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恋愛関係はあやとりの糸

  例のドキュメンタリー番組の件で実家にも、相当数のアポ無し取材が舞い込んできて辟易(へきえき)しているようだ。


『ドキュメンタリー番組に出演するなら、事前に連絡して頂けます!?わたくしだって、暇ではないのですよ!』


 暇ではないと口にするのは二度目だ。

 氷室は電話越しにガチギレしている鈴瑚の機嫌を直すべく、数日前の出来事を鈴瑚へ話すと決めた。


『くだらない用事だったら通話を──』

「美月と連絡が取れた」

『美月お姉様と!?どうやって!?』


 氷室が静かに美月と連絡が取れたことを伝えれば、鈴瑚は案の定食いついてきた。

 鈴瑚は美月のことが大好きすぎて、氷室と結婚するのを何十年と前から待ちわびていたのだ。

 美月とは実の姉妹みたいに仲が良かった鈴瑚ですらも、美月の携帯に何度連絡しても連絡が取れなかったのに。


『どのような魔法を使ったのですか!?』


 音声通話であるため、鈴瑚の様子は声だけしか判断がつかないが……。

 今頃鈴瑚は、電話を両手で握りしめ、震える手で氷室の言葉を待ち望んでいることだろう。

 氷室は鈴瑚の期待に応えるべく、美月と連絡が取れた際のことを話しはじめた。


「美月は電話番号を変えてなかったんだよ。あいつはずっと俺の連絡を無視していただけで、その気になればいつでも連絡を取り合える状況だったらしい」

『美月お姉様がお兄様の連絡を無視?どういうことですか!』

「どうして俺の連絡を無視し続けたのかは、直接会って話をしなければわからん。美月の口から語られるまで、真相は闇の中だ」


 まさか氷室が美月を裏切り、「美月と一定期間連絡が通じなければ桔梗と交際する」と決めて美月に電話をしたとまでは馬鹿正直に話すわけにはいかない。

 美月が氷室の隣にいるならば、今にも沖縄まで飛んできそうな勢いだ。

 鈴瑚の勢いに押されつつも、できるだけ冷静に話を進められるように努めながら、氷室は会話を続けた。


『美月お姉様と言葉を交わしたのですよね。どんな話をしたのですか』

「大した話はしてねぇよ。近々会いに来る。それだけだ」

『それだけって……。もっとお話することがあるのではないですか!?』

「面と向かって話せばいいだろ」

『よくありません!』


 鈴瑚は美月とせっかく電話が通じたのだから、結婚式の日取りをさっさと決めて市役所に婚姻届けを出しに行けと無茶なことを叫んでいる。

 今となっては、夢の話だ。

 氷室はもう、美月のことは……。


『年下の芸能人に現を抜かしている場合ではありませんよ!お兄様の恋人は美月お姉様で、お兄様と添い遂げるのだって美月お姉様です!』

「それなんだが」


 鈴瑚はどれのことだと声を荒らげ「美月お姉様を裏切るような真似だけは絶対許しません」とヒートアップしている。


(冷静に話をするのは無理だな)


 氷室は早々に鈴瑚と真面目な話をするのは諦め、冗談めかしてもう一つの本題へ入ることにした。


「俺の彼女になる気はないか」

『何を言っているのですか。実の妹と交際などできません。近親相姦は法律で禁じられています』

「真面目だな」

『美月お姉様が帰って来るのですよ!わたくしを口説く暇があるならば、結婚式の準備を進めてください!』


 鈴瑚は氷室と美月が婚姻し、美月を義理の姉と呼ぶ日を心待ちにしている。

 鈴瑚にとって、美月が義姉にならない未来など存在しないのだ。


(現実を突きつけてやるべきだよな……)


 美月と電話が繋がらなければ。

 氷室はこのタイミングで、鈴瑚に桔梗と交際することになったことを話さなくてはならなかった。


(俺の伴侶が誰であるかを決めるのは、鈴瑚ではなく俺だ)


 いつまでも妹のわがままに振り回されているわけにもいかない氷室は、鈴瑚にとってはあり得ない現実を突き付ける為に、口を開く。


「2190日だ」

『日にち、ですか』

「俺と美月が離れていた時間は長すぎた」

『お兄様……まさか……。あの芸能人と、すでに交際しているとでも……?』


 そうだと言うべきなのに、氷室は言葉に詰まった。

 鈴瑚がどのような反応を見せるかなど、わかりきってたからだ。

 氷室は自分でも、自らのうちに秘める思いを理解しかねている。

 美月への思いが憧れならば。

 桔梗に向けるこの感情が、一体何であるのかを──。


「あいつと交際する可能性が、ないわけではない」

『美月お姉様を裏切るのですか……!?美月お姉様は、お兄様を嫌いになって6年間も行方不明になったわけではないのですよ!?』

「恋愛は2人でするものだ。どちらか片方の思いが6年前と乖離(かいり)していたならば、元の関係には戻れない。美月が俺に抱く思いだって、永遠ではない」

『美月お姉様が、浮気をするような人間だと思っているのですか!?ありえません!』


 氷室が桔梗に言い寄られ、自分の気持ちがわからなくなってしまったように。

 美月にだって、運命の相手が近くにいる可能性は捨てきれないだろう。

 美月がどのような思いを抱いて6年あまりもの時間を生きてきたのかは、直接美月の口から聞かなければ分からない。


「6年もあれば、人は変わる。最初の3年は、町で美月とすれ違えばすぐにわかる自信があった。だが、今はもう……俺は美月の顔を思い出そうと思っても、うまく思い出せない」

『それはお兄様が美月お姉様の顔を思い出したくないだけですよね!?若い女に(うつつ)を抜かしている罪悪感が、美月お姉様の顔を思い出せない原因です!』


 鈴瑚は美月と面と向かって顔を会わせれば、(いと)おしくて仕方なくなるに決まっていると力説した。


(俺は昔のように、美月を愛せるのか?)


 桔梗と一週間共に過ごした氷室には、美月と今まで通り恋人として過ごす自信がない。

 6年以上も前の生活を、桔梗が誘惑してくる前であれば。

 氷室は昨日のことみたいに思い出せたのに──。

 美月との楽しい思い出が全て、桔梗との思い出に塗り替わっていることへ……氷室は気づいてしまったのだ。


(俺の大切は、もう)


 桔梗には、答えを先延ばしにしたくせに。

 美月と桔梗。

 どちらを選ぶのか。

 氷室の中では、しっかりと答えが決まっているのに。

 いろんなことを考えて――口に出せないだけなのだ。


「俺が誰と交際するかは、俺が決めることだ。美月と正式に別れることになっても、文句は言うなよ」

『すでに美月お姉様への気持ちは……持ち合わせていないとでも言うのですか……!』


 すでに、ではない。

 氷室は美月と交際した当初から、美月に憧れていただけ。

 恋心を抱いていたわけではなかった。


「俺は最初から、美月を愛してなどいない」

『最低です……っ。これでは、美月お姉様が浮かばれません……!』


 氷室は美月に交際して欲しいと手を差し伸べられたから交際しただけで、美月を愛する気持ちが恋心ではなく憧れであることを──桔梗に指摘されて初めて自覚したのだから手に負えない。


(鈴瑚に最低と罵られても)


 氷室の心は、既に決まっている。

 これから氷室が美月を本来の意味で好きになれるかどうかは、会ってみなければわからなかった。


「進展があれば連絡する」


 恋だと思っていた気持ちの終わりと、新たな恋のはじまり。

 氷室が自分の思いを素直に口に出せない、臆病者であるせいで。

 うまくいくものもうまくいかなくなっていることを、氷室は自覚していた。


(複数の糸が、絡み合った運命の赤い糸、か……)


 まるであやとりの糸みたいに。

 氷室がまっすぐに桔梗へ気持ちを伝えれば、運命の赤い糸は何かしらのモチーフを描き出すだろう。

 年上の美月か、年下の桔梗か。

 どちらを選んでも幸せにはなれるだろうが、誰かを傷つけることなく幸せを掴み取るのは難しい。


『美月お姉様と婚姻した時以外の連絡など不要です!』


 妹の鈴瑚は美月を義姉と呼ぶ目論見(もくろみ)(つい)えそうで、へそを曲げてしまった。

 鈴瑚の気持ちを優先するなら美月と婚姻し、考えるのがめんどくさいと思考を放棄するならば独身を貫くべきだろう。

 氷室が桔梗を選ぶときが来るとしたら。

 その時は──


(桔梗と、どうしても一緒になりたいと考えた時だけだな)


 鈴瑚と通話を終えた氷室は、大学時代に撮影した美月とのツーショット写真を入れた写真立てを伏せる。

 これ以上考えていてもいいことなど何もないとベッドに身体を預け、目を瞑った。

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