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ベテラン刑事とお宅訪問

 とある休日。


 氷室は地下駐車場で、ある人物と待ち合わせをしていた。

 地下駐車場のアスファルトを歩くたびに、靴底からコツコツと音を響かせた氷室は、トレンチコートを(ひるがえ)しながら颯爽(さっそう)と目的の車を探す。

 助手席に氷室が見覚えのない見知らぬ若い男を乗せた無精髭(ぶしょうひげ)が印象的な男は、地下駐車場にやってきた氷室に運転席の中から手を振ると、後部座席に乗るように(うなが)した。


「よっ。氷室センセ。お努めご苦労さん。相変わらず労基(ろうき)も真っ青な激務生活送ってんだって?」

「お前も似たようなもんだろ」

「警察と医者って、似たようなもんだよなぁ~。俺はマル()相手なら昼夜問わず365日駆けつけて、氷室センセも患者が担ぎ込まれてきたらどんなに眠くても対処しなきゃだもんな?」

「バイト中はそうだ」


 氷室は救急救命の第一人者ではなく、小児科医を目指す研修医だ。

 宿直勤務であればそうしたこともあるが、休み中に呼び出されて休日出勤とまでは流石にない。

 経験を積めばいずれ、担当する患者が急に体調が悪くなる場合もある。

 24時間365日、患者のことだけを考え続ける暮らしをすることになるのかもしれないが──。


(今は患者よりも、美月の安否が最優先だ)


 氷室が車の後部座席に乗り込み、シートベルトをしっかりと身につけたことを確認した男は、ゆっくりと車を発信させた。

 すでに行き先は、運転席の男に告げてある。

 事前にカルテを盗み見てアポイントを取ってあるので、これから訪問する相手が在宅していないことはないだろう。


「しっかし、またスゲー案件持ってきたなぁ。お前ら暴力団関係者に恨みでもあんの?」

「俺は特に恨みなどはないが。あちらが俺たちを放っておかないだけだ」

「あちらさんは泣く子も黙る暴力団関係者だかんな。黙らないお前らが邪魔で仕方ないんだろうよ」

「今回は俺たちから首を突っ込んだわけではない。美月の働く病院で偶然、暴力団関係者が暗躍していただけだ」

「本当に偶然か?」


 運転席に座っていた男は、バックミラー越しに氷室へ鋭い視線を向けてくる。

 偶然ではないとしたら何なのかと氷室は口にすべき場面だが、こうして氷室を睨みつけるのは訳がある。

 美月は何かと暴力団関係者に縁があるのだ。

 まるで美月に引き寄せられるかのように。美月が率先して首を突っ込む事件には、すべて暴力団関係者が関わっている。運転席に座る警官も、幼少の頃から暴力団関係者絡みの事件に巻き込まれた縁で交流が生まれた。


 美月の知り合いだ。

 氷室が彼女と付き合うようになって顔見知りになった。

 美月とこの男の間には、氷室が踏み入ることのできない絆のようなものが存在するのだ。


(こいつは美月のことを妹のような存在だと言っていたが……)


 親子ほど年の差はあれど、元彼氏、元彼女として関係を結んでいたとしてもおかしくない。

 美月にも否定されたが、少なくとも氷室は美月と男の関係をそう認識している。


「美月が引き寄せたとでも言うのか」

「暴力団関係者が関わりのある事件だからこそ、美月ちゃんは率先して首を突っ込んで行ったんじゃねぇの?」

「美月に聞いてくれ」

「聞けねぇから氷室くんに聞いてんだろ?」


 運転席に座る男──警察官の藤井(ふじい)は、美月のことをちゃん付け、氷室のことをくん付けで呼ぶ。

 美月と氷室は、3つ違いだ。

 彼女と親子ほどの差があるのだから、氷室との年齢差は20歳以上あった。

 50手前のベテラン刑事は、男性から見ても無精髭が色気を誘う。


「ま、美月ちゃんの件は……ヒントが何もねーからな。この事件を解決して、元気な姿を見せてくれるといいんだが」

「……そうだな」

「おうよ。むさ苦しい野郎が3人も押しかけて、相手さんは萎縮(いしゅく)したりしねぇか?」

「事前にお伺いは立ててある」

「警察と一緒に顔出しすって?」

「警戒されても困るだろう。友人と行くと言ってある」

「友人、ねえ」


 藤井は含みのある笑みを浮かべ、助手席に黙って座る男の肩を肘で小突いた。

 今日初めて会う氷室を友人扱いするよう心掛けろと言いたいのだろう。

 寡黙な男は黙りこくっている。

 警察官は2人1組で捜査に当たるのが鉄則だ。

 特に話しかけることはせず、氷室は1108号室に入院していた少年の両親が暮らす家へ向かう車で、少しでも英気を養うために目を閉じた。


 *


「あなたは、確か……」

「研修医の白雪です。この度は……」

「いいですから。見つかると面倒なことになるので、早く入ってください」


 氷室たちを出迎えたのは母親だった。

 彼女は周りを警戒したように見渡すと、氷室の腕を引っ張り強引に室内へと引き摺り込む。

 警察官である藤井とそのパートナーが一緒にいることに関しては一切反応することがなく、空気のように扱っている。


「鍵を閉めてから上がって貰えますか」

「わかりました」


 氷室は全員が玄関に足を踏み入れたことを確認し、一番最後に玄関内部に入ってきた藤井に目配せした。

 カシャンとドアにつけられたツマミを右側へ2つ回せば、鍵が施錠される。

 氷室達はぞろぞろと靴を脱ぎ、用意されたスリッパをはいて客間へと向かった。


「氷室先生、わざわざ自宅までご足労頂きましてありがとうございます」

「いえ、お構いなく……」

「息子のことですよね」

「……はい」

「病院側は私達にも後ろ暗いことがあるから、訴えを起こすわけがないだろうと思っているようですけど……。私達だって、息子を殺されたら黙ってなどいられません。たとえ社会的に抹殺されたとしても、私達は声を上げるつもりです」


 夫妻は氷室が病院側の代表として、告発するのを止めるように話をしにきたのではと警戒しているようだが、氷室にそのようなつもりは一切なかった。

 氷室は大々的に告発してほしいからこそ、藤井を伴ってわざわざ貴重な休日に自宅訪問までしているのだ。

 あわよくば、院長から受けた説明も打ち明けてくれないかと期待している。


「俺に止める権利はありません。むしろ、率先して訴えを起こすべきだと思います」

「私達を説得しに来たわけではないのか……?」

「俺は、息子さんがなくなる数時間前。看護師が飲ませる必要のない薬を飲ませようとしている場面に遭遇しました」

「それって……!」

「息子さんが亡くなったのは、その後すぐだと聞いています。看護師は薬を飲ませることなくその場を立ち去りましたが、あの病院には通常では考えられない不可思議なことで満ち溢れている。息子さんが亡くなった後。院長から何を言われたか、話して頂けませんか」


 顔を見合わせた夫妻は、お互い頷き合い――重苦しい口を開いた。

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