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歌詞に綴られた人物に思いを馳せて

 炎上を防ぐためには、永遠に嘘をつき続けなければならない。

 それが芸能界で生き抜くための鉄則だ。

 愛知桔梗は、芸能界で活躍するべきではなかった。

 とにかく、暴かれてはいけない秘密が桔梗には多すぎるのだ。

 天門総合病院のこと、吉更との入れ替わり。

 氷室のこと、天門紗雪との交友関係──

 一つでも露呈すれば、一発で芸能界を追われるような威力がある。

 秘密ばかりを抱えた桔梗を、よくもまぁ神奈川焔華はうまくプロデュースして、芸能界のトップまで押し上げたものだ。

 氷室はアイドルや芸能人の存在に懐疑的だった。

 このバラエティ番組でも桔梗が出演したドラマの一部が放映されているが、どうやら桔梗は芸能界のトップに上り詰めるだけの実力が備わっていたようだ。


(演技と歌を俺が魅力的に思えるかどうかは、また別の問題だけどな……)


 素人からしても悪くない。

 ラブシーンを再生されると胸が締め付けられるのは、桔梗が普段氷室に好きだの愛しているだのと頻繁に囁いて来るからだろうか。


(桔梗は俺のもんだと、勝手に思い込んでいるのかよ……)


 氷室は美月が好きだった。

 過去形になったその言葉が、より現実味を帯びてくる。

 美月と顔を合わせて、もう一度二人で歩む未来を考え直そうと言われても。

──氷室には、美月と添い遂げる未来は思いがけなくなってしまった。


(変な支配欲こじらせて、桔梗は俺のもんだと歩み寄った瞬間に梯子を外される場合だってあるんだぞ……)


 氷室が何よりも恐れているのは、桔梗が冗談で氷室にアプローチを仕掛けている可能性だ。

 氷室が桔梗の好意を認め、愛していると囁いていた瞬間に。

 その爆弾は、爆発する。


『氷室先生みたいなおじさんを、私が好きになるわけないじゃない。現実見てよ』


 誘ってきたのは桔梗の方なのだが──

 他人のものを奪うことだけを生きがいにしている人間は、自分のものになった瞬間から対象へ興味を失うことがあると言う。

 桔梗が氷室に興味を失わない保証がない限り、軽々しく好きだの愛しているだのと発言はするべきではない。


(俺が先走ってそのつもりになれば、あとに残るのはキモいおっさんに告白されたと笑い話にされる未来だけだぞ……)


 氷室はキモいおっさんに該当する顔ではないと認識しているが、アラフォー間近のおっさんであることは変えようがない事実である。

 恥晒しもいい所だ。

 娘と言っても支障はないほどの年の差がある女に入れあげて、「冗談だったのに」と言われたときのことを想像した氷室は、やはり桔梗を愛するべきではないと(かぶり)を振った。


(美月のことだってまだ、精算できていないのに……桔梗との未来に思いを馳せてどうする……)


 どちらにせよ氷室は、美月との精算が終わらない限り、桔梗のことを愛したとしても思いを打ち明けることなどできそうにない。

 桔梗のことを愛おしく思うのならば。

 美月と電話が通じても、関係なく桔梗の告白を受け入れればよかったのだ。

 そうすれば氷室は、こうして頭を抱える必要などなかった。

 恋をするのに、順序など関係ない。

 氷室は恋の順序を気にするあまり、自身の意にそぐわないへんてこな行動をしていることに気づいていなかった。


(俺はなぜ、桔梗に告白した後のことを考えているのか……)


 思いを通じ合わせた後のことばかり考えるのは、氷室が桔梗に恋しているからだろう。

 恋愛初心者ではないと自身を称する氷室は、桔梗に抱く思いが恋心であるはずがないと口にしたくないようで、必死に見ないふりをしようとしていた。

 この光景をみれば、美月と添い遂げることを望んでいる妹の鈴瑚だって無理に、美月とくっつけようはしないはずだ。

 氷室の心はすでに美月にないことは、明らかなのだから。


『キョウさん、本日は貴重なお時間を頂きましてありがとうございました』

『こちらこそ!楽しかったです!』

『せっかくガーデンにお越しいただいたことですし……一曲、生歌を聞きたいですわ。よろしいかしら?』

『もちろんです』


 番組の放送終了時間が近づいてくると、エンディングに桔梗の歌を流すことで話がついているらしい。

 お茶会セットが乗せられたテーブルを片付け、桔梗が美しい花々の咲き乱れるステージの中央に立ってマイクを握る。


『それでは、歌って頂きますわね。キョウさん──本日のゲスト、愛知桔梗さんで、恋の終わりは始まりの愛』

『敵わないわ』


 ギター、ドラム、ピアノ──スリーピースバンドを彷彿とさせるロックチューンの前奏に合わせて、桔梗が美しい歌声を奏で始める。


『どれほど 罪重ねたら

 あなたに伝わるでしょう

 くるくると音を立て 歯車が回っている』


 くるくると回転する歯車を見立てているのか、丸い円をマイクを持たない左手で右から左に腕を動かし描くと、カメラ目線で台詞を呟く。


『あなたと私は……。

「ただの友達」』


 どうやら曲の節々(ふしぶし)に台詞が取り入れられている、一風変わった曲であるらしい。

 演技派女優と名高い桔梗は、その台詞に様々な感情を載せていた。

 ただの友達なんて言わないで。

 私達が友達なわけないでしょう。

 悲しさ、愛しさ、切なさ、憎悪──複雑な感情を全てひっくるめた言葉に引き寄せられるように目を向ければ、スリーピースバンドの伴奏が大音量で聞こえてくることによって、曲の途中であると気付かされるのだ。

 ある程度の演技力で聞く人を引き付けなれば、このプロモーションは意味をなさない。

 桔梗の演技力を、最大限活かすための曲であると言えるだろう。


『──もう終わったの

 あなたとの関係は

 ──まだこれから

 ワンチャン 期待しないで』


 この曲は、恋のはじまりと終わりを歌った曲だ。

 別れを告げた女が犯した罪が、不倫か浮気なのかは分からないが、どうも歌詞に綴られた女には、すでに他の男がいるらしい。

 交際していた男は、別れを告げた女との破局を受け入れられず追い縋っている様子で、「もう終わった恋なのだから、あなたと私が関係を続けられるとしたら友達にしかなり得ない」と(つづ)られた歌詞が印象的だ。


『事実を知ったあなた 軽蔑する前に

 この手で終わらせるの さよなら……』


 別れを告げた女と追い(すが)る男。

 この二人が元の関係に戻ることがあるとしたら。

 別れを告げた女が、もう一度男を好きになる必要があるだろう。


『間違いを正せないなら

 あなたと私は……

「もう別れましょう」』


 歌詞はどこまで行っても歌詞だ。

 一方的に別れを告げられ、わけもわからぬままに捨てられた男に感情移入した所で、現実には存在しないのだから意味はない。

 番組の終了と共にテレビの電源を切った氷室は、ベッドに背中を預けた。

 たった一時間観覧していただけなのに、精神的な疲弊が半端ではない。

 大した話をしているわけではないはずなのに──テレビの中でインタビューに答える桔梗をじっと見つめていると、会いたいと恋い()がれてしまうのだから。


 相当重症だ。


(心不全だったらよかったのにな……)


 氷室は不謹慎なことを考えながら、気持ちが落ち着くまで目を瞑り思いを馳せた。

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