5年後の始まりは、悪魔のメールから
天門総合病院の違法な臓器売買事件は、5年経った今でも「伝説」として語り継がれている。
医療事件で最も恐ろしい事件と囁かれる天門総合病院違法臓器売買事件の首謀者は、この病院を経営する院長だ。
院長は肝臓がんに侵された娘を救う為。
違法な臓器売買に手を染めた結果、「練習」と称して数百人近い子どもたちを殺害し──レシピエントとして臓器を必要としていた患者へ、金銭と引き換えに提供して回った。
『練習』
そう称した一連の臓器売買に関して、世間では意見が真二つに割れている。
『人殺しは死を持って償うべきだ』
と、声高らかに宣言するもの。
『やっていることは違法かもしれないが、1人の命で数人の命を助けている。彼は正しいことをした』
と、擁護するもの。
長い間議論が繰り広げられたものの答えは出ず、彼に言い渡された判決は無期懲役。
彼は塀の中で一生を過ごすことになった。
天門総合病院は一時的に、娘の天門紗雪が指揮を取ることでどうにか入院患者の受け入れ先を決めたが、悪評が広がりすぎて外来診療に訪れる患者の姿などなく、救急の一時受け入れ先としての運営をどうにか細々と続けているようだ。
病院の運営に関しては事件以降、万年赤字経営で、いつ事業を畳んでもおかしくないと言われている。
大きな病院は簡単には潰せない。
国は災害時の緊急病床として機能するよう、天門総合病院をこのまま経営させ続けたいようだ。
土日には近隣住民の「天門総合病院の閉鎖を願う」デモが行われるなど、事件から何年経っても病院の周辺は騒がしかった。
『天門総合病院で働いていた医師達にインタビューをして回っている、週刊文冬の記者がうちに来ました。お兄様と話したそうにしていましたよ』
ある時、Imitation Queenの神奈川焔華が危険視していた、週刊文冬の記者が氷室の実家へ突撃してきたと連絡が入る。
氷室と話がしたいと、定期的に訪れては鈴瑚に懇願しているらしい。
電話でその話を聞いた氷室は、「あまりしつこいようなら引っ越せ」と妹に勧めたが、両親が残した大豪邸をタダ同然の価格で捨てるのは忍びないらしく、鈴瑚は大人になった今も実家で暮らしている。
氷室の実家には忘れた頃に氷室を訪ねてきたり、郵便物が届けられたりするので、その対応をするたびに鈴瑚から電話が掛かってきた。
『また芸能事務所から、お兄様宛の郵便物が……』
「取っておいてくれ」
『お兄様は毎回そうやって言いますが、実家を出てすぐに郵便物を取りに来て以来、何年も取りに来ていないではないですか!郵便物が溜まってしまって仕方ないのです。もう、ほとぼりは冷めました。一度くらい帰省したっていいのではないですか……』
鈴瑚に小言を言われたが、何を言われようとも氷室は実家で暮らすつもりはなかった。
──悪夢のような事件が露呈してから5年。
氷室は沖縄の小さな診療所で、看護師の那須宮と共に、内科医として働いている。
5年も暮せば近隣住民達からも受け入れられていた。
人付き合いの苦手な氷室も買い物に出かければ子どもたちに「白雪先生」と声をかけられ、雑談をするくらいには仲良くなっている。
──美月のことを忘れたことなど、一度もない。
美月とお揃いの指輪は人差し指に嵌めたままだ。
結婚しているのかと子どもたちに興味本位に聞かれたら、曖昧に笑ってごまかしている。
(たとえ美月が、俺と別れたつもりでも)
氷室に別れたつもりなどない。
氷室は手紙一枚で美月との関係が終わるわけがないと本気で思っているのだ。
そう思うことが、ストーカーの発想であることに気づくことなく――。
氷室は5年経った今でも、他の女に脇目も振らず、美月だけを愛し続けている。
氷室が美月のことを忘れられず、互いの誕生日に繋がらない電話に連絡するように。
氷室もまた、桔梗から毎年決まった日に電話を受けていた。
その日が何を意味するかは、氷室の知る所ではない。
桔梗は決まって、ある特定日時に氷室のスマートフォンに電話を掛けてきていた。
ライブを見に行った日に桔梗の電話に出てしまって以来、氷室は誰から連絡が掛かってきているのかを確認してから電話に出るようになった。
そのお陰で、氷室は桔梗の連絡に応じることはない。
不定期に氷室の実家へ芸能事務所から書留の書類らしきものが郵送で送られて来るあたり、アイドルとしての完璧な自分を見てほしいとでも伝えたいのだろうか。
氷室が桔梗からの連絡を断っている間に、彼女はImitation Queenを卒業した。
19歳の時、卒業ライブが行われたのだと氷室はテレビで見たが、「あいつアイドルやめたのか」程度の認識しかない。
卒業ライブを生で見たかったと思うこともなく。
これでやっと桔梗が「ライブを見に来てほしい」と。
氷室に連絡してくるようなことはなくなると、安堵の気持ちさえ抱いていたくらいだ。
――8月28日。
この日掛かってくる電話に氷室は毎年慎重だったが、アイドルを引退した桔梗からは、もう電話など掛かってくるはずがないと高を括っていた。
桔梗から今まで通り電話が掛かってきたことを知った氷室は、鳴り続ける電話を驚愕の表情で見つめる。
(おいおい……アイドル引退したなら俺に連絡してくる必要ねえだろ……)
氷室は鳴り響く携帯の着信音が止まるまで、息を潜めてスマートフォンを凝視していた。
柄にもなく、緊張している。
着信音が止まったことを確認した氷室は、ほっと一息つく。
今年も無事に電話へ出ることなく乗り切ったと安心した氷室を待ち受けていたのは──。
続けて響く、メールの通知音だった。
『5年ぶりにお会いできるのを、楽しみにしているね』
氷室は桔梗と会うことを一切了承していないはずなのだが──。
(何を言っている……)
氷室は訝しげに何度もメールの本文を確認したが、結局深く考えても無駄だと悟ったのだろう。
返信やかけ直しなどすることなく──氷室はそのメールが送信されてきた一年後のある日まで、そのメールの存在すら忘れていた。




