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少年が犠牲になった理由と、双子のもしも

「息子が亡くなった際に、どんなことを言われたかよりも先に……。息子がなぜあの病院へ入院することになったのかをお話するのが先だと思いますから……」


 夫妻は遠慮がちに息子が入院した理由を説明する。

 きっかけは亡くなった息子が健康診断で再検査を命じられ、天門総合病院で健康診断を受け直したことらしい。

 天門総合病院で臓器移植を待つ人々と合致する臓器を持っていることが発覚した彼に、院長は「大事な話がある」と言って接触してきたようだ。


「院長はまず、私達に大金をちらつかせてきました……」

「大金?」


 最初は「息子の肝臓を一つ提供してくれたら、生涯遊んで暮らせる金銭を支払う」と持ちかけてきたようだ。

 夫妻が難色を示すと、「息子の肝臓を金銭と引き換えに差し出すことで救われる命がある。息子が英雄になれるとても貴重な機会を逃す手立てはない」と臓器移植を迫ってきた。

 夫妻は一度断ろうとしたものの、正義のヒーローに憧れる息子が、親の医師を無視して甘い言葉に飛びついてしまったようなのだ。


「お母さん、お父さん。僕、ヒーローになりたい!それが、私達の始まりです。あの子の意思なんて尊重(そんちょう)しなければよかった……」


 息子の意志を尊重(そんちょう)しなければ、今でもまだ息子が両親に笑いかけてくれたのだと思うと、身が引き裂かれる思いがするのだろう。

 いま氷室の前に居る両親は、子どもの意志を尊重(そんちょう)する優しい両親だ。

 だからこそ、悪い大人に利用されてしまったのだろう。

 氷室は罪を告白する夫婦の言葉にじっと耳を傾けていた。


「私達は金銭など必要なかった。臓器移植をした後も、今まで通り暮らせるというから協力したのに……」

「あいつは、息子の身体にメスを入れたんだ。私達の同意なく……」


 生体ドナーの死亡率は、通常であれば10%にも満たない。

 100%生体ドナーの身に危険が迫ることがないとは言えないが、生体ドナーの安全確保は、臓器移植を行う上で絶対に確保しなければならない命題だ。

 病院の名に傷をつけたくないのならば。最新の注意を払って手術をするはずなのだが──夫婦の気持ちは裏切られ、彼らの息子は脳死ドナーとして、五ヶ所の臓器を奪われてしまった。


「あの人、わたしたちになんて言ったと思います?これで息子さんはヒーローになれましたね、ですよ!笑顔で言うような言葉ではありません!」

「私達はあいつが鬼か悪魔に見える……。大金の入ったスーツケースを無理矢理握らされそうになりましたが、受け取ることなくその場を立ち去りました」


 この夫妻は金銭を受け取ることはなかったようだ。

 院長から大金を握らされそうになったと、警察官であると夫妻は知らないとは言え、藤井の前で口にしたことはとても大きい。


「私達は院長が許せない。息子を返してと言いたいです」


 瞳の奥にめらめらと揺らめく憎悪の炎がその身を焼き焦がしてしまう前に。

 そろそろ頃合いだろうかと、氷室は存在を無視され続けている藤井を夫妻に紹介することにした。


「法廷で争うことになっても、その気持ちは変わりませんか」

「当たり前じゃないですか。私達は必ず、息子の敵を取ります」

「……実は……。俺の両隣に控える友人たちは、警察官なのですが……」


 夫婦の視線が一斉に藤井へと向けられる。

 顔写真付きの警察手帳を見せびらかした藤井は、ニコニコと笑顔で氷室の言葉を引き継いだ。


「どーも。警視庁(けいしちょう)犯罪対策部(はんざいたいさくぶ)暴力団(ぼうりょくだん)対策課(たいさくか)藤井(ふじい)です。氷室くんとは年の離れた友人として仲良くさせて貰っているんですがね?ちいとばかし話を聞いていれば、高額な金銭と引き換えに臓器提供を持ちかけられたそうじゃないですか……。それ、暴力団のシノギかもしれないんですよ。なんで、私達の担当になります」

「はぁ、そうですか……」

「もう少し、詳しくお話をお伺いできませんかねぇ」


 夫妻は顔を見合わせ、「私達でよければ」と藤井の質問に答えていく。

 一番気がかりだったのは、「レシピエントとして保護者の同意があったか」だ。

 それも藤井が氷室の代わりに夫妻へ聞いたが、「同意はなかった」と証言した。

 その点に関して、違法であることは間違いない。

 問題は藤井が暴力団関係の事件を解決する管轄の人間であり、院長が暴力団関係者の一員として名を連ねていない限り、警察内部で藤井が捜査から外されてしまう可能性が高いだけだろうか。

 いっそのこと暴力団の組員として名を連ねてくれないだろうか。

 氷室は、そう願わずにはいられなかった。


「氷室くん、浮かない顔だな」

「よくよく話を聞いてみれば、あの夫妻は暴力団関係者と顔を合わせたことがない。あれでは院長を捌けない」

「教育委員会から病院の院内学級、病院内で院長が暴力団関係者の男と密会しているって鈴瑚ちゃんから聞いたぜ?その辺りを突くのは俺達の役目だ。任しときな。関係洗い出して、証拠を叩きつけてやるからよ」


 氷室には時間がない。

 藤井のことは信頼しているが、どこまで証拠を固めてくれるかは未知数だ。


(暴力団関係者に関しては、本職に任せておけばいい。あとは病院関係の証拠集めか……)


 限られた時間で、氷室は氷室にできることをするしかない。

 院長を追い詰めるための準備は着々と進んでいる。

 氷室はうまく行き過ぎていると自分でも感じながら、気を抜かぬように次の問題を解決するために動き出した。


 *


 氷室は桔梗がImitation Queenのアイドルとしてデビューするようになってから、迷うことがある。


 ──病室のベッドにいる愛知桔梗は、本物なのか?


 双子の弟、吉更と頻繁に入れ替わっている桔梗は、見た目だけなら違いが殆どない。

 下半身は当然男女の差異があるが、いくら医者とは言え、脱ぐ必要のない患者を脱がせて入れ替わっているか毎日のように確認するのは倫理的にかなり問題がある。

 そこまでして双子の入れ替わりを確認する必要がないと病院側は諦めているようで、「病室で愛知桔梗と名乗る少女が本物」と大雑把な認識をしているようだった。

 紗雪へ臓器移植を行う際に二人が入れ替わっていると手術中にわかったら、どうするつもりなのだろうか。


「先生、今日の私がきーちゃんなのかもって疑っているでしょう?」

「……別に……」

「先生は、すぐ顔に出る。今日の私は本物だよ」

「そうか」

「興味なさそうなふりしなくてもいいのに。1108号室の件は、残念だったね」


 声を潜め桔梗が笑顔で問いかけてきたことにより、氷室は思わず眉を顰めた。

 残念だったなど、桔梗が言えるような立場ではないはずだ。

 桔梗にとって1108号室の少年は、院内学級に通う学友であった。

 仲のよし悪しはわからないが、人ひとりが死んでいるのだ。


『残念だったね』


 その言葉で済まされるような出来事ではない。


「自分が言われたら、いい気分にならないことを口に出すのはやめろ」

「私が生き残って、きーちゃんが殺された場合のこと?確かに、相手の立場に立つのは大事だよね。今回の件は、その必要があるとは思えないけれど」

「……加害者家族を激昂(げきこう)させたいのか」

「ご両親には面と向かって言わないよ。そんなことを言えば、大騒ぎだよね。いくら子どもでも、言っていいことや悪いことはわかるよ」

「だったら、俺にも言うな」

「先生は、私が酷いことを言ったとしても言い触らしたりしないでしょう。私に浮気を持ちかけられたことだって、誰にもお話していないもの」


 桔梗は笑顔を浮かべたまま、氷室の出方を窺っているようだった。

 この場でクソガキに教育的指導をするのも、無視するのも氷室の自由だ。


(ある意味では信頼されているのかもしれないが、信頼のされ方が微妙すぎる)


 いっそのこと、氷室へ縋り付こうとしてこなければ。


 このまま冷たくあしらい、紗雪の生体ドナーとして桔梗へ臓器移植が行われるのも見て見ぬふりをしたい所だが──未来ある若者が困っているなら、手を差し伸べるのが美月の方針だった。

 美臓器売買事件を解決するために美月から引き継いだ以上、氷室は桔梗の存在を見て見ぬふりなどできないのだ。


「先生は、何があっても私の味方でいてくれる。それが私、とても嬉しいの」

「……買いかぶり過ぎだ」


 氷室は何があっても桔梗の味方で居続けることなどできない。

 桔梗が美月を行方不明にした原因だと知れば、氷室は桔梗を助けようなど行動に移すことはないだろう。


「先生のお陰で、毎日楽しく過ごせている。ありがとう、先生」

「……俺のお陰ではないだろ」

「先生のお陰よ。先生は、私ときーちゃんが入れ替わっていたことに気づいても、誰かに告げ口したりしないでしょう?」


 これからもよろしくね、と告げられた氷室は、桔梗とよろしくするつもりはないと彼女に告げ――病室を後にした。

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