正月特番と、夜の診療所で飲み会の約束を
「芸能人の今、会いたい人」は、不定期に放送される特別番組だ。
放送終了後一週間以内には公式HPで「情報提供の呼びかけは終了しました」と一文が記載されたことにより、桔梗のファン達はSNSで「桔梗ちゃんの大切な人の行方がわかってよかった!」と安堵の声を投稿している。
「しらゆきせんせー。桔梗ちゃんに会えた?」
早い段階で、桔梗が公式SNSに『とある番組の収録を終えました!放送をお楽しみに!』と書き込んだことは、氷室にとって大きな問題だった。
何の番組を収録したのかは書き込まれていなかったが、特徴的な写真に映る撮影セットが「芸能人の今、会いたい人!」の撮影セットであるとファンに見抜かれてしまったからだ。
小児科を専門とする氷室の元には、毎日のように14歳未満の子ども達がやってくる。
桔梗は元Imitation Queenの最年少メンバーであったことから、小さな子どもたちに絶対的な人気を誇っていた。
そのため氷室は、番組の習得を終えたとSNSで発信した桔梗の言葉を信じた小さな患者から、代わる代わる質問責めを受ける羽目になったのだ。
悪夢の再来である。
「両手を高く上げて、バンザイしてください」
「ねー、せんせー。おしえてー!」
「診療終わったら美味しい飴がもらえるので、が、頑張りましょうね」
「飴ちゃん!いちご味ある!?」
「フルーツキャンディなので、あると思いますよ」
「やったあ!」
子どもは移り気だ。
桔梗と氷室の再会以上に興味を引くようなことがあれば、子どもたちはそちらの方へと吸い寄せられていく。
診療室で診療をする際に泣き出す子どもが多いので、お子様セットについてくるような子供騙しの安いおもちゃや、フルーツキャンディを一つ選ばせプレゼントするようになった。
那須宮が気を利かせて購入したこの政策は大好評。
病院のリピーター増加に、一役買っている。
那須宮の機転により命拾いした氷室は、小さな子どもから桔梗の話を振られるたびに、那須宮と連携すると、子どもたちの興味関心を飴やおもちゃに引き付け、どうにかその場を切り抜けていく。
「あ、飴のなくなるペースが早い、です……っ」
「業務用パックを買うべきだな」
「は、はい……っ。珍しいからでしょうか。お子さんが喜んでくださるのは嬉しいのですが……。経費がかさんでいるのが気掛かりです……」
「飴のせいで病院の運営が滞るようなら、俺に請求書を回してくれ」
「ええっ!?け、経費で落ちないならわざわざ東京から取り寄せたりしませんよ……っ」
可愛くて美味しいと評判の動物型をしたフルーツ味のべっこう飴は、那須宮が東京の店からわざわざ取り寄せているらしい。
ビニールに1つずつ梱包した後中身が見える大袋にパウチされた、スーパーでよく見るタイプの小粒飴だ。
(値段が張るようには見えないが……)
節約の鬼と化している那須宮が、ポケットマネーなら買わないと告げるのなら。
一つ100円程度ではまず買えないのだろう。
「飴細工職人が一つ一つ作っているタイプか」
「そ、そうなんですよ……っ。一つ一つ丁寧に瞳の色を塗るので、お値段が張るんです。機械で作らている素体だけなら、3分の1まで価格を抑えられるのですが……」
「事務と相談しろ」
「ひゃい!わかりました!」
氷室は那須宮を怒鳴るつもりなどなかったのだが──。
那須宮を怯えさせてしまった。
氷室は自分の行いを反省しながら、永遠の根掘り葉掘り桔梗との関係を聞かれるのではないだろうかとストレスで眠れぬ夜を過ごしていた。
「白雪先生!新聞のラテ欄、見ましたか!?」
桔梗がテレビ番組で氷室の情報を広く募集した4ヶ月後。
年が明け、冬ドラマがこれから始まると年の瀬に。
元旦スペシャルと称して「芸能人の今、会いたい人」が、ゴールデンタイムに放送予定として掲載されていることに気づいた。
(やっとあいつのことを、根掘り葉掘り聞かれる時間が終わりを告げるのか……)
氷室は新聞を定期講読していないので、那須宮に言われるまで気づかなかった。
天門総合病院で激務をこなしていた時代ならば、4ヶ月などあっという間に過ぎていっただろう。
しかし、総合病院に勤めていた時代に比べると、急患さえ飛び込んでこなければ勤務状況にかなり余裕がある。
氷室はこの4ヶ月間、時間の経過が遅く感じて仕方なかった。
「お前、元旦の日。暇か」
「はい、暇ですけど……」
「一杯付き合え。奢るぞ」
「ほ、ほんとですか!?」
那須宮はパァッと表情を明るくさせて食いついてきた。
氷室がどこかに食事へ誘うなど、診療所で6年間共に働き始めてからは初めてのことだ。
氷室は天門総合病院時代の飲み会にも顔を出すことはなかったので、嬉しくて仕方ないのだろう。
那須宮は持参してきた新聞を抱きしめ、るんるん気分で診療準備を始める。
元旦のゴールデンタイムとなれば混むだろう。
普段の氷室だったら正月料金であることも相まって絶対に外へ出ない時期だ。
誰かと食事をしたい場所など思い浮かばければ、近隣の飲食店などには詳しくない。
「店の予約はしておけよ」
「わ、私ですか……?」
「俺は外食なんてしない」
「ええっ。白雪先生、自炊派……?」
「なんだその顔は。俺が料理できたら悪いのかよ」
「い、いえ!お医者様って、自分で料理するイメージはないので……」
総合病院に勤めていれば、寝る暇もないほどの激務だ。
朝昼晩と自炊などしている暇などあるはずもなく、氷室もコンビニでおにぎりやサンドイッチを買って口にしていた。
時間的余裕があればカップラーメンを作って食べることもあったが、大抵急患やら雑用を押し付けられたりするせいで、氷室は病院ではおにぎりやサンドイッチ以外口にしていない。
那須宮はそのことを覚えていたのだろう。
まともな食事を自炊するようになったと打ち明けた氷室を、意外そうに見つめた那須宮を唸らせたくて、氷室は冗談めかしある提案をした。
「予約が取れなければ、ここで俺の作ったメシでも食うか」
那須宮はいつも通り焦った奇声を上げるのかと思いきや、ぴたりと動きを止める。
まるで銅像のようだ。
氷室はからかい過ぎてフリーズさせてしまったことを謝罪しようとするが──それよりも先に、那須宮らしくない静かな声が響いた。
「白雪先生は女たらしですね」
那須宮はいつも、「そこまで緊張する必要はないだろう」と氷室が心配になるほど身体と声を震わせているが――。
今、氷室の前で口を開いた彼女は、普段の那須宮から想像できないほどに、落ち着き払っている。
(この切り替え方はあいつとよく似てんな……)
桔梗も那須宮と同じような表情の消し方をしていた。
てっきり那須宮の仕草は天然だと氷室は思ってたのだが、どうやら意図的に切り替えているようだ。
「……女って怖えな」
「ふえ……っ!?お、恐ろしいのは白雪先生の方ですよ……!」
那須宮は氷室のつぶやきを聞いて普段通りの態度に戻った。
氷室でなければ気にせず体調でも悪かったのかと見て見ぬふりをする所だが、氷室は普段と違う彼女の振る舞いを見逃すつもりはない。
(敵か、味方か……。あいつのことを那須宮に打ち明けたのは失敗だったか?)
那須宮のことは仕事上のパートナーとしてはそこそこ使える人間のカテゴリとして認識しているが、信頼できる人間なのかと問われると氷室は首を傾げてしまう。
プライベートではまず関わり合いになりたくなかった人間ではあるが……。
氷室は、一人であのドキュメンタリー番組を観覧するなど考えたくもなかったのだ。
(これが飲まずにやっていられるかよ)
氷室は缶コーヒーを口にすると、那須宮へ言い放つ。
「勘違いするな。デートのつもりはない」
「じゃ、じゃあ……どんなつもりなのか……聞いてもいいですか……?」
深夜、女と二人きりで男がしたいことは一つだけだ。
美月と交際し、桔梗に浮気を持ち掛けられていなければ那須宮の警戒はごもっともな反応ではある。
残念ながら氷室は、那須宮を一ミリも女としてみていなかった。
氷室が那須宮に求めることはただ一つ。
那須宮にとっては、とても簡単なことだった。
「どんな顔して見ればいいのかが、わからん」
「あの、それはどういう……」
「ドキュメンタリー番組を見るだけなら一人でも構わない。ただ、信じたくないことが報道されているとすれば、俺一人ならば視聴をやめてしまう。最後まで番組を見るつもりならば、監視役が必要だ」
「ええと、それって……」
「監視役はお前だ」
氷室は那須宮に、番組が終了するまで氷室がチャンネルを変えたり、テレビの電源を消したりしないように。
監視する役へ、那須宮を任命する。
那須宮は「監視役……」と繰り返していたが、その言葉には落胆の色が隠しきれていなかった。
(ワンチャンでも狙っていたのか……?)
先程氷室に「女たらし」と呟いた際、心底軽蔑しているように氷室は聞こえたのだが。
(女心はよくわからん)
氷室はあまり気にしないことにした。
「えっと……お客さんがテレビのチャンネルを自由にいじれる所で、静かな所、料理が美味しい所を探すんですよね。私が」
「動画配信サイトでテレビ放送と同様の内容が生配信される。静かな場所であればこだわりはない。飲食店で食べられないものは出さないだろう」
「それは、そう、ですけど……」
普段家庭では食べれないものを食べる為に外食をしている那須宮は、氷室の言葉を聞いて先程まで楽しみにしていた気持ちがしゅん、と萎んでしまったようだ。
「食べたい食べ物がないなら、高いお金をお店に支払うよりも……各自食材を持ち寄って、ここで一緒に食べた方がいいんじゃ……?」
那須宮の顔色を伺えば、遠慮がちに呟いた言葉は至極真っ当なことだった。
ひと目がない場所──夜のゴールデンタイムに診療所で二人きりとなることは、どうやら抵抗などないらしい。
監視役と氷室が口に出した上、デートのつもりはないと釘を差したからだろうか?
流石に同僚の手料理を口にするのは気乗りしないのか、那須宮は「食材持ち寄りで」と言ってきた。
この診療所にガスコンロはないが、電気ポットや電子レンジ、冷蔵庫といった電子機器が揃っている。
各自食べたいものをタッパーに詰め出勤すればいいだけだ。
退勤後に車を飛ばしてわざわざ飲食店に足を運ぶよりも、ダラダラとリラックスしながら番組を観覧できるだろう。
「いいのか。俺がお前に高級料理を奢るのは、最初で最後かもしれないぞ」
氷室は那須宮に念を押したが、今から開いている日を探す方が面倒だと那須宮ははにかんだ。
(酒のつまみくらいは買ってやるか……)
氷室は念のため那須宮に嫌いなものはないかとリサーチした上で、当日紐付きで持ち運べる発泡スチロールの中に、ある食材を詰めて診療所に姿を見せたのだった。




