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どうしたら私を選んでくれる?(桔梗視点)

「私が氷室先生を大好きだと気持ちを伝えても……。美月先生に抱く、憧れの気持ちに勝てないのはどうして……?」

『……他人の気持ちを簡単にコントロールできたら、苦労しねぇよ』


 吉更は愛する人を思い浮かべたのか、面白くなさそうな声を出す。

 桔梗が氷室を愛するように。吉更にも愛する愛しい人がいて、悩み苦しんだときがある。

 吉更は桔梗のように交際している相手がすでにいる女性を好きになったわけではなかったが、状況としては今の桔梗と境遇がよく似ていた。

 性別が同じ双子は、同一人物を好きになるとよく言い伝えられているが──性別が(ちが)えども、似たような境遇の異性を好きになった辺り、あながち間違いではないのかもしれない。


『俺たち以外のことがめちゃくちゃ好きな奴に、俺たちを好きになって貰うのは大変なんだよ』

「私と氷室先生が添い遂げることは、運命で定められているはずなのに」


 吉更がどんなに、愛の言葉を囁いても。

 終わった恋を消化しきれず、吉更の言葉を大人をからかうなの一言で片付け、愛する女性を手に入れた吉更の言葉には重みがある。


(きーちゃんはいいなぁ)


 随分と前から愛する人と気持ちを通わせ、幸せになった吉更が羨ましくて堪らない。

 桔梗は生まれながらにして、関わった人間を不幸にすると占い師からお告げを受けた赤子だ。


(きーちゃんは天使だから)


 天使は神の化身。

 占い師の言葉を信じるならば、何をやってもうまくいくのは当然のことだ。

 悪や闇を司る悪魔がどんなに羨んでも、生まれながらにして穢れた子の烙印を押された桔梗が純白の天使に生まれ変わることなど、できやしなかった。


『運命とか、天使とか悪魔とかさぁ。あんま気にすんなよ。反面教師に生きねぇと、人生棒に振るぞ』


 両親のようになりたくなければ、変なこだわりを捨てろとアドバイスする吉更の言葉は胸に染みる。

 実際その通りなのだ。氷室と1対1で対話し好意を向けて貰えるようになるまで、7年近く掛かってしまった。

 長い時間を犠牲にして、これからやっと幸せになれるのだと喜んだのもつかの間。

 美月が姿を見せたせいで、振り出しに戻ってしまいそうなのだ。


(氷室先生のことを、信じていないから……)


 氷室が桔梗に好意を持ち始めたと告げた、あの言葉を素直に信じられないから桔梗は運命の赤い糸など眉唾話を信じざる負えなくなってしまっている。

 氷室を心の奥底から信頼していれば、桔梗は運命の赤い糸などに縋る必要がない。


(美月先生と氷室先生には強い絆と信頼関係がある。それが恋愛感情ではないとしても……)


 桔梗が氷室に向ける愛が、2人が培ってきた絆に勝てないと、心の奥底で負けを認めているから、苦しくなるのだ。


(ずっと心に思いを秘めて。氷室先生のことを好きだと口に出すことなく、美月先生から奪い取とうとしなければ。これほど苦しい思いをせずに済んだのに──)


 氷室と出会わなかった時のことなど、今では想像もしたくない。

 桔梗にとって氷室は光で、手に入れるべきもので──そして、愛おしくて堪らない男性だ。


(氷室先生の為なら、何を犠牲にしても構わない)


 美月から氷室を奪い取ろうとしたのは、間違いではない。

 桔梗が決意を胸に、吉更へ返答を返そうと口を動かした時だ。

 カラカラと音を立て、窓が閉まる音が近くで聞こえる。

 桔梗がその音に引き寄せられるように顔をあげれば、そこには愛して止まない最愛の人がいて──桔梗を心配そうに見下している。


「こんな所にいたら風邪引くぞ」


 白衣を投げ渡された桔梗は、開いている左手で受け取る。


(氷室先生が、私のことを心配して見に来てくれた……)


 美月と二人きりで会話する時間よりも、桔梗と話すことを優先してくれた喜びに堪えきれず、瞳から涙が流れるのを堪えきれなかった。


「……っ!」


 桔梗は氷室の名を大声で呼びたい気持ちを堪え、しゃがみ込み桔梗と視線を合わせようとしていた氷室の胸元へと勢いよく飛び込む。


(氷室先生、氷室先生。氷室先生……っ!)


 勢いに押され、後ろにひっくり返りながらも。

 桔梗の頭がバルコニーの壁に勢い余ってぶつからないように、頭を支えてくれる優しさに感動した桔梗は、ポタポタと押し倒した氷室の頬に涙がこぼれ落ちるのを止められなかった。


「どうしたら、私を選んでくれる……?」


 吉更との通話を終えることなどすっかり頭から吹っ飛んでいる桔梗は、氷室に迫る。

 桔梗の頬から流れ落ちる涙を手で拭った氷室は、桔梗の言葉に返答を返すことはない。

 桔梗を慰めるように頭の後ろから手を回し、自身の胸元へと押し付けた。


(答えが聞きたかったのに)


 吉更と通話中していた際に耳へ当てていたスマートフォンは、氷室に飛びついて押し倒した時に腹部へ押し付けている。


 この体制を変えない限り。


 吉更がそのまま通話を終えたか、繋がっているかの判断をしようがなかった。


(きーちゃんと電話が繋がったままかどうかを確認する為に、氷室先生と抱きしめ合うのをやめるのは嫌だな……)


 これは桔梗に与えられた千載一遇のチャンスなのだ。

 美月を出し抜くためのチャンスを、桔梗が無駄にするわけがない。

 吉更が通話を繋げたまま、姉が愛する人に迫る声を聞いて。

 肝心な所でムードをぶち壊すようなことさえなければ、桔梗は吉更に会話を聞かれていようがいまいがどうでもよかった。


「独り言ではないよな」

「……きーちゃん……」

「辛いなら、予定を早めて……」

「氷室先生は、私に辛くて悲しい思いをしてほしくないの……?」

「……桔梗の泣き顔を見るのは、ちょっとな」


 桔梗はその「ちょっと」を引き出したいのだが……。

 どんなにねだった所で、氷室は口を割らないだろう。

 氷室と桔梗は、一緒にいた時間が短すぎる。

 これ以上苦しまないように「東京へ帰れ」と言われても。

 無理矢理もぎ取った氷室との時間をみすみす逃すほど、桔梗は傷つくことを恐れたりしなかった。


「あと1週間。東京に帰ってゆっくりのんびりするのが、私の幸せだと……本気で思っているの……?」

「……それが幸せかどうかは、桔梗が決めるべきことだ」

「幸せになるわけがない。このまま逃げ帰ったら、絶対後悔する。どんなに苦しくて悲しい思いをしたとしても……私は残りの1週間。全力で氷室先生に相応しい女であると美月先生に見せつけてやる」


 桔梗は悔しくて泣いている自分を鼓舞するように、頬に手を当て、涙を拭った氷室の手を取り瞳の奥に炎をたぎらせた。

 その様子がある人物によく似ていると気づいた氷室は、目を丸くして呆れを含んだ自然な笑みを見せる。


「……よく似ているな」

「きーちゃん?」

「いや、神奈川焔華に。その力強い瞳。そっくりだ」


 氷室と焔華が直接顔を合わせた機会はそう多くないはずだが──桔梗がドキュメンタリー番組で氷室の情報を呼びかけた際、氷室本人であるかどうかを確認するため、焔華は彼の元へ訪れていた。

 その際焔華が氷室の前で泣いた話は、吉更から桔梗も聞いている。


「氷室先生は、いつも私が喜ぶ言葉をくれる」


 桔梗にとって焔華は憧れであり目標だ。

 神奈川焔華になりたいと夢に見た桔梗はすでに、芸能人としてはとっくの昔に焔華の功績を越え、背中を追い越している。

 桔梗が表立って焔華のことを口に出せば、「なんであんな女を目標にするのか」と言われることも多いが、氷室は桔梗が焔華に憧れていることを思い出したからこそ、「似ている」と称したのだろう。

 それがどれほど、桔梗にとって喜ばしいことか。

 氷室はピンとこないようで、喜ぶ言葉の意味がわからず、眉を顰めていた。


「嬉しいか?」

「嬉しいよ!焔華さんは私の憧れで、目標なの。保護者になったり、プロデューサーだったり、関係性はころころ変わるけれど……」


 もっと強い女にならなければ、と。桔梗は人知れず決意した。

 桔梗に足りないのは、大人の余裕と氷室を信じる気持ちだ。

 美月と比べるから苦しくなり、氷室を心の底から信頼していないから、悲しくなる。


「……私、焔華さんやきーちゃんのように。氷室先生とは、信頼し合える関係になりたい」

「……神奈川焔華はわかるが……弟と同程度の信頼関係を築くのは難しいだろ」

「私が信頼し合う関係になりたいと願ったなら、氷室先生も同じように願えばいいだけ」

「……願うだけで夢が叶うなら、苦労しねぇよ」


 氷室はどこか遠い目をしながら、桔梗の頬に触れた。

 氷室は目の前にいる桔梗ではなく、この場みはいない美月へと思いを馳せている。


(そう遠くないうちに、思いを通じ合わせて。よそ見などできないくらい、私を愛してもらえるように頑張るから)


 ここが踏ん張り所だ。

 美月を完膚なきまでに叩きのめし、氷室を自らのものにする。


「氷室先生。大好き……」


 今は互いの頬に触れるだけで許してあげると微笑む桔梗は、残りの一週間。

 全力で美月に邪魔されることなく、氷室の彼女として正式に名乗れるよう行動し続けると決めたのだった。

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