停滞する時間と、桔梗の思い(後半別視点)
「鏡花はセンターで棒立ち、あたしと桔梗が抜けて、4人でパフォーマンスは続行中。この光景が全国に生中継されているなんて、黒歴史もいい所ね」
「桔梗は!?大丈夫なのか!!?」
「詳しい検査をしないとなんとも言えない」
「そんな……!」
吉更は祈るように両手を組み、桔梗の無事を願っている。
こうしている間にも、ステージは着々と進行しているようだ。
歌声すらも聞こえなくなり、アウトロに突入している。
「手術が必要になった時の同意とか……あんたらの両親にお願いするのはマズイわよね」
「当たり前だろ!?娘の臓器を売っぱらおうと奴らだぞ!?助けるための同意書にサインなんてするわけがない!」
「わかった、わかったから落ち着きなさい。ひとまず桔梗は偽保護者に任せて、付き添いとして病院までついて行って貰う。ステージは──あの子達が鏡花を無理にでもこっちに引っ張ってくるから、その間にあんたが立つ。行けるでしょ」
焔華は当然のように意識を失っている桔梗を救急車に乗せる際の付き添いへ、氷室を指名した。
人数が減った場合のフォーメーションなど想定していないアイドル達に数分でポジションを指示するよりも、吉更を桔梗の代打にして予定通りのパフォーマンスをした方がいいと判断したのだろう。
焔華は、吉更の返答を待つ。
「衣装の予備とセトリの一覧、ある?」
「このあと早着替えなのよ。セトリはこれ。衣装もここにある」
「何分で用意すればいいわけ」
「引っ張って5分。できれば3分で桔梗になりなさい。桔梗が無事だって認識しないと、鏡花がアイドルになれないわ」
「──わかった。やる。白雪先生。桔梗をお願いします」
「焔華さん!救急車来ました!」
「鏡花が捌けるまでに桔梗を運んで!」
混乱に乗じて吉更が氷室を初めて正式な名字で呼んだ。
氷室が「今後はその名前で呼べ」と告げる間もなく、慌ただしく吉更が着替えに走るので、氷室もライブ続行の邪魔をしないように救急隊員へ歩きながら事情を説明する。
「天門総合病院以外に運んでくれ」
「天門以外に、ですか?今はどこも手一杯で……。あそこならすぐに受け入れて貰えるんですが……」
ライブ会場から一番近い病院は天門総合病院だが、いくら院長が逮捕され暴力団関係者と縁が切れたと言えども、逆恨みされて桔梗が臓器を摘出されてはたまらない。
救急隊員は受け入れ先を探すのに疲弊しており、あまり乗り気ではなさそうだった。
氷室はツテを辿ってどうにか桔梗の受け入れ先を確保すると、桔梗と共に救急車へと乗り込んだ。
*
――ライブ終了後。
初披露のセンター曲で同グループの先輩メンバーに突き落とされ、ステージから落ちたはずの桔梗が、何事もなかったかのようにその後もステージで輝き続ける姿を見たファン達は大号泣し、桔梗を褒め称えた。
実際代打としてステージで輝いていたのは吉更だが──こうした時、双子は便利だ。
桔梗と吉更が同じ場所にいたこともさして問題になることなく、無事にライブは終了した。
「せん、せ……?」
「……大丈夫か」
「ゆめ、みたい……。氷室先生が……私のこと……心配してくれている……」
まるで氷室に人の心がないように聞こえる、酷い感想だ。
氷室は布団を手繰り寄せ顔だけ出している桔梗と目を合わせ、ここがライブ会場ではないことを確認した桔梗の問いかけに答える。
「ライブは……?」
「弟がカバーに入った」
「きーちゃん……声変わりしそうだから……これで、最後にすると言っていたの……最初から最後まで……私がやり遂げる始めてのステージだったはずなのに……。ごめんね、氷室先生……。もっとちゃんと、いい所……見せたかったのに……」
桔梗がどうして氷室を呼んだのか不思議で堪らなかった。
トラブルが起きなければ、吉更と入れ変わることなく一人でアイドルとしてやり遂げる姿を、氷室に見てほしかったらしい。
双子としてこの世に生を受けたわけではなければ。
桔梗は、最初から最後までアイドルの愛知桔梗として活動していたはずだ。
それがいいのか悪いのかは、氷室にはわからない。
それでも。
今日のライブは、吉更にとって忘れられないものになったはずだ。
「もっと精進しろ。今日のライブは酷すぎて、反応に困った」
「氷室先生……辛口……。私、頑張ったのに……」
氷室は桔梗の活動を、テレビでしか見たことがなかった。
アイドルとして目覚ましい活動を見せたら、氷室が桔梗を好きになってくれるとでも考えていたのだろう。
実際は好感度が下がってしまう結果となったが。
自身の正直な気持ちを伝えたのに落胆された氷室は、桔梗を安心させてやる言葉を口にした。
「今日一日くらいは、安静にしていろ。次期にライブ終わりの弟と神奈川焔華も顔を出す」
「……氷室先生、私が寝たら……いなくなったりしない……?」
氷室が沖縄に戻るのは朝イチの便だ。
桔梗が望むならば夜までは病院にいてやってもいいが、今の氷室は病院でバイトをしているわけではない。
病院には面会時間の規則があるのだから、その規則を氷室だけが破るわけにはいかないだろう。
「ああ。時間の許す限り、今日だけはお前のわがままを聞いてやる」
「氷室先生……手……。触ってもいい……?」
氷室の嘘を本能で見抜いた桔梗は、氷室が桔梗から離れないように。
手を握らせてほしいと懇願してきた。
氷室が優しく手を重ね合わせれば、幸せに満ち溢れた表情で桔梗は眠りにつく。
「先生、大好き……」
氷室は消灯時間ギリギリまで桔梗の手を握っていたが……面会終了ギリギリ。
時計が21時を差す数秒前に、吉更と焔華が病室へ駆け込んできた。
二人に桔梗を任せ、氷室は実家に戻った。
*
――翌朝。
目覚めた桔梗は、ベッドサイドに吉更の姿を見つけても氷室の姿がないことを確認すると、上半身を起こして窓の外に向けて吐き捨てる。
「嘘つき」
それから桔梗は、毎年自分の誕生日に氷室の連絡先へ電話をするようになった。
氷室が精神的に弱っているとき、美月に連絡していたことを思い出したのだ。
桔梗は電話が繋がったら、氷室に「また一つ大人になったよ」と伝えるつもりだった。
電話は一向に繋がる様子がない。
桔梗はライブが開催されるたびに、関係者チケットを氷室の実家に送付した。
毎年祈るように書留郵便で送り、誰かが受け取ったことを確認しては、会場に氷室が姿を見せてくれないことへ落胆する。
(氷室先生へ、会いに行った方がいいのかな……)
氷室は桔梗との交流を断った。
桔梗は大人になったらなりふり構わず氷室を探すと決めている。
愛する人と幸せそうにやっている片割れの姿を見るたびに「羨ましい」と感じた桔梗は、自分の醜い感情に押しつぶされそうになっていると気づく。
(羨ましい、羨ましい、羨ましい。そうやって、どんどん醜い化け物になっていく……)
桔梗は、氷室と離れている時間が長ければ長いほど恐ろしい化け物に生まれ変わる自分が恐ろしくて堪らなかった。
両親は桔梗を悪魔と称したが、その通りだったのかもしれない。
桔梗は愛する男を毒牙に掛ける為だけに生きる悪魔だ。
彼のためにならなんでもできる。
彼を手に入れるためなら、大金も、地位や名誉も必要ない。
(私のすべてをさらけ出すことで先生が手に入るのなら──なんだってする)
たとえ悪魔と世間から後ろ指を刺されようとも。国民的アイドルの称号を捨てでも構わない。
白雪氷室が桔梗のものになるのなら。
天使と呼び持ち上げてくれるファンを裏切ってでも、桔梗は氷室を自分だけのものにしたかった。
「焔華さん。私──」
愛知桔梗がImitation Queenの卒業を発表したのは、19歳の時。
20歳の誕生日迎えた桔梗が元Imitation Queenの看板を背負い、ある番組の力を借りて氷室を探し始めたことにより──停滞していた時間が動き出すとは、誰も想像していなかった。
next→2章/5章 5年後。再会した2人の恋が動き出す――。




