ステージから転落したアイドル
スポットライトを浴び、キラキラと輝くセンターは神奈川焔華だ。
一発目の曲は桔梗がオーディションに合格した際歌唱していた歌で、氷室にも聞き覚えがあった。
ゴリゴリのロックサウンドは、桔梗よりも焔華へ合わせて作られているようで、桔梗は後列に追いやられながらも一生懸命与えられたパートとポジションを全うしている。
(……ダンスが辿々しいな……)
やはり吉更と比べてしまうと、ダンスのキレが明らかに違う。
年齢差も相まって、一人だけお遊戯会に初めて参加している幼稚園児のようだ。
自分のパートを歌う為に手の振りだけに切り替えれば、大人に混ざっても遜色ないほどキラリと輝くのだが──。
(俺にステージをどうしても肉眼で見せたいと言った割には、大したことがないな)
アイドルに一切興味のない氷室にどうしても見てほしいと懇願するくらいだ。
苦手を克服し、アイドルに一切興味のない氷室を唸らせるほどのパフォーマンスを見せてくれるのではないかと期待しすぎた。
氷室が聞き慣れない歌を強制的に聞かせられる苦痛に耐え切れなくなりそうになった時のことだ。
「ドラマのタイアップが決定したわよ」
「ふわふわした砂糖菓子みたいなあま~い歌詞なんだよね!」
「ドラマの内容は甘くないのに……」
「新曲の歌詞は、センターを担当するアイドルがドラマの内容を確認して描き下ろしたわ。誰だかわかる?」
焔華が観客席へ問いかけるが、桔梗の名前は上がっていなかったように思う。
氷室はMC中、マイクを両手で握りしめ、緊張した面持ちで氷室と吉更が座る方角を見つめる桔梗の様子を不思議そうに眺めた。
(あいつでも、緊張するようなことがあるんだな……)
年相応の子どもらしさよりも、氷室の前では大人っぽい表情しか見せてこなかった。
桔梗の意外な一面を知った氷室が、恋に落ちるようなこともなく──。
「時間の都合もあるし、さっさと答え合わせするわね。あんたらのハート、あたしらの焔で焦がしてあげる!」
焔華の宣言から、曲が流れ始める。
加入順に一列になったアイドル達は、イントロが進むに連れて左右に別れていく。
観客たちは誰がセンターなのかとざわついているが、桔梗が先輩たちの影から姿を見せるまで、センターポジションには誰も残っていなかった。
「Secret Love……」
たった一言。
桔梗が英語の単語を呟き、天井にゆっくりと手を上げれば。
スポットライトは、センターに向かって歩みを進める桔梗を照らし出す。
観客席はお祭り騒ぎだった。
15歳になったばかりの小さな少女をセンターにした、ドラマのタイアップ曲。
アイドル本人が歌詞を書き下ろしたともなれば、耳を澄ませて余す所なくその歌詞を聞きたいと思うファンもいるのだろう。
会場内は静かに桔梗の歌声に聴き惚れ、時折聞こえてくるメンバーのコーラスに涙を流すものまで現れ始めた。
「例えば、こんな日もあるよね
メール打てば 即レス厳禁
悩みすぎて 気づけば夕暮れ
この気持ちは誰にも秘密」
桔梗がセンターで歌い終わると、一度その場でしゃがむ。
桔梗の背後から背中合わせに歌を引き継いだのは、Imitation Queenの4期生、宇都宮鏡花だ。
彼女は能面のような表情で、しっとりと歌い上げる。
「恋して 愛する……
当たり前の気持ちが
ときめき 止まらない
恥ずかしくなるね」
鏡花が歌い終わり前に出ようとした瞬間、後ろを確認することなく勢いよく立ち上がった桔梗の肩がぶつかった。
ドスン、とも。
ガツン、と聞こえるような音がマイクを通じて聞こえてきた時には、観客席を背にして桔梗がステージから足を滑らせ、宙に浮いている。
「あ……」
「I love youを伝えたい君に」
関係者席からステージをじっと見つめていた氷室には、センターにいたはずの桔梗が前方のダンスポジションへ向かおうとした宇都宮鏡花に突き飛ばされ、ステージから転落したように見えた。
3階の関係者席からでは、観客席とステージにどれほどの高さがあるかよく見えない。
数メートルは、間違いなくあるだろう。
「直接告げるのは恥ずかしい」
「あ、あ……っ」
センターの桔梗がステージから姿を消し、棒立ちの鏡花が取り残されていたとしても何事もなくライブは続いていく。
鏡花のものと思われる、悲鳴のような声をマイクが拾っていることに焔華が気づいた。
鏡花のマイクを奪って彼女の背中を力いっぱい叩いた後、ステージから勢いよく飛び降りていく。
観客はハードルを飛ぶように綺麗なフォームでステージを折りた焔華に歓声を上げ、最前列付近はライブどころの騒ぎではないとざわついているような様子であるのが見て取れる。
「しろゆき先生!ステージから落ちた!応急処置できんだろ!?」
「……ああ」
「早く!」
顔面蒼白な吉更が、氷室の耳元で早く桔梗を助けろと急かす。
(結局休日でもこうなるのか)
うんざりした様子の氷室は、体力が有り余っている吉更が階段を駆け下りる姿をやや遅れて追いかける。
吉更と桔梗は顔がそっくりなので、ステージから転落したように見せて観客席から桔梗が現れたと勘違いされ、吉更に対して歓声を上げているものが多かった。
アリーナ最前列の観客席にいる人々が見たら、桔梗が二人いるような状況だ。
観客たちはどう思うのかと心配しながら、氷室はステージ衣装が汚れることも厭わずに床に座り、必死に桔梗へ声を掛けている焔華の元へと向かった。
「桔梗!わかる!?」
「担架もってこい。無理に動かそうとするな。意識あったとしても、動こうとしなくていい」
「せ……ん、せ……?」
焔華の声に反応しなかった桔梗は、氷室が脈を測るために腕へ触れ、耳元で囁いたことにより意識を取り戻した。
「桔梗……っ!」
吉更の呼びかけに安心したのだろうか。
すぐに瞼が閉じる。
(頭を強く打った可能性もあるな……)
このまま救急車が来るまで、この場所に放置するわけには行かないだろう。
焔華がスタッフに指示をしたことにより、すぐに担架が用意された。
「頭を揺らすな。弟は足を持て。5、6人で同時に支えて担架へ移す」
曲が終わるまでにどうにか桔梗を救急車に乗せるなり、バックヤード連れて行くなりしなければ騒ぎが大きくなる。
事態は緊急を要すると判断した氷室は、止む終えず桔梗を複数人の手を借りて担架へ移すことにした。
担架にさえ乗せてしまえば、大人2人で揺らさないようにゆっくりと持ち上げ捌けていけばいいだけだ。
「焔華さん!どっち!?」
「こっちよ。まっすぐ!」
細心の注意を払った氷室が無事に桔梗を担架へ乗せ終わる。
桔梗を乗せた担架をゆっくりと吉更や焔華の指示を受けて、氷室とスタッフが持ち上げれば。
何事もなかったかのように、バックヤードまで下がった。




