、例の台詞を言われたのだ。
『この学園に入学するのは、初めてか?』
私は最初これを聞いた時、はぁ?と顔をしかめたのを覚えてる。
『それが当たり前でしょ。あなた、頭大丈夫?』
失礼なことを言ってしまった。
ついつい反射的に口が動いたのだ。私は悪くない。だって、変な質問をしてきたのは、あっちなんだし。
『俺か? 俺の名は西園寺オスカーだ』
『名前聞いたわけじゃないんだけど』
普段だったらこんなにスラスラ言葉が出てくることはないのに、彼にツッコミを入れると自然に会話ができる。
不思議な気分だった。どうせここでも友達なんてできないと思っていたから。
***
入学して二ヶ月がたった。
多分だけど、オスカーは友達だ。
彼が私のことをどう思ってくれているのかはわからないけど、多分、知り合い以上ではあると思う。というのも、彼だって話す人が私しかいないからだ。コミュニケーション能力を欠いているわけじゃない。私の予想だけど、席で隣になった私とは必然的に話すようになっただけで、他は誰とも話さなくても学園生活が送れるから、その必要性を感じていないんだと思う。
それに、私、結構美人だし。
容姿だけは幼い頃からよく褒められていたから、それなりに自信がある。でも、男子にモテて困る、なんてことは起こらない。私は表情豊かな性格じゃないし、少し話しかけられても冷たい態度しか取ることができないのだ。
そんな私に対して、オスカーは常に堂々としている。
別に頭がいいわけでも、剣術が上手いわけでもない。言い方は悪いけど、特段優れているところなんてなさそう。それなのに、彼からは絶対的な自信を感じる。
***
「オスカーって、パッとしないよね」
ゼルトル勇者学園に入って最初のテストである、一学期中間テストが終わって少しした頃。
私は隣の席に座っているオスカーに言った。
意地悪な意味は特になくて、ただ、軽い気持ちで言っただけ。こういうの、なんだか友達っぽい会話で少し憧れていた。
「いきなり悪口か」
私よりも感情の乏しい表情で、オスカーが呟く。
「いや、たださ、なんかテストの時も中途半端な点数取るし、実技も下手じゃないけど上手くもないって感じだし」
「そうだな」
私の絡みに対して、彼は一切動じなかった。
もっと否定して欲しいし、私のこともいじってくれていい。天界の神々を理解できないのと同じように、西園寺オスカーという少年を理解することはできない。彼は特質したものを持っているわけではなさそうなのに、人を――私を引きつける何かを持っていた。
そのせいで、彼のことがよくわからない。
とにかく、私は焦った。
このまま何も反論されなければ、私からの一方的な悪口で終わってしまう。
「ちょっと、何か言い返しなさいよ」
もう少し柔らかく言いたかったのに、かなりトゲのある言い方になってしまった。
ひとりで反省会をする。
友達がいないのも、こういう性格のせいなんだ、と。別に友達に飢えているわけじゃない。ずっと友達なんていたことがないから、孤独には慣れている。でも、オスカーと話していると、毎日新しい発見があるし、何気ない毎日が明るくなる。そんな気がしていた。
「俺は君の言う通りだと思っただけだ。今回の一学期中間試験の成績を見ればわかる。十科目全て五十点前後。むしろ平均以下だ」
虚空を見つめるオスカーは寂しげだ。
「別に、そういうつもりで言ったんじゃなくて――」
「俺は気にしてない。むしろ――」
声を落としたオスカー。そのままゆっくりと呼吸を整え、小さな声で囁く。
「――全て計画通りだ」
聞き逃してしまうほどに細かい声だったのに、私の記憶には鮮明に刻み込まれた。
***
彼の言葉の意味がわかるようになるまでに、そう多くの時間はかからなかった。
翌日の〈剣術〉の授業。
白髪オールバックのイケオジ先生、桐生レイヴンの授業で、オスカーが派手なことをやらかしたのだ。
『あの剣は俺の好みではない。そこに美など存在しない、子供の遊びだ』
彼がそう言い放った対象の人物は、クラスの注目株、一ノ瀬グレイソン。
貴族出身で、まさに貴公子って感じの金髪に、灰色の瞳。顔立ちは言うまでもない。凄く整っていて、ハンサムだ。
面食い、もしくは金好きな女子生徒達は、きゃーきゃー言って一ノ瀬を褒め称えている。私は彼の甘いマスクには興味がなかったけど、剣術に関して純粋に上手だと思っていた。
力強く、堂々としている。この授業ではペアを組んで摸擬戦をしたりするわけだけど、彼は群を抜いて剣が上手かった。
そんな一ノ瀬を、オスカーは「子供の遊び」だと言ったわけだけど、どうしてそんなことを言ったのか。大して上手くもない平民出身の彼が、貴族出身の大人気生徒に言っていいものじゃない。
「ちょっと、オスカー……」
彼は面と向かって発言したわけじゃなかった。私との練習の際、一ノ瀬の剣術を見て普通の声の大きさで感想を言っただけだ。
でも、まわりのクラスメイトにはちゃんと聞こえてたと思う。
絶対に駄目だ。今後のクラスでの人権がなくなってしまうかもしれない。
そう考えると、全身から血の気が引き、手の震えが止まらなくなった。どうか、これ以上オスカーが失礼なことを言いませんように。
「どうした? 何か言いたそうだが」
顔を青くする私を見て、オスカーが首を傾げる。どうした、じゃない!
「あの言い方は良くないって。私も正直あの人はあんまり好きじゃないんだけど、敵に回すような相手じゃないと思う」
絶対に他の人に聞かれないよう、小声で警告する。
「敵に回す、か」
「変なこと言ってないで、今からでも謝ってきたら? 絶対さっきの言葉聞こえてたから」
またしてもオスカーが虚空を見つめて別の世界に行こうとしていたので、正論で阻止する。
彼はよく一点を見つめて固まることがあって、私はその現象を「オスカーワールド」と自分の中で呼んでいた。
「断る。俺は思ったことを口にしただけだ。それに、もし仮にも彼が真の実力者なのであれば、話したこともないクラスメイトからの批判など、気にするはずがないだろう」
大声でオスカーが言う。
終わった。
一ノ瀬のファンから向けられる視線は驚くほどに冷たい。人って、こんなに冷めた目ができるんだ、と思うくらいに。
この状況で、オスカーは余裕の表情を見せていた。
***
その後の昼休み、オスカーは一ノ瀬から決闘を申し込まれた。
なんとなく予想通りだった。
私とオスカーが中庭で昼食を取っていたところ、女子生徒二人を連れて一ノ瀬がやってきた。そして、謝罪を要求したのだ。
「西園寺君、僕は寛容だ。今からキミが頭を下げて僕に謝るというのなら、先程の件は水に流そう」
親切にも、オスカーが謝罪すれば一件落着。思っていたよりも一ノ瀬が寛容でほっとした。それなのに――。
「俺は謝るつもりはない。正直に思ったことを言っただけだ。お前はこのままでは一生成長できずに終わってしまう。実力を過信することの愚かさに気づけ」
謝るどころか、挑発を繰り出すオスカー。
これで決闘になって、ボロボロにされても知らないんだから。
「ちょっと、オスカー。あんた結構ヤバいこと言ってるからね」
一応指摘したけど効果はない。あるはずがない。
「この僕を敵に回すつもりなのかい?」
「ずいぶんと自己評価が高いようだ」
「これは最後の情けだ……キミは……僕と戦う覚悟ができているのかい?」
うん、もう駄目だ。
西園寺オスカーは頭がおかしい。最初からわかってたけど、さらに彼が理解できなくなってしまった。彼には何かがある。時々教室に遅くまで残って何かをしているし、放課後にはどこかに消えているから、何をしているのか掴めない。
普通を装っているけど、絶対何かを隠している。この時には、もう確信があった。
でも、私はオスカーを止めなくてはならない。どうしてこんな義務感があるのか。保護者でもないのに。
ただの、たったひとりの、友達だから。
「ねえオスカー、駄目だって。あんたが一ノ瀬グレイソンに勝てるわけないんだから……」
こう言っても無駄なんだろうけど。
彼の袖を強く引っ張り、強めに言った。
「俺を信じろ、セレナ」
は?
「いいだろう、一ノ瀬グレイソン。俺が本当の強さというものを教えてやろうか」
こうして、自信満々な一ノ瀬とオスカーは、決闘をすることになった。
***
「君は先に帰っていてくれ。俺の心配はいい」
「オスカー……」
決闘はあれから一日後の放課後だった。
これからオスカーは〈闘技場ネオ〉に行き、一ノ瀬とタイマンで勝負する。勿論、内容は剣術勝負。私もついていきたかったけど、彼は首を横に振った。
「逃げたりとかはしないのね」
「決闘許可証にはマスター・桐生のサインがある。正当に戦えるというのなら、問題ない」
「ていうか、本気で勝てると思ってるの? 冗談じゃなかったの?」
毎回授業でペアを組んでいるからわかる。オスカーの実力では一ノ瀬には勝てない。
自信があるから勝算があるんだと思いたいけど、オスカーは常に自信がある。だからあんまり信用できない自信だ。
「まさか。俺の実力が一ノ瀬に及ぶわけがない」
不安な私を嘲笑うかのように、オスカーは軽い口調で応えた。
「じゃあ、どうやって……」
「それでも戦うんだ。自分の信念を貫くために。これでも俺は、男、だということだな」
オスカーの表情の中には、狂気みたいなものも感じられる。
なんでだろう。
私は彼のどこか外れていながらも活力みなぎる表情を見ると、呆れ以上に安心してしまった。
「わかった。私はオスカーを信じるから。何を言っても決闘するつもりでしょ」
「そうだな」
オスカーが笑う。
珍しい笑みだった。私の言葉に勇気付けられたのかな。こんな状況でも信じてくれることが嬉しくて、笑ってくれているのかな。
「頑張って」
私の口から、自然とその言葉が出た。
西園寺オスカーはもう止められない。だったら、応援するしかない。
オスカーは最後にまた頬を緩ませ、踵を返して決戦の舞台へと向かっていった。
***
「ねえ、これってどういう状況?」
翌朝、オスカーと一緒に本館まで通学しようと思ったら、まさかの事態が私を待ち受けていた。
「オスカー、今日の〈剣術〉の授業では僕と組まないかい? これなら、放課後以外でも……いや、とにかくキミとまた戦ってみたいんだよ」
こうして親しげにオスカーに声をかけるのは一ノ瀬グレイソン。
彼と一緒に行動していた女子生徒二人も、オスカーに興味津々で、顔を明るくしながら話している。昨日までは敵同士だったはずなのに。
もしかして……いや、まさか……オスカーが勝った?
「ちょっと、説明しなさいよ。昨日の決闘、もしかしてあんたが勝ったの?」
「何を言っているんだ? 俺がグレイソンに勝てるわけがないだろう」
「それじゃあ、どうしてこんな――」
「試合に負けて勝負に勝った――それだけだ」
オスカーがしんみりと呟く。
何かに浸っているらしい。昨日の決闘で何があったのか。やっぱり私もついていくべきだったと後悔する。
「純粋な実力でいえば、僕の方に軍配があった。でも、オスカーの剣は美しかったんだ。どんなに倒されても、彼は華麗な剣技で僕に何度も挑んできた。その姿に、僕は心打たれたんだよ」
オスカーに加勢するように、一ノ瀬が笑顔で付け足した。
それに続いて、二人の女子生徒もオスカーを称賛する。昨日まで一ノ瀬を褒めてばっかりだったくせに、今はオスカーを……わけがわからない。
「言いたいことはなんとなくわかったけど……」
わからないけど、とりあえず言う。
すると、小柄で目がクリっとした女子生徒が、その大きな目を見開いた。
「セレナ様もあたちと一緒なのです! 見たらわかる乙女の目! セレナ、オスカー様のこと大好きなのです!」
幼い喋り方だ。
って、そんなことはどうでもいい。私がオスカーのことを好き?
「ちょっ、えっ、待って──」
「むぅ。嘘は駄目なのです」
どうしてそこまで言われなくてはならないのか。
「クルリン、何を言っているんだ? セレナが俺のことを好きなわけがないだろう」
オスカーが少女に注意した。
「むぅ。本当なのです。あたちにはわかるもん!」
「面白い冗談を。だろ、セレナ?」
急に同意を求められる。
私は顔が一気に赤くなるのを感じた。熱い。そんなはずはない。私がオスカーのこと、好き?
「そ、そうよ。私がオスカーのこと好きなわけないでしょ」
オスカーと目を合わせられない。
私の必死な言葉に対し、オスカーは。
無表情で無言を貫いた。