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野生の名探偵と双子

「お前の歌は下手ではないが、音源を流して歌うのはやめろ」

「……先生は、研修医のはず」

「それが何だ」

「研修医は、お医者さんの卵。私が言うことを聞くべきは、本物のお医者さん。先生が本物のお医者さんになったら、聞いてあげる」


 少女は研修医である氷室に命令口調で指図されたのが気に食わなかったようだ。

 研修医から本物の医者になるまでは氷室の指示は利かないと胸を張って否定する少女に、深い息を吐き出した氷室は低い声で唸るように彼女へ説明する。


「──本物、偽物もないだろう。俺が医師免許を持つ医者であることは代わりがない。研修医には、大きく2つの区分に分けられる。俺は前期研修を終え、専門医としての経験を積むため後期研修を始めたばかりの研修医だ。医師免許を取得したてのひよっこと同列に語るな」

「……先生って、プライド高そう……」


 神経質そうとはよく言われるが、一回り以上は異なるであろう少女にドン引きされるいわれはない。

 元はと言えば少女が無許可で歌っていたのが悪いのだ。

 何故氷室がドン引きされなければならないのだろうか。


「大人を舐めると、痛い目見るぞ」

「図星だから、私を脅すんだ……。先生って卑怯だね。器が小さい。早めに改善しないと、入院患者に嫌われちゃうよ。美月先生みたいに」


 氷室が少女へ諭すように口を開けば、少女は思ってもみない単語を口にする。


(……美月?)


 美月は半年前まで、天門総合病院で小児科医として勤務していた。

 少女の入院歴が長ければ、当然面識はあるだろう。

 入院患者に嫌われていたなど、聞いたことがない。

 氷室は思わず、真意を確かめるため少女の瞳をじっと見つめた。


「ふふ。氷室先生って、わかりやすいね」


 人差し指を唇に当てた少女は、小首を(かし)げて氷室へ顔を近づけていく。

 彼女の身長では、背伸びをしたって氷室と少女の唇が合わさることはない。

 見知らぬ美少女として分類されるであろう少女が氷室の唇に触れてしまうのではないかと思うほど身を乗り出してきたことに驚き、一歩後ろへ下がった。


「ねぇ、先生。美月先生のこと、知りたい?」

「何を──」

「先生と美月先生って、知り合いでしょ。電話越しに話していた感じでは、恋人同士かな……。私、声を覚えるのは得意なの」


 彼女は明るい声音で美月と氷室の関係性を言い当てたが、行方不明になった美月が(つまび)らかにしたかった病院の闇を暴くまで、氷室は美月との関係を事実であると認めるわけにはいかない。


 氷室が無言を(つらぬ)けば、少女は言い逃れなど許さないとばかりに氷室を追撃してきた。


「美月先生は半年前、この病院で勤務中に姿を消した。なんの前触れもなく。その直前に美月先生とお話していた相手は、先生だよね。先生は、美月先生が姿を消した謎に迫るため、この病院で研修医として働くことにした……。どうかな、先生。私の推理、当たっている?」


 この場が病院でなければ、今頃手を叩き……彼女の想像が事実であると認め、褒め称えている所だ。


 いくら顔を近づけ互いにしか聞こえるはずのない声音で言葉を交わしあった所で、誰が聞いているかわからない場所で秘密を打ち明けるほど馬鹿ではない。


「探偵気取りか。推理小説の読み過ぎだ」

「ドラマの再放送はよく見るけど、推理小説は読まない。勉強は嫌いだから」


 氷室は少女が推理小説好きの文学少女であると思いこんでいたが、どうやら彼女は犯人を断崖(だんがい)絶壁(ぜっぺき)に追い詰めて断罪する、2時間のサスペンスドラマを見るタイプらしい。

 どちらもそう代わりはないはずなのだが、推理小説好きと氷室に思われては困るような何かがあるのだろう。


「そ……」

「──桔梗!」


 それほど強く否定するような話でもないだろうに。

 氷室が「そんなことはどうでもいい」と、彼女の言葉を否定しようとした時だった。

 少女よりも若干低い声が後ろから聞こえてきたことに驚いた氷室は、声のした方向へと振り返る。

 そこにいたのは、目の前にいる少女とよく似た顔たちの──少女か少年ですらもパッと見判断できない程よく似た人物だった。


「きーちゃん」


 桔梗と呼ばれた少女は、後からやってきた人物を「きーちゃん」と(ひたし)しげに呼んだ。


 ちゃん付けで呼んでいるなら、少女なのだろうか?

 スカートを履いていれば女性であるとわかるのだが。

 女性と男性、どちらにも見える短髪にパンツスタイルだと、パッと見で判別をつけるのは難しい。

 双子と思われる二人を見比べ、訝しげな視線を向けていることに気づいたのだろう。

 きーちゃんと呼ばれた方が、氷室を睨みつける。


「桔梗に何の用ですか」

「歌声が騒音になっていた。注意するために声を掛けただけだ」

「また歌っていたのか。迷惑になるから、部屋でやれって言ったろ」


 氷室から理由を聞いた後、きーちゃんと呼ばれた人物はスタスタと氷室の横を通り過ぎて桔梗へと話しかける。


 その歩き方は、どうにも少女らしくない。


 桔梗とよく似た人物が少年であろうが少女であろうとどうでも良かった氷室は、双子と思われる二人の会話をぼんやりと聞いていた。


「……部屋で歌っていても、私のことを誰も褒めてくれない」

「怒られることはあっても、褒めてくれる人なんかいないだろ」

「きーちゃん酷い。私、焔華さんの歌ならカラオケで100点出せるもの。歌は上手い方だってきーちゃんも知っているでしょ」

「カラオケで100点出せたって、人の心に届くかはまた別問題だろ……。あの。こんな所で油売っていてもいいんですか」

「医者にだって、休憩時間くらいはある」

「はぁ……そうすか……」


 貴重な休憩時間は、子どもと雑談するためにあるわけではないのだが。

 氷室は完全にこの場を立ち去るタイミングを失っていた。

 美月との関係性を(つつ)かれた以上──口止めをしておきたいのだが……。

 いくら双子と言えども、情報共有をしているかどうかすら不明なままで行動し、秘密が不特定多数に漏れるのだけは避けたかった。


「きーちゃんの想像通りだよ。先生は悪い人なの」

「おい」

「ふふ、先生。それじゃ本当に、悪い人だと自己紹介しているようなものよ。立ち振舞いには気をつけなくちゃ」


 氷室から距離を取った桔梗は、片割れの差し出した手を握り微笑んだ。

 感情の起伏が(とぼ)しそうだと感じたのは、気の所為だったらしい。


(悪魔がいる……)


 将来有望な悪魔を目にした氷室は、手を振り返すことなくじっと桔梗の背中を眺めていた。


「あれ、見覚えないけど。誰?」

「最近働き始めた研修医だよ。名前は確か……こおりしつさん」

「誰がこおりしつだ」


 こおりしつなどと呼ばれたくなかった氷室は、思わずそんな名前ではないと桔梗に声を掛けてしまう。


 振り返った桔梗は、氷室の胸元につけられた名札を指差し微笑みを深める。


「しろゆきこおりしつさんでしょ」

「酷い読み方をするな」

「どうやって読むの」


 お前に名乗る名前などないと言ってやりたい所だが、そんなことを言えば桔梗は氷室と美月の関係を暴露しかねない。


 氷室にとって桔梗は、いつ爆発してもおかしくない爆弾だ。

 深いため息をついた氷室は、仕方なく自ら名乗った。


「白雪氷室」

「白雪姫みたいな、珍しい名字ね。私は愛知桔梗(あいちききょう)。きーちゃんは、愛知吉更(あいちきさら)よ。私は先生と秘密を共有する、永遠のパートナーになる予定だから。よろしくね、氷室先生」


 白雪姫みたいな名前だともっぱら噂なのは妹の鈴瑚で、氷室がそう言われることはあまり多くないのだが──白雪姫どうこうよりも「永遠のパートナー」を自称した桔梗の言葉に引っ掛かりを覚えた氷室は、よろしくと声を掛けることや意味を問いかけることができずに双子の兄妹を見送った。

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