吉更の怒りと、天使と悪魔の双子
「天門総合病院の研修医なのに、警察官のお友達がいらっしゃるの……?」
「俺は病院で横行している違法な臓器売買を暴くために、病院で働き始めました。俺は天門院長の味方ではありません」
「そんで、俺は警視庁犯罪対策部暴力団対策課の藤井です。天門総合病院の違法な臓器売買の件を担当しています。お宅の娘さん、妙な証言をしているんですよ」
「な、なんですか……?桔梗の証言って……」
「ご両親が、娘さんの肝臓を院長の娘さん──天門紗雪さんに提供する代わりに、前金としてすでに金銭を受け取っていると」
「まさか!ありえません!」
母親は力いっぱい否定したが、父親は難しい顔で黙り込んでいる。
時折吉更の様子を窺っている辺り、どうやら大切な息子に聞かせたくない重大な秘密でもあるようだ。
「俺や彼に話しづらいことがあるなら、席を外しましょうか」
「……っ、先生!なんのために先生と俺がこうしてこいつらに喧嘩を売ったと思っているんだよ!?桔梗を助けるためだろ!?」
「俺たちがいることで重要な証拠を得られないならば、席を外すべきだ」
「だったら、そもそも危険を冒して先生の目的だってバラす必要なかっただろ!?もう、蚊帳の外にされるなんてゴメンだ!早く言えよ!なあ!」
吉更は氷室の背中から顔を出して両親に怒鳴りつける。
背中に縋り付き、背後から大音量で怒鳴りつけられた氷室は思わず顔を顰めた。
鼓膜が破れてしまいそうだ。
氷室が顔を顰めている間に、父親が深いため息をつく。
可愛がっている息子のお願いに背くほど、愛知夫妻は冷たい人間ではないらしい。
警察の前では嘘をつけないと観念した父親は、藤井の問いかけに答えを出した。
「前金は受け取っていない」
「じゃあ、何を受け取ったんだよ!?」
「同意書にサインしただけだ。生体ドナーとして桔梗の肝臓を院長の娘へ移植する手術が成功した暁には、1億。院長の娘だけではなく他の移植希望者へ臓器を分け与えるなら10億支払う。このことを口外すれば、俺たちの命はないと……脅された……」
桔梗はすでに前金を受け取っていると言っていたが、どうやら勘違いだったらしい。
両親は金銭を受け取っていないと証言した。
桔梗と愛知夫妻、どちらの言い分を信じるかは微妙な所だが……。
警察官である藤井の前で嘘を付けば、罪を重ねるだけだ。
氷室はひとまず、愛知夫妻の言葉を信じることにした。
「同意書のコピーは?」
「コピーなんてありません。原本は院長が保管しているはずです」
「馬鹿じゃねぇの!そんな嘘かホントかもわかんねぇ契約に騙されて……!桔梗の人生、何年無駄にさせれば気が済むんだよ!肝臓がんなんて嘘までつかせて入院させて!そんなに金と自分の命が大事なのかよ!?」
「天門院長は暴力団関係者と繋がっているの!本当に殺されてしまうわ!」
「殺されるってわかってんだったら身の丈に合わない大金を求めるのはやめろよ!いらねーだろ、金なんて!金がほしいなら、桔梗がこれから掃いて捨てるほど稼いでくる!お前らは何がしたいんだよ!?」
氷室と藤井には、愛知夫妻の経済状況がどうなっているのか調べる時間がない。
息子である吉更も全ては把握していないものの、ある程度は把握しているようだ。
借金などもなく、大金など必要ないと両親を怒鳴りつけている。
息子に怒鳴りつけられた愛知夫妻は、重苦しい声で衝撃的な言葉を呟いた。
「あの子は、悪魔なのよ……」
「は……?」
「吉更が天使なら、あいつは悪魔だ。私利私欲の為なら親を脅すことさえ厭わない。性根の腐った悪魔」
「性根が腐ってんのはお前らの方だろ!?」
「落ち着け」
氷室は今にも飛びかかっていきそうな吉更の肩を慌てて抑えつけた。
双子の姉を悪魔呼ばわりされて、黙っている方が難しいのは理解できるが――藤井の前で暴行事件を起こさせるわけには行かなかった。
「なんだよ天使とか悪魔とか!そんなくだらない理由で桔梗を閉じ込めて殺そうとしてんのかよ!?ふざけんな!俺と生まれた時間だって数分しか変わんねーのに……!親として産み落とした責任は取れよ!」
「好きであんな子、産んだわけではないわ」
「吉更も、これから桔梗と過ごす時間が長くなればなるほど……私達が悪魔と称した理由がわかるようになる」
「なるかバーカ!そんなくだんねぇ理由で、桔梗の未来を失わせようとするお前らと一緒になんか暮らせるか!」
吉更は氷室が抑えていなければ、今にも外へ飛び出してしまいそうだ。
双子の姉を迫害する、悪事に加担している両親に愛想が尽きたのだろう。
氷室は吉更の精神面を気にしながらも、愛知夫妻の聴取を藤井に任せた。
「金銭は受け取っていないが、娘さんの臓器売買を書面で約束したことは確かなのですね」
「そうです」
「その誓約書は手元にないと……」
「ええ」
「……それはあくまで口約束ですよね。通常、正式な書面であれば、乙と甲。双方が手元に契約書を保管するのが決まりでしょう。あんたらは書面を持ち合わせていないが、暴力団関係者の影に怯え娘を守る価値などないと養育を放棄した……」
詳しく話を聞けば聞くほど、藤井が然るべき所と連携を取れば育児放棄でしょっぴけるのではと思わずには居られない酷い状況だ。
愛知夫妻の家庭環境を、もっと真面目に調べておくべきだった。
初めて愛知姉弟と顔を合わせた氷室へ硬い表情をしていたのは、大人に対する不信感を抱いていたからなのかもしれない。
「刑事さん。娘……桔梗は悪魔なんです。早めに処理しておかないと、大変なことになる」
「大変なこと、とは?」
「世間に顔向けできないような恐ろしいことです」
「オカルトでもなんでも構いませんから、何故娘さんを目の敵にするのか教えて頂けませんかねぇ……。暴力団関係者に殺されるような危険がなくなり、手術が行われることがなければ、娘さんの面倒を見るのはご夫妻ですよ」
愛知夫妻は顔を見合わせ、貝のように口を引き結んでしまった。
どうやら吉更の前では口にすることなどできない理由で桔梗を迫害しているらしい。
氷室が目線で訴えかければ、吉更は小さく頷く。
深く息を吐き出した氷室は吉更の肩から手を離し拘束を解くと、そのままとぼとぼと歩く吉更の後を追い廊下に出た。
「未成年のガキが、どうやって一人で暮らすつもりだ」
「……わかんないすけど、頼れる場所はあるんで。そこに行きます」
「……暴力団関係者じゃないだろうな……」
「あの人なら、一晩くらいは泊めてもらえるはずなんで」
「一晩経ったらどうする」
「追い出されたら──しろゆき先生、俺と桔梗の面倒。見てくれますか」
吉更は「面倒なんて見ている暇などないくせに優しくするな」と目で訴えかけている。
確かに氷室は、桔梗と吉更を預かり2人の成長を見守る時間的な余裕はない。
吉更がどんなつもりなのかは知らないが、少なくとも桔梗は氷室に「保護者」としても対応ではなく、「恋人」としての対応を求めるだろう。
愛知夫妻から引き離した所で、双子の面倒を氷室が見るのは現実的ではない。
実家に呼んでも、白雪家には年頃の娘──鈴瑚がいる。
双子が一卵性双生児の姉妹ならばなんの問題もなく手を差し伸べられたが、性別の異なる双子では手を差し伸べることなど不可能に近かった。
「期待させるだけさせといて、はしご外すの繰り返されると信用なくなるんで。覚えておいた方がいいすよ。桔梗は先生のこと信頼しているみたいですけど、俺は先生よりも信頼できる大人が、他にいるんで」
吉更は一度荷物を部屋に取りに行くと、大きなスーツケースの上にボストンバックを乗せて愛知家を後にしてしまった。
(家出、だよな。14歳の少年が出ていく所を黙認してよかったのか?)
氷室が藤井と証拠集めに奔走し、証拠を突きつけるまで桔梗は天門総合病院の入院患者だ。
頻繁に入れ替わりを行う双子達が行方不明になることはないだろうが──。
(注意深く観察した方がよさそうだな)
氷室は余計な仕事が増えたと深い息を吐き出し、愛知夫妻と藤井の話が終わるのを廊下で待ち続けた。
*
「愛知夫妻は一時期、占いにハマっていたらしいぜ」
藤井と合流した氷室は、車の中で愛知夫妻から聞き取った話の内容を助手席に座って聞いている。
愛知夫妻は、双子の姉弟が生まれる前にとある占い師からお告げとやらを受けたらしい。
『双子の片方は天使のように愛され、もう片方は悪魔のように社会に災いを齎す悪女として成長するだろう』
天門総合病院に臓器提供を行うことで、悪魔と称された双子の片割れは罪を許され、美しき天使に生まれ変わるとお告げを受けた愛知夫妻は、何故かその言葉を真に受けて天門総合病院に駆け込んだ。
『大きくなったら、臓器移植をしましょう』
赤子の時から臓器移植のタイミングを窺っていた愛知夫妻は、早く桔梗の罪を許してほしくて、病院に「早く手術をしてほしい」と懇願した。
桔梗の腎臓が天門紗雪に移植できると知った院長は、手術を絶対に成功させたかったらしい。
それは愛知夫妻も同じこと。
愛知夫妻──特に母親の方は、生体ドナーとして天門紗雪に臓器提供をすれば、桔梗の罪が許されると信じている。
父親の方は本気で桔梗のことが邪魔で、占いどうこう、金銭どうこうよりもいかに足がつかず秘密裏に桔梗を抹殺できるかだけを考えているようだった。
そうして天門総合病院では、「練習」と称して違法な臓器移植が横行するようになったと愛知夫妻は証言したそうだ。
「10年以上も隠し通してきたのか……」
「暴力団関係者絡みだからな。10年もありゃ、情勢も大きく変化する。昔とくらべりゃ、暴力団関係者もあんまでかい顔できなくなったかんな。美月ちゃんはタイミングがよかったんだと思うぜ。あちらさんにとっては、痛い腹突付かれて激おこって感じだが──」
藤井は「問題はここからだ」と人差し指を車の天井に向けてぴんと立てると、くるくる回し始めた。
氷室は人差し指の動きを眺めながら、藤井の言葉を静かに聞いている。
「愛知夫妻が盲信していた占い師。名前を聞いたら、どっかで聞いたことのある名前なわけよ」
「暴力団関係者絡みか」
「ぴんぽんぴんぽーん。大正解。天門総合病院と院内学級を運営する教育委員会とオトモダチの名無組が運営母体のカリスマ占い師からお告げとやらを聞いているんだなぁ、これが」
神のお告げなど存在しない。
双子の臓器を欲しがった院長は、暴力団関係者に協力を依頼し愛知夫妻を知らず知らずのうちに洗脳したのだ。
暴力団関係者は院長に協力する分だけ大金を手に入れられるので、喜んで協力をしていたことだろう。
教育委員会が経営する院内学級に未来ある若者たちを集め、臓器移植の順番待ちをさせるためだけの檻を作り出していた。
裏事情など、氷室の知る所ではないが──警察官の手を借りることで明らかになっていく真実を、氷室は難しそうな顔をしながら感心したように聞いていた。
「金の動きさえ明確になれば、天門総合病院へガサ入れすんのも楽になる。スピード勝負だけどな」
「どのくらいで行けそうだ」
「1週間もあれば、上の許可も得られて大々的にぶちかませると思うぜ?」
「一週間か……」
後は異変を察知した院長が、天門紗雪の移植手術を早めるなどと言わなければいいのだが。
氷室はこれから一週間、ほぼ休みなく病院に詰める予定だ。
氷室の目が行き届かなくなれば、院長が何をするかわかったものではない。
気を抜かぬように気をつけると藤井に小さく頷いた氷室は、「何かあったらすぐに連絡する」とお互いに確認し合い、藤井と別れた。




