双子と紗雪の作戦会議(桔梗)
500名近い悪魔の子と呼ばれる患者たちは、狙われている。
社会から不必要な犯罪者達として蔑まれて生きることを余儀なくされた患者たちは、暴力団関係者にとってはいい鴨だ。
誰かの命を奪って生き永らえた人間は、誰かの命を奪わなければ生き続けることなどできなかった。
悪魔の子を助けるために命を散らした人間達は、金を欲しさに目が眩んで、身内に売られたものもいれば、天門総合病院の院長の気まぐれで命を散らしたものもいる。
マスコミはそうした背景を一切報道することなく、移植手術を受けたすべての患者が悪いと批判した。
多額の金銭を支払ってでも本人が願った人間より、身内が本人の意志を無視して勝手に多額の金銭を支払ったパターンの方が多かったことを知っている。
桔梗は、巷で報道される内容に納得がいかずに声を上げる紗雪の姿を思い浮かべて、難しい顔をした。
「悪魔の子達は……許されないことをしたかも、しれない……。世間からしてみれば、運命をお金の力で捻じ曲げた……ゾンビのように見えているようだけれど……」
本来死ぬはずのない人間から、命を奪い生き永らえた患者たちだからこそ。
彼らの命を背負って寿命を全うするべきなのだと強く願う紗雪は、死んでもいい人間を始末したい暴力団関係者にとっては目の上のたんこぶであった。
天門総合病院で医院長と手を組み、臓器売買を斡旋していた組員は罪に問われたが、根絶やしにすることは簡単ではないのだ。
下っ端をどんなに裁いた所で、上の人間を引きずり倒さなければ意味がない。
星の数ほどいる暴力団関係者が手をこまねいて悪魔の子と紗雪を狙っている今の状況では、いつ命を落としてもおかしくはないほど。
危険な状況下に、紗雪は置かれているようだ。
「……死ぬのは、怖くないわ……。わたしの命は、誰かに加害されることがなくとも……長くはないもの……」
紗雪は自分になにかあった時、他殺か自損なのかをはっきりさせる証拠を残しておく必要があると告げた。
紗雪が信頼できる相手は、桔梗と吉更だけだ。
双子を巻き込むつもりはないが、もしものときは音声データだけを公表さえしてくれるだけでいい。
それ以上は望まないと告げる紗雪の言葉を聞いて顔を見合わせた双子は、真逆の表情をしていた。
「桔梗は芸能人だぞ。死ぬなら誰にも迷惑掛けずに……」
「きーちゃん。私が芸能人ではなかったとしても。お友達の頼みだよ。叶えなくてどうするの」
「首突っ込むんじゃねぇよ。どう見たってやべぇじゃねぇか」
吉更は眉を潜めて難色を示し、桔梗は笑顔で真新しいジッパー袋の中に入っている桔梗の花を象ったイヤリングを手に取る。
「私はさーちゃんの境遇を変化させることはできない。さーちゃんになにかあった時、リアルタイムで声を聞いて、録音データを関係各所に匿名で送信するだけの簡単なお仕事だよ」
「こいつが他殺されてみろ。桔梗の命が危ねぇんだぞ!?」
「きーちゃんうるさい……」
吉更が声を荒らげると、桔梗が耳を塞ぐ。
双子の掛け合いを確認した紗雪は、力なく笑った。
「くすっ。7年近く経っても……。変わっていないね……」
桔梗と吉更は顔を見合わせ、正反対の反応を示す。
桔梗は紗雪に釣られて満面の笑みを浮かべ、吉更はバツが悪そうに視線を逸らしたのだ。
ひとしきり笑い終えた紗雪と桔梗は、再び話の続きを口にする。
「さーちゃんは新しいイヤリングをつけるんだよね?」
「片方だけ……新しいものに、交換するわ……」
「片方だけ……?残りはどうするの?」
「……白雪先生に……持っていてほしいの……」
紗雪は元々つけていた古いイヤリングを右側につけ、透明なジッパーバックから真新しいイヤリングを手に取ると、器用に左の耳たぶに固定した。
テーブルの上には手つかずの、桔梗の花を象ったイヤリングが置かれている。
「氷室先生に?どうして?さーちゃんのイヤリングは録音機能がついているよね……」
「……白雪先生も、危険なのよ……」
医院長が逮捕されるきっかけを作ったのは、白雪氷室──
これは関係者の間でまことしやかに囁かれる事実だ。
報道こそされないが、野放しにしておけばいつ邪魔をしてくるかわからない。
悪魔の子達を利用して悪事を働こうとする人間にとって氷室は、目の上のたんこぶ。
紗雪共々、早めに始末しておきたい人間だ。
「わたしと氷室先生の身に……いつ何が起きても、キョウちゃんに証拠残るようにしたいの……」
「──片方だけでも、双方の声が聞こえるのか」
「ボタンで切り替えられるわ……。音声データの送信先は……あの時と変わっていない……」
「……リスク分散だ。半分は俺がつける」
「きーちゃん」
吉更はジッパー袋からイヤリングを一つ取り出し、先程まで桔梗がつけていた古いイヤリングを片方に取ると、残りのイヤリングを桔梗の方へと押しやる。
吉更まで紗雪になにかあった際、狙われるような立場になる必要はないと桔梗は咎めるように弟の名前を呼んだが、吉更は聞かなかった。
「あの時は、桔梗が俺にも黙って一人で勝手に動いていた。2度も同じ鉄は踏まない。桔梗にだけ危険な目には合わせねぇよ」
「でも、きーちゃんが関わると焔華さんが……」
「……焔華さんには黙っとくしかないだろ」
「突然私と同じ桔梗のイヤリングをつけたら、不審に思うよ……」
神奈川焔華は鋭い。
たとえ双子が否定をしたとしても、独自に調べ上げ真実に辿り着くだろう。
「よくわかんねぇ奴らを全員警察に突き出せば、俺らの勝ちなんだろ」
「……その為には……証拠を集めるか……わざと襲われて、警察の関与が可能な状態を生み出さないと……」
「わざと襲われても、助かる保証がないと囮作戦なんて実行できないよ」
「それは……」
「あの人には警察の知り合いがいるんだろ。こいつの状況伝えて、味方につけるべきだ」
吉更は氷室に事情を話すべきだと言った。
紗雪が身につけるイヤリングの片割れを渡すことに同意している紗雪は、その点に関して不満はないようだ。
「もう少しで氷室先生が私のものになりそうなのに……。また事件に巻き込んだら、嫌われちゃう……」
紗雪と吉更が同意しても、氷室を巻き込むべきではないと桔梗が難色を示す。
あちらを立てればこちらが立たず。
3人ではうまく纏まらない話し合いを永遠に続けても、時間の無駄であると気づいた吉更は早々に両手を上げて降参のポーズを取る。
「いいか、桔梗。3人で患者500人の命と、こいつや氷室先生の命を守り切るのはまず無理だ」
「氷室先生を仲間に引き入れても4人だよ。大した戦力にはならない」
「俺たちにが警察に助けを求めた所で。まともに話を聞いてくれる知り合いなんざいねぇだろ」
「それは、そうだけど……。きーちゃん。私が氷室先生に嫌われたら、責任とってくれる?」
「なんでだよ。桔梗は友達を助けようとしているんだろ。好かれることはあっても、嫌われるなんてことあってたまるか」
紗雪を見殺しにする方がよほど印象悪いと吉更に言われた桔梗は、テーブルの上に放置されたイヤリングを手に取ると、耳につけた。
「最短でお仕事を消化して、氷室先生に届けてくる!」
「……ありがとう……。お願いね、キョウちゃん……」
紗雪の頼みならば、叶えてやらないわけにはいかないだろう。
桔梗は一念発起すると、紗雪を殺させはしないと決意を新たにして、仕事に取り組むのだった。




