毒親から逃げ出した双子の避難場所
「他にも色々、話があるわ。ツラ貸しなさい!」
「俺はこれからバイトだ」
「寝る間も惜しんで徹夜でバイトしなきゃ行けないほど金に困ってないでしょ。あんたの妹、ミッション系の女子校に通うお嬢様だって聞いたけど」
「……なんで鈴瑚のこと知ってんだ……」
「先生のことなら何でも知っている。それが桔梗の口癖だからに決まっているでしょ。で?そのバイトでいくら稼ぐわけ?10くらいなら出してあげてもいいわよ」
具体的に何円と言わない辺り、リスク回避には余念がないようだ。
(援助交際と勘違いされそうな隠語で、金の話をするのがリスク回避なのか?)
男と二人きりで会話をしている以上、リスク回避もなにもない。
氷室は眉を顰めると、ぶっきらぼうに言い放つ。
「金はいらない。手短に終わらせてくれ」
「敵陣のど真ん中で話をするような生易しい内容じゃないのよ。あたしがあんたに聞きたいことは……。あんた、車?」
「いや、電車通勤だ」
「そう。あたし、車で来たから。後ろ乗りなさい」
国民的アイドル自ら運転する車に男を乗せるなど、どうかしている。
週刊誌記者が偶然通り掛かりシャッターを切れば、大騒ぎになるだろうに──。
焔華はなんてことのないように赤い車体の車に氷室を誘うと、遠慮がちに後部座席に乗り込んだ氷室の姿を確認してから車を走らせた。
「双子の両親、毒親なんですって?」
「悪く言うなら、そうだ」
「よく言えば?」
「弟に対しては過保護。姉に対しては……おそらく無関心」
「それがよく言えばの分類な時点で、相当終わってるわね……」
娘の臓器売買をしようとしている親が、まともなわけがない。
氷室は口にこそ出さないが、よくよく考えてみれば最低すぎる行動ばかりが目立つ。
愛知夫妻の顔を思い浮かべながら、腕を組んだ。
「あんたは桔梗からどこまで聞いたわけ?」
「家庭環境ならばほとんど知らない」
「家庭環境なんてどうでもいいわ。あんた、研修医でしょ?病院の後ろ暗いことは当然把握しているのよね」
どうやら、弟は焔華に打ち明けたらしい。
氷室は口に出すべきか迷いかなり長い時間押し黙ったが、ハンドルを握る焔華はバックミラー越しに「早く言え」と目で訴えかけ来る。
氷室は仕方なく、焔華の言葉を肯定した。
「ああ。把握している」
「Imitation Queenのアイドルとして選ばれたのは愛知桔梗よ。いつまで経ってもあの子が入院している状況は、こっちも避けたい。今は吉更と入れ替わればどうにかなるけれど、声変わりやら性差がより濃くなれば、簡単には性別の異なる片割れと瓜二つになどなれないわ」
「そうだな」
「あたしは現役のアイドルでもあり、プロデューサーでもある。あんたは病院の後ろ暗い行いを暴き、世間を騒がせたい」
「あいつに罰を受けさせるなら、世間を巻き込むしかないだろ」
「そうね。あんたが後ろ暗いことを暴露する、しないについては文句を言うつもりなんてないのよ」
ならば、焔華は氷室に何が言いたいのだろう。
氷室は腕を組み直すと、バッグミラー越しに焔華と目を合わせた。
「桔梗が関わっていること。あんたは隠し通せるの?」
焔華はImitation Queenのメンバーであり、プロデューサーを兼任している。
仲間である桔梗と背中を合わせステージで輝き、またある時は彼女を導く役目があるのだ。
桔梗が犯罪に関わっていると知れば、「桔梗が犯罪に関わっていることを世間に知られないようにする方法」を模索するのは当然だろう。
「あいつは被害者だ」
「あんたがそう思い込みたいだけじゃないの」
「ない腹を探られて困るような女が、アイドルのオーディションなんか受けないだろ。あいつは、自分が生き残るためならなんでもする。ずる賢い女だ。勝算がなければ、アイドルオーディションなんか受けていない」
「そうね……」
後は悪事が詳らかになった後、世間がどのような反応をするかが争点になる。
世間がどんな反応をするかなど、氷室に予想などつけられるはずがなかった。
「あたしはあんたと双子を信じるわ」
「それはどうも」
「いい?文冬砲だけは避けなさいよ。あいつら、暴いてほしくないことばかり暴いてくるんだから」
「……避けようないだろ」
週刊文冬は、芸能人のスキャンダルや政治家の闇を暴くことをメインとした雑誌だ。
不倫、汚職、パパ活──文冬にすっぱ抜かれた芸能人達は、芸能界から一時的に姿を消すことになる。
ソロアイドルならば自分だけが姿を消すだけで済むが、Imitation Queenはアイドルグループだ。
桔梗が文冬砲で取り上げられたら、Imitation Queenの名に傷がつく。
Imitation Queenは結成当初から、何かとスキャンダルが報じられることの多いアイドルグループであるが、解散危機にまで陥ったのは一度だけで、ここまでグループを存続してきていた。
焔華としては、このままアイドルグループを存続させたいのだろう。
「どうしてこう、うちのメンバーは暴力団関係者に縁があるのよ……あの女が卒業してやっと平和になると思ったのに。やってきた新メンバーが地雷級のスキャンダル持ちなんて聞いてないわ」
焔華は苛ついているのか、アクセルを踏み車の走行スピードを上げた。
スピード違反で捕まるのだけは勘弁して欲しいのだが。
(そもそもこいつは、どこに向かっているんだ)
行き先を告げず国民的アイドル兼プロデューサーの女と夜のドライブをしている氷室は、いつ車を降りろと言われるかと気が気ではない。
スマートフォンの位置情報をONにして地図アプリを開いた氷室は、車が住宅街を飛ばしていることに気づく。
駅まで歩いて20分は掛かるであろう場所に、放置されるのは勘弁したい氷室が、窓の外を気にしていると知ったのだろう。
焔華はある一軒家の駐車場に車を停車させた。
「あんたも、双子のこと気にしているでしょ」
「どうなろうが興味はない」
「はぁ?あんたは国民的アイドルに好かれている稀有な存在よ。少しくらいは気にしなさいよ。桔梗が可哀想じゃないの」
「話はそれだけか」
「……あんた結構せっかちね。車降りて。吉更がどこで何しているか、気にしているんじゃないかって言うから。あたしはあんたを連れてきただけよ」
どこでどうやって暮らしているかなど、桔梗と入れ替わった吉更に聞けばいい話だ。
氷室が顔を顰めながらも、焔華が運転していた赤い車体の車から降りる。
同じように運転席から降りて鍵を掛け、玄関に向かった焔華の背後をついて行けば、焔華は思いもよらない言葉を口にした。
「ただいま」
玄関を開けた焔華は、家の中に向かって「ただいま」と言ったのだ。
氷室は思わず、開いたドアの先を覗き込む。
ドタドタと2階の階段を駆け下りてきた少年は、当然のように焔華を出迎える。
「お帰りなさい、焔華さん」
国民的アイドルが自宅で少年と同棲しているのだと。
スキャンダルとしてすっぱ抜かれたら大事だが、成人男性を家に呼んだことだってすっぱ抜かれたらタダでは済まない。
天門総合病院の件を暴露するつもりの氷室は「国民的アイドルの自宅にお邪魔した一般男性」と週刊誌にすっぱ抜かれたり、恋愛面で勘違いされて逆に脅されるようなことだけは避けたかった。
「双子はうちで預かるから。安心なさ──ちょっと!どこ行くのよ!?」
吉更が焔華の自宅らしき一軒家で暮らしていることを確認した氷室は、すぐに踵を返して歩き出す。
(めんどくせぇ……)
人通りの少ない住宅街から、駅に向かって歩くのは成人男性でも警戒する。
誰かから恨まれていてもおかしくない氷室は帰路につくまで、いつもよりも余分に神経をすり減らす羽目になった。
(わざわざ自宅に連れ帰る必要がどこにある)
氷室は焔華とは分かり合えない。
顔を合わせるだけでイライラする女となど二度と会話したくないが、焔華が双子を預かるというのならば、もう一度くらいは焔華と顔を合わせる機会はあるだろう。
氷室はうんざりしながらも夜空に輝く満月の月を見上げ、美月に思いを馳せた。




