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愛知家の修羅場と、命の金額

 ザー、ザー、と。


 スケートボードの車輪が、アスファルトの上を走行する独特な音が聞こえてくる。

 とある休日。

 桔梗が犯罪者として逮捕されない為に、氷室は協力を要請した吉更と待ち合わせをしていた。


(お前が本当に愛知吉更(あいちきさら)なのか確かめさせてくれとは言ったが……)


 氷室は軽やかにスケートボードの上に乗り、アクロバティックな動きをする吉更に引いていた。


(ここまでやれとは言っていないぞ、俺は……)


 姉の桔梗が(ひい)でた歌声を奏でるように。どうやら、吉更スケートボードが得意であるらしい。空中で2回転は当たり前。

 急勾配(きゅうこうばい)の坂に設置されたガードレールの上に車輪を乗せ、スケートボードの上に立ち乗りして一番下まで滑って行く。


 いくらヘルメットや肘当てをつけていたとしても、怪我をしないかと氷室は気が気ではなかった。


「スケートボードの天才少年にでもなる気か」

「まさか。桔梗と入れ替わった時に、言い訳利かないだろ。声変わりした後本格的に始めたって遅いしな……」

「独学か?」

「趣味みたいなもん。桔梗が周りの騒音になることを気にせず歌うように、俺も周りの奴らと違うことしたいってだけ。あいつ運動神経悪いから、スケボー乗ってみろって勧めるなよ。一回乗せたら、50cmまっすぐ進んで、何もないところで膝を擦り剥きやがった」


 アイドル活動をしている最中は、運動神経が悪そうに見えなかったが──。

 双子の片割れが「姉は運動神経が悪い」と氷室へ告げるのならば事実なのだろう。

 どうでもいい桔梗の豆知識を叩き込んだ氷室から視線を逸した吉更は、スケートボードから降りてボードを手に持つと、氷室の……隣にいる見覚えのない男を(いぶか)しげに見つめた。


「それ、誰?」

「未来ある若者の輝き、堪能させて貰ったよ。おじさん感動した!」

「不審者を見るような目で見るな。外見こそ図体のでかい不審者だが、これでも警察官だ」

「警察……?」

「氷室くんの友人、藤井(ふじい)です。今日は君のご両親が証人になってくれると聞いてね。無理を言って氷室くんに同席をお願いしたんだ」

「はぁ……」


 吉更は氷室と一緒に両親へ真実を問いただすつもりであった為、藤井が隣にいることをかなり警戒していた。

 氷室があまり休みの取れない研修医であることを桔梗から聞いているのだろう。

 ここで断れば、二度と自由な時間など作って貰えないと踏んだようだ。

 吉更は渋々、スケートボードを手に持ち自宅に向けて歩き出す。


「男3人ぞろぞろと……変な噂が経ったら、しろゆき先生のせいですから」

白雪(しらゆき)だ。何度言えばわかる。頭の出来は姉譲りか」

「桔梗はそんなに頭、悪くないと思いますけど」

「長い間入退院を繰り返していると聞いた。まともに義務養育を受けていないだろう」

「出来が良すぎて授業が退屈なんすよ。テストの日は優先して変わってもらいますけど」

「……本人はお前と入れ替わらないとセンター試験で合格するのは無理だと言っていた」


 氷室が桔梗に言われたことを吉更に話せば、豆鉄砲を食らった鳩のような表情をする。

 どうやら想像していなかったようだ。

 吉更が面食らった様子を見せる理由がわからない藤井は、物珍しいものを見る目で吉更を見つめている。

 藤井と氷室の表情を確認した吉更は、静かに理由を話し始めた。


「……先生の気を引きたいから、謙遜(けんそん)しているだけですよ。あいつ、打算で動いているんで」

「頭の出来は悪くないのか」

「そう思いたいならそれでいいと思いますよ。俺の言葉を信じるくらいなら、あいつは自分の言葉を信じてほしいでしょうし」


 桔梗の言葉など信じたくない氷室は、ひとまず吉更の言葉を信じることにした。

 何が目的なのか。

 桔梗は氷室に浮気しないかと持ちかけてくる頭の悪さを兼ね備えているはずだったが──。

 どうやらそれは、氷室を手に入れるために計算して編み出した秘策だったらしい。

 美月と交際している事実がある限り、氷室は桔梗を愛することなどありえないのだ。

 吉更の言うように頭がいいならば、それくらい簡単に気づきそうなものだが。

 頭が悪いと馬鹿にして足を(すく)われるくらいならば、頭がいいと認識した上で常に警戒しておくべきだろう。

 氷室は、吉更のありがたい言葉を胸に刻んだ。


「刑事さんから単刀直入に話しますか。俺からでもいいなら、自分で話をしたいんすけど」

「言いたいことあんなら、吉更くんからでいいぜ。話がにっちもさっちも行かないようなら、俺か割って入るかなぁ」

「じゃあ、それで行きます」


 吉更はマンションの一室に氷室と藤井を案内すると、リビングで待ち構えていた両親に出迎えられる。

 息子が見知らぬ2人の男を連れてきたことに驚く両親たちが怪訝(けげん)な視線を向けるので、氷室は医者であることを口にして頭を下げた。


「あなたが……美月先生の代わりに桔梗を何かと気にかけてくれている研修医さん……?」

「迷惑を掛けていませんか。うちの桔梗は好奇心旺盛(おうせい)で……。吉更のように少しでも落ち着いてくれたらいいんですが」

「父さん。桔梗の言うこと、悪く言うのやめろよ」

「ああ……」


 氷室は父親の生返事に引っかかりを感じた。

 弟が姉を悪く言うなと強い口調で批難(ひなん)したのだ。

 父親が口にするべきは生返事ではなく、桔梗と吉更に対する謝罪だろう。


(弟と父親の仲は悪くなさそうだが……。姉とは仲が悪いのか?)


 桔梗の肝臓を引き換えに金銭を受け取っているのならば、父親は桔梗のことを邪魔に思い──肝臓を金銭に変えようとしている可能性は否めない。


(肝臓だけで済めばいいけどな……)


 命すらも金銭に変えるつもりでもおかしくはないだろう。

 氷室は注意深く愛知夫妻を観察しながら、「氷室の友人」と名乗った藤井の自己紹介が終わり次第、単刀直入に両親へ問いただす吉更の声を聞いた。


「父さんは、桔梗になんて関心ないもんな。死ねばいいと思っているんだろ。どうせ死ぬなら、自分たちが裕福に暮らせるよう、桔梗の命を大金に変えたがっている」

「……吉更?お客さんの前でどうしたの、急に……」

「俺は跡取り息子だから、どうしても生きていてほしい。俺のことは蚊帳の外で、桔梗と勝手に決めやがって……」

「吉更、落ち着きなさい」

「何考えているんだよ!未成年の臓器提供は違法だぞ!?桔梗の命と引き換えに大金手に入れて、裕福な暮らしができたら嬉しいのか!?」


 氷室と藤井を気にして本音を口にできない両親の姿を確認した吉更は、勢いそのままに声を荒らげる。

 この場に桔梗が同席していれば、「そんなに怒るような話じゃないのに」と他人事だったろう。


 残念ながら、この場に桔梗はいない。


 吉更に怒鳴りつけられた愛知夫妻は顔を見合わせると、顔色を変えず淡々と父親がなんてことのないように「金銭と引き換えに桔梗が死んで当然」だと認識しているような発言をした。


「──脳死なら、15歳未満でも保護者の同意があれば合法だ」

「金銭のやり取りは違法に決まってんだろ!」

「俺たちはまだ、一銭も受け取ってはいないよ」

「まだ!?桔梗が死んだら、いくら受け取るつもりなんだよ!!」

「──生体ドナーとして肝臓だけを提供するなら1億。桔梗の死体から臓器を摘出し、移植待ちの患者へバラバラに提供するなら10億」

「はぁ!?桔梗の価値が、たったそれだけだと本気で思っているのかよ!?あいつはImitation Queenのアイドルだぞ!?1億なんて、テレビ出演しているだけでも簡単に稼げる!桔梗の命はそんなに安くねぇ!」


 国民的アイドル、Imitation Queenは日本中で知らぬものはいないほどの超人気アイドルだ。

 町中では常に彼女たちの歌声が響き渡り、CDの購入特典に握手券をつければ、飛ぶようにCDが売れる。

 Imitation Queenのメンバーとして加入するだけで、遊んで暮らせるほどの印税収入が舞い込んでくるとはもっぱらの噂だ。

 一般人が簡単に手に入れることなど難しい億単位の金銭だって、桔梗ならば簡単に手に入れられる。

 Imitation Queenのアイドルとして活動するようになった桔梗は、金のなる木だ。

 生きてアイドル活動をしている方が、殺害された後レシピエントとして移植待ちの患者に臓器を提供した際の違法な報奨金よりもよほど稼げる。


(何故アイドル活動なのかと疑問だったが、自分が死んだ時の報奨金よりも高い金額を稼ぐためか)


 そんな大金が必要な家庭にはとても見えないが──。

 アイドル活動で数十億の金銭が転がり込んでくると知っても顔色一つ変えない。

 愛知夫妻を納得させ、生き残ることは一筋縄ではいかないのだろう。


「吉更、どうしたの……?落ち着いて。お客さんの前じゃない……。家族でゆっくり話し合えばいいのに」

「お前らのことなんて、家族だと思ったことはねえんだよ!血も涙もねぇ、金のことしか考えていないクソ野郎が!」

「お父さんになんてこと言うの!」

「俺の家族は桔梗だけだ!俺たちが男同士の一卵性双生児だったら、あいつのことだって俺と同じように可愛がっていたくせに!あいつが女だから差別して、命を金に変えようとしている奴らを今まで親として認識していたことに感謝してほしいくらいだ!」

「吉更……」

「触んな!」


 母親の伸ばす手をはたき落とした吉更は、愛知夫妻に捕まらないように、ソファーに座る氷室の背中に隠れるようにしてしゃがみ込む。

 その仕草を目にした氷室は、甘える桔梗を思い出す。

 それはどうやら、両親も同じだったようだ。


「まさかまた……入れ替わっているのか……」

「猫可愛がりしている息子と、冷たくあしらう娘の違いもわかんねーのかよ!本当に最低だな!」

「ちょいちょい、吉更くん。さすがにそれは言いすぎだ」

「言い過ぎなんてこと、あるもんか!こいつらは自分の娘を殺そうとしている!捕まえてくれよ、刑事さん!」


 藤井が慌てて止めに入れば、吉更が咄嗟に藤井の正体を叫んでしまった。

 藤井が自ら名乗り上げるか、吉更の口から紡がれるかの違いしかないが……。

 藤井と氷室を見比べて驚きの表情を浮かべる愛知夫妻に、氷室は仕方なく想定よりも早い段階で藤井の正体を告げることになった。

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