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突入

『こっちは準備できたぜ。お前も病院にいるだろ?今日だけはいつでも連絡、取れるようにしておけよ』


 藤井(ふじい)は上層部に許可を取り、天門総合病院に乗り込んでくる予定だ。

 天門総合病院と暴力団の名無(ななし)組が密接に関係していると確認する為、1108号室の被害夫妻を(おとり)に使い、臓器売買の報奨金受け渡しを朝一で行うらしい。

 この受け渡し時にうまいこと暴力団関係者から証言を得られたら、警察は真正面から堂々と院長を訪ねに来るだろう。


 問題は、警察が失敗した場合だ。


 警察の関与を勘付かれたら、院長はすぐにでも天門紗雪(あまかどさゆき)の移植手術を始めようとするだろう。

 氷室はどんな手段を使ってでも、紗雪と桔梗の移植手術を未然(みぜん)に防がなくてはならない。

 その他には、医師として働く氷室よりも「ついでの用事」で何かと自由に動ける看護師を味方につける必要があった。


那須宮(なすみや)

「ひゃい、なんですか?白雪先生……」

「お前のお兄さん、暴力団関係者なんだってな」

「ひええ……っ!?ど、どこでそれを……!」


 那須宮はオーバーリアクション気味の声を出し、床に(うずくま)るとぶるぶる震え始めた。

 病院をやめたくない理由は先輩看護師が口にしていた「暴力団関係者の身内がいるせいで、まともな就職先にありつけない」ことだと確信を持った。

 氷室は同じようにしゃがみ込むと、那須宮の耳元で囁く。


「この病院で行われている悪事に関わってないと誓えるなら、守ってやる」

「か、関わっていません!よ、横流ししろと言われましたけど、そんな恐ろしいことわたしはしません……!」

「俺の指示に従えるか」

「しゅ、就職先……。斡旋(あっせん)してくれます……?」

僻地(へきち)でもいいなら」

「い、生きていけるだけの金銭が得られるなら、どこにだって行きます!」


 那須宮は首がもげるのではないかと心配になりそうなほど首を上下に振ると、氷室に忠誠を誓った。


「看護師の動向と、愛知桔梗(あいちききょう)を注意深く観察しろ。何かあればすぐ俺に連絡するんだ。いいな」


 その様子が赤べこのように見えて、氷室は呆れながらもこの先の立ち回りを那須宮に指示する。

 那須宮は疑問を抱くことなく頷いたので、氷室は那須宮と別れ回診ついでに院内を観察して回る。


「きゃあ!きょーおねーちゃんすごーい!」

「お前、運動苦手だったんじゃねぇのかよ」

「能ある鷹は爪を隠すって、よく言うでしょ」


(嘘付け。何が能ある鷹は爪を隠すだ。別人なら、普段の桔梗からは想像もつかないほど高い身体能力を見せるのは当然だろ)


 屋上に、何故か院内学級へ通う生徒たちが集まっている。

 そこには教員の姿はない。

 桔梗がどこからか持ち込んだらしいスケートボードの上に乗り、アクロバディックな技を披露していた。


『桔梗はまっすぐ進むことすら困難だけど』


 そう吉更が言っていたのだ。

 愛知桔梗として屋上でスケートボードを披露しているのは、弟の吉更だろう。


(まずいな……)


 この場に桔梗がいないなら、本人はアイドル活動をしている最中か吉更として中学校生活を謳歌(おうか)している頃だ。

 天門総合病院の悪事を吉更はある程度把握していても、桔梗ほど詳しくはない。

 院長を追い詰めた際証言させようにも、弱いのだ。

 一抹(いちまつ)の不安を感じながらも、この場で桔梗の姿をしている吉更に「今日この病院の闇を暴く」などと伝えるのは不自然だろう。

 氷室は仕方なく、吉更の携帯を所持しているであろう桔梗に連絡を取った。


『あれ、珍しいですね。あんたが連絡して来るなんて』

「お前が誰か、俺は知っている」

『俺には俺の立場がある。先生なら、わかってくれますよね』


 吉更のフリをしている桔梗は、「私が桔梗だ」と認める気はないらしい。

 氷室はそれ以上正体を暴くようなことはせず、単刀直入に彼女の予定を聞いた。


「いつでも病院に来れるよう、準備しておけ」

『病院ですか。昨日行ったばっかりですよ』

「お前たちは、二人で一人だろ」

『──わかりました』

「一人で来るなよ」


 桔梗は氷室の声音で、ある程度状況を把握したらしい。

 念のため神奈川焔華(かながわほのか)と一緒に来いと伝えたつもりだが、伝わっているだろうか。

 焔華の名前を誰が聞いているかわからない場所で堂々と出すわけにも行かず、氷室が通話を終えて回診を終えた時だった。


『よお、お疲れさん。こっちは無事に成功したぜ。今から吐かせてそっちに向かう』

「わかった」


 藤井のおとり捜査は、問題なく成功したようだ。

 氷室は外来診療を担当している。

 問題が起きた際、外来診療中の患者を捨てて双子の危機に駆けつけられるかどうかは微妙な所だ。


 (どうせ悪事が(つまび)らかになれば、外来診療所ではなくなる)


 外来診療は、普段楽をしている先輩の小児科医に任せればいいだろう。


 氷室が淡々と午前中の外来診療を終えた時、事件は起こった。


「おい!お前!今すぐ来い!」


 ガンガンと力いっぱい診療室の扉を叩いてから引き戸が開いたのは。

 姿を見せた小さな少年は、院内学級へ通う桔梗に好意を抱いている少年だった。

 入院患者は本来、外来診療室にふらふらとやってくることなどできるはずがないのだが――少年は椅子に座る氷室の手を強引に引っ張った。


「白雪先生!どこに行くんですか!?」

「休憩だ」


 少年は氷室を何処かに連れていきたいらしい。

 ぐいぐいと手を引っ張る少年を拒むことなく立ち上がった氷室は、看護師の声を無視して走り出す。


「どうした」

「あいつが変な薬(かが)がされて、連れて行かれたんだ……!」

「行き先は」

「決まってんだろ!手術室だ!早くしねーと殺されちまう!」


 少年が外来病棟で「殺される」と大声で叫んだことで、何事かと外来に訪れていた患者たちの視線が痛い。

 これから「到底受け入れがたい真実がこの病院から明らかになる」とは言えず、氷室は顔を(しか)めながら手術室へと走る。


「院長に話があるんですよ。中に入れてもらえますか」

「院長は手術中で……!」

「藤井!」

「お、ちょうどいい所に」


 手術室に向かえば、扉の前で複数人の男と看護師が揉めていた。

 どうやら、手術室の中に院長がいるので突入を試みようとしているが、看護師に止められているらしい。

 手術室の扉は、従業員のIDカードを(かざ)さなければドアが開かない仕組みだ。

 氷室は白衣のポケットからスマートフォンを取り出すと、吉更のアドレスを表示させた状態で少年に渡す。


「弟を呼べ」

「わかった!」

「白雪先生!手術中に外部の人間を入れるなんてありえません!医局に知られたら、どうなるかわかりませんよ!?」

「クビでもなんでも好きにしろ。覚悟はできている」

「他の病院でだって、二度と医師として働けなくなるのに……!」


 医局を敵に回せばどうなるかなど、火を見るよりも明らかだ。

 医師同士の権力争いに負けた善良な医者の居場所など、日の当たる場所には存在しない。

 善良な医者ほど迫害され、隅に追いやられていくのだ。

 そうして狂った社会で正義を振りかざせば、痛みが伴うのは当然のこと。

 氷室はたとえ自身が地獄に落ちようとも、ここまで来たら最後までやり遂げるつもりだった。

 氷室のIDカードを翳せば、扉は音を立ててあっけなく開く。

 警察官に身柄を拘束される看護師と、氷室のスマートフォンを預けた少年をその場に残し、藤井とその部下、氷室の3人で手術室に突入した。


「警察だ!全員今すぐ手を止めろ!」


 院長は今まさに、吉更の腹部にメスを入れようとしている所だった。

 (すんで)の所で手を止めた院長は、姿を見せたのが見覚えのない男と氷室であることを認識し、鼻で笑った。

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