紗雪と双子の密会(桔梗)
(もう少しで、氷室先生が私のものになるはずだったのに)
美月に電話を掛けたいと告げた氷室を、何があっても拒むべきだった。
後悔しても、もう遅い。
氷室は美月と、言葉を交わしてしまったからだ。
(……死んでいてくれたら、よかったのに)
自分が愛する人と添い遂げたいから人の死を願うなど、氷室は許さないだろう。
白雪氷室は小児科医だ。
病気に苦しむ人々を助けるのが仕事で、美月の死を願っていると知れば。
どれほど頼み込んでも好きになっては貰えない。
命を粗末に扱うものを、命を助ける医者である氷室が愛してくれるはずなどないからだ。
(美月先生が死んでいたら、絶対に勝てなかった)
死人に口無しとはよく言うが──。
死んだ人間に思い焦がれている氷室を誘惑しようとした所で、現実に存在しない女を愛する人には何をやっても苦しい結果が待っているだけだ。
生きているからこそ、桔梗には勝算がある。
(氷室先生が別れると美月先生に伝えてくれたら、彼は私のものになる)
悔しがる必要など、1ミリも存在しない。
桔梗は今まで通り仕事に明け暮れ、まとまった時間を作って氷室の元へ押しかければいいだけだ。
「ただいま、きーちゃん!」
「お帰り。疲れているか」
「ぜーんぜん。予想外のことがあったけど……お仕事頑張って、早く氷室先生の隣に居られるように頑張ろうって考えながら帰ってきた!」
「そうかよ。あの女から連絡あったぞ。できるだけ早く会いたいんだと。どうする」
「さーちゃんが?行く!」
天門沙雪は父親が無期懲役を言い渡された影響により、芸能人ではないもののマスコミに要注意人物として動向を注視されている身だ。
真正面から正々堂々と会えば、天門総合病院に桔梗が入院していたことが露呈してしまうかもしれない。
お互いに用事がある時は必ず吉更を通して連絡し合い、顔を会わせる必要がある時は双子が二人揃った状態で話し合う。
それが沙雪と連絡を取り合い続ける為に、吉更を通す条件だった。
20時45分発、23時着の飛行機に乗って帰ってきた桔梗が吉更と合流したのが23時30分。
吉更は翌日半休を取得し、桔梗も午後から深夜までみっちりスケジュールが詰まっている。
紗雪と言葉を交わせる時間はあまり長くはない。
吉更の運転する車である会員制のバーにやってきた双子は、テーブル席の前で車椅子に乗った紗雪と対面することになった。
「さーちゃん!久しぶり!」
「久しぶり……。キョウちゃん。きーくん……」
紗雪は6年前に比べて、随分とやせ細っていた。
『移植手術をしなければ、20歳まで生きられない』
余命を宣告されていたはずの紗雪は、細々と命を繋げて生き続けている。
守るものがある人間は強い。
紗雪は今、世間から「悪魔の子」として迫害されている――臓器売買により移植手術を経て助かった約500人近い患者たちの支援を行う、NPO団体の代表として忙しい毎日を送っている。
紗雪が死ねば。
悪魔の子と蔑まれる移植手術を得て、健康な身体を手に入れた子ども達が適切な治療を受けられなくなってしまう。
世間では、臓器売買を経て助かった子どもたちは本来助からないはずの子どもなのだから、早く死ぬべきだと心無い言葉を掛け、あらゆる福祉サービスを拒否する動きがある。
今の所悪魔の子と呼ばれた患者たちが不当な扱いを受けている状況を改善しようと動いているのは紗雪だけだ。
患者たちを守るために、紗雪はかなり無理をして今を生きている。
「夜遅くにごめんね。体調、どう?」
「……なんとか……持ち直した、かな……。動けるうちに……。渡しておきたいものがあったの……」
紗雪は力なく笑い、自らの耳につけていた雪の結晶を象ったイヤリングを外して机の上に置いた。
(どうしてイヤリングを外す必要があるの?)
と机の上に置かれたイヤリングをじっと見つめた桔梗の姿を確認した紗雪は、透明なジッパー袋に入ったイヤリングを2組机の上に並べる。
「さーちゃん、これ……」
「職人さんに……もう一セット、作ってもらったの……」
紗雪と桔梗は互いの体験を共有するため、天門総合病院時代にあるものをアクセサリー職人にオーダーメイドで作成依頼をした。
桔梗のピアスに録音機能を。
録音した音声をリアルタイムで連動し再生する機能を、紗雪がつけていた雪の結晶に見立てたイヤリングへ搭載していた。
紗雪の父親が逮捕され、天門総合病院の悪事が露呈された時点でお互いに半分ずつ交換していたイヤリングを元に戻していたのだが──。
紗雪はどうやら、再び桔梗と情報共有をしたがっているらしい。
桔梗はイヤリングをつけたままテレビに出演する為、紗雪がつけているイヤリングを耳につけることはできなかった。
お互いにモチーフを交換し合えば、二人に交流があると露呈してしまうからだ。
「新しく作成して貰ったものは……。外側から内側に向かって、グラデーションになっているの……。古い方と合わせて……これなら、わたしになにかあった時……正しい音声が……キョウちゃんに流れるはず……」
「……何かあったの?」
「──悪魔の子は、狙われている……」
紗雪はカウンターに寄り掛かり居眠りをしているバーの店主を横目で盗み見ながら、狸寝入りではないだろうかと心配している。
「さーちゃん、大丈夫だよ。焔華さんが言っていたけれど、ここのマスターさん、いつでもどこでもすぐに寝ちゃうみたいなの」
「起きていた所で、口挟んだりはして来ねぇよ。あの人、他人に興味ねぇもん」
双子の連携プレーによって安心したらしい紗雪は、ほっとした様子を見せながら淡々と理由を説明した。




