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院内学級の子ども達と秘密の会話

 待合室のテレビに映る桔梗は、具合の悪い患者たちの心を元気付けるために。

 今日も笑顔を絶やすことなく愛敬を振りまいている。

 氷室はテレビに映る桔梗の様子を確認しながら、昼の外来診療を終えた。

 午後の外来診療にやってくる珍しい症例の患者を治療するに辺り、不足している知識を詰め込もうと研修医室へ急いでいた。


「どうしよう、桔梗ちゃん。私たち、やっぱり……」


 桔梗の名を聞いた氷室がその方向へと視線を向ければ。談話室に、小さな子どもたちが集まっていることに気づく。

 小さな子どもたちは全員、院内学級に通う少年少女達だ。

 7人から1人減り、6人が顔をつき合わせて何やら円形になってひそひそと言葉を交わし合っている。


 彼らの中心には当然、桔梗の姿もあった。


「口を滑らせたあいつが悪いんだろ。オレ達だって、気をつけなきゃならねえ」

「でも、どうして白雪先生じゃなくて、私達が急に手術をすることになったの?美月先生の時は……」

「あの人の名前出すなよ。禁句だぞ」

「ご、ごめんなさい」

「おい、桔梗。さっきから黙りこくっているけど。なんか言いたいことねーのかよ」

「……特に……ないけど……」


 桔梗は心ここにあらずと言ったように、無表情で院内学級に通う生徒たちの言葉に返答を返す。

 今にも泣きだしそうな表情で桔梗に相談している少女とは、ずいぶんと温度差がある。

 桔梗に行為を抱いている少年は、眉を吊り上げていつもと違う様子の桔梗を非難した。


「はあ?お前本気で言ってんの?弟と入れ替わってんじゃねぇだろうな」

「ちょっと、やめなよ!」

「私は私。今日はきーちゃんではないよ。信じてくれないの?」

「う……」


 吉更との入れ替わりを疑われた桔梗は、うるうると瞳を潤ませて少年を見つめた。

 やはり、惚れた弱みだろうか。

 少年は桔梗に潤んだ瞳で見つめられると、強くは言えないらしく口を閉ざした。


「おねーちゃん。おなかすいたー」

「もうちょっと我慢して!お姉ちゃんたち、いま大事な話をしている最中だから!」

「やだー!おーやーつー!」

「うるせえな……緊張感ねぇやつ。口を滑らせたら、俺たちだっていつ死ぬかわんねぇんだぞ」

「口を滑らせなければいいんだよね」

「おい。そんな簡単に──」


 不安そうな少女の妹か、院内学級に通う最年少の幼子が空腹を訴えれば、院内学級に集まっていた生徒たちの空気が見る見るうちに変化していく。

 そのタイミングを絶好の機会と認識した桔梗は、普段の余裕綽々な様子を見せる桔梗とは思えない冷酷な表情で、仲間たちに告げる。


「……今までだって、やってきたことでしょ。私達は今まで通り、静かにおとなしく、この病院で過ごしていればいい」

「死ぬかもしれないんだよね……?」

「普段と違う動きをすれば怪しまれる。今まで通りにして。もうすぐ、終わるから」

「終わるって、なんでそんなのわかるのよ」

「秘密」


 桔梗が口元に人差し指を当てれば、院内学級に通う少年少女達は肩の力を抜いた。

 とにかく最年少の少女が「お腹空いた」と騒がしいので、少年少女たちはうまく内緒の話ができなかったようだ。

 子どもらしい雑談が始まったことを確認した氷室は、こうしちゃいられないと足早に研修医室を目指した。


(誰の番号だ?)


 私物を管理しているロッカーの鍵を開け、スマートフォンを取り出した氷室は登録した覚えのない見知らぬ電話番号から、大量の着信が掛かって来ていることに気づく。

 氷室は病院内でピッチこそ持ち歩いているが、プライベートの携帯電話は鍵の掛かったロッカーに仕舞ってある。

 氷室は医学書を片手に、机の前へ置かれた椅子に腰掛け、新着メールを確認した。


『話したいことがあるので、時間取ってくれませんか』


(誰なんだよ……)


 大量の着信履歴が残った見覚えのない人物と同じ名前のメールが送信されている。

 誰だか分らぬ人間に恐怖を抱いている暇などない氷室は、思い切って折返し電話を掛けることにした。


「この電話番号に、何十回も掛けてきたよな」

『しろゆきこおりひつ先生の携帯番号であっていますよね』

「白雪氷室だ。その呼び名で俺を呼ぶのは……愛知姉弟のどちらかだな」


 異常とも呼べるほど電話を掛けてきた相手が暴力団関係者であれば、面倒なことになる。

 氷室は名乗らずに電話に出た人物へ問いかければ、氷室を間違った声で呼ぶ中性的な声が聞こえてきた。


『どうも。愛知吉更(あいちきさら)です』


 氷室のことをその呼び方で呼んだのは桔梗だが、桔梗がわざわざ氷室の携帯電話に連絡してくるはずがない。

 病院で勤務している氷室を捕まえればいいだけなのだから。

 自分は弟の吉更であると電話越しに名乗られても、吉更のふりをした桔梗の可能性は否めない。


 氷室は肩に力を入れたまま、吉更と名乗った少年の要求を聞いた。


『時間作って貰えませんか』

「俺にはお前と、込み入った話をするような時間は取れそうにない」

『宿直の日は、急患さえ担ぎ込まれてこなければ暇ですよね』

「この病院で宿直を担当する日にちはそう多くないが」

『だから事前にお伺いを立てているんじゃないですか。宿直の日、教えてください。桔梗と変わるんで』


 吉更は堂々と姉の桔梗と入れ替わり、病室で寝泊まりすると宣言した。

 医者としては当然、入院の必要がない人間を病室で寝泊まりさせるわけにはいかない。

 だが、氷室と話をしたがっている吉更に「桔梗と入れ替わるのをやめろ」と言えば、休日に時間を作らなければならなくなる。


「要件にもよる」

『桔梗の件について、聞きたいことがあります』

「電話でいいだろ」

『面と向かって話をした方が、お互いの為だと思いますけど』

「お互い……?」


 吉更は含みのある言い方をしてきた。

 こうなれば彼の申し出を断ることなど氷室にはできず──。

 仕方なく、氷室は吉更と時間を合わせて対話することになった。


「どうも、先生」


 ベッドから身体を起こして氷室に語りかける姿は、どこからどう見ても桔梗にしか見えないが──目の前にいるのは双子の弟である吉更なのだから、不思議なものだ。


神奈川(かながわ)焔華(ほのか)の前で、先生は言ったよな。18歳まで生きられたなら、他に問題がなければほぼ助かるって」

「それがどうした」

「桔梗がほんとに肝臓がんなら、俺の肝臓を移植すれば助かる。ほぼなんてつける必要なかったろ。どうして断言しない」


 桔梗について話したいこととは、これほど些細(ささい)なことなのかと氷室は落胆した。

 このような話を聞くために、貴重な睡眠時間を削っているのだと思えば殺意すら湧いてくる。

 氷室は苛立ちを隠すことなく吉更へ告げた。


「この世に100%なんてものはない。医者として、断言などするわけにいかないんだ」

「……先生だって、知っているだろ。桔梗の身体は俺とそう変わりがない。健康そのものだ。肝臓がんなんて嘘、どうしてつくんだよ……。先生は、桔梗が嘘をついている理由。知っているんだろ」


 桔梗は吉更に、人身売買の生体ドナーとして天門総合病院に管理されていることを伝えていないようだ。

 氷室も桔梗から聞いただけで、全く裏が取れていない。

 裏が取れていない情報を吉更に伝え、混乱させるわけには行かないだろう。


「……なんのことだ」

「とぼけるなよ。桔梗はあんたのことを信頼している。桔梗が事実を伝える医者がいるとしたら、あんたしかいない……!」


 氷室が言葉を濁せば、吉更は怒りを露わにした。

 胸倉を掴んできた吉更は桔梗の格好をしている。

 気を抜けば桔梗であると錯覚し、浮気を持ち掛けてきたこともあって拒否反応が先に来てしまう。

 少しでも気を抜けば突き飛ばしてしまいそうになる。

 口調が違うことに救われた氷室は、どうにか吉更へ手を出すことなく静かに吉更の話を聞いていた。


「信頼されるようなことをした覚えはない」

「そうかよ。俺に話す義理はないってことか。事前にあいつから話を聞いておいてよかった」

「あいつ……?」


 あいつと呼ぶ存在に心当たりはないが、桔梗が「あの子」と呼ぶ人物には心当たりがあった。

 天門総合病院院長の娘、天門紗雪だ。

 彼女は桔梗をキョウちゃん、吉更をサラくんと呼んでいた。

 吉更と面識があってもおかしくないだろう。


「桔梗が俺に黙って、裏でこそこそろくでもないことに関わっていることには気づいていた。俺たちは頻繁に入れ替わっている双子だ。隠し通せると思う方がおかしい」

「そうだな……」

「桔梗はこの病院に、臓器提供を受けるためではなく──生体ドナーとして肝臓を提供するために入院させられている。桔梗の肝臓が移植されるのを待ち望んでいる臓器希望者は、天門紗雪(あまかどさゆき)。院長の娘」


 そうだろうとは考えていたが、時と場所を考えるべきだ。

 目の前のことに夢中で周りのことが見えていない。

 危なっかしい所は、さすが双子だ。

 図らずとも桔梗との共通点を見つけてしまった氷室は、半場呆れながらも吉更に親切心で指摘した。


「……秘密を打ち明ける相手は、よく考えた方がいい」

「俺はあんただから、打ち明けたんだ。知らないわけがないよな。医者なんだから」

「お前の姉が話をしなかった理由を、お前はよく理解するべきだ」

「どうせ俺を巻き込みたくないとか、私が死んでもきーちゃんだけは生き残って欲しいとか、そんなくだらねぇ理由だろ。理解する必要なんかないね」


 桔梗が死んだときは、自分も死ぬと言いたいのだろうか。

 桔梗が死ぬのを何が何でも阻止したいと願うのならば、氷室も強くは言う必要もないのだが…。


(弟の方も、何考えているかよくわかんねぇな)


 桔梗を助ける気があるならば、彼にしかできないことがある。

 氷室は吉更に、ある提案をすることにした。


「天門紗雪には、あんたと協力すれば移植手術が行われることはないと聞いた」

「……お前に協力してほしいことがある」

「なんすか」


 氷室は、桔梗が違法な臓器売買に関わっていることを吉更に説明する。


「お前の協力があれば、この件が明るみに出ても姉が罪に問われることはない」


 桔梗は勉強が苦手だと言っていたのでどうなることかと思ったが、さすがは替え玉受験をすれば難なく合格できる頭脳の持ち主だ。

 察する力はあるらしく、氷室の一言を聞いた吉更は表情を強張(こわば)らせた。


「俺が協力しなければ、桔梗は犯罪者になんの?」

「……そうだ」

「手術をしていない状態でも?」

「あの女の証言が正しければ、裁かれるべき人間だ。アイドルデビューなんてしたせいで、お前ら家族も一生後ろ指を差されて生きることになるだろう」

「──わかった。やる」


 吉更はあっさりと氷室の手を貸すと力強く宣言した。

 桔梗はいつもにこにこと笑顔だが、吉更は真剣な眼差しを氷室に向けてくる。

 双子の違いを認識した氷室は、小さく頷くと桔梗の姿をした吉更に拳を差し出す。

 吉更は眉を(しか)めながらも、コツリと氷室の握り拳へと手を当てた。

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