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音声データ

「お兄様!次から次へと確認が必要な音声を送ってこないでください!」


 数日ぶりに顔を合わせた鈴瑚はげっそりとした顔で氷室を怒鳴りつける。

 どうやら、寝る間も惜しんで氷室が送り付けた音声を確認していたらしい。

 鈴瑚に必要な情報を送り付けておけば、仕事をしている間にまとめ上げてくれる。

 便利なコンピューターかAIだと勘違いしている氷室は、身支度を整えると鈴瑚の報告を聞くために、リビングのソファーへ腰掛けた。


「何がなんだかわからぬまま、まとめるこちらの身にもなってください……!」

「悪かった」

「心が籠もっていません!もっと心からの謝罪を要求します!」

「うるせえな……。何かわかったことは」

「教育委員会の件。タレコミを入れたら、いい働きをしてもらいました」


 天門総合病院の院内学級を管理する教育委員会が暴力団関係者とつながりを持っている件は、鈴瑚の知り合いに情報を横流しすることにより調べがついたようだ。

 氷室は改めて鈴瑚が作成した分厚い資料を片手に、鈴瑚の話を聞く。


「教育委員会が暴力団関係者と繋がっているのは間違いありません。この暴力団関係者と言うのが──指定暴力団名無(ななし)組です」


 名無組は同じ島を争う暴力団同士で大規模な銃撃戦を人が行き交う夜の街で繰り広げ、何かと世間を騒がせる荒っぽい暴力団だ。

 天門総合病院に時折出入りしている黒服も、すでに鈴瑚の調べによって名無組の組員であることが確認できている。

 氷室はテーブルの上に置かれたメモ帳にペンを走らせると、簡単な関係図を作り出した。


「天門総合病院から院内学級、教育委員会を結ぶのが指定暴力団名無組か……」

「そのようです。名無組の組員はスーツ姿で、時折スーツケースのようなものを天門総合病院と管轄の教育委員会に運び込んでいる所を目撃されているようですね」

「スーツケースの中身は?」

「病院には暴力団同士の抗争で命を落とした遺体、教育委員会には特殊詐欺で手に入れた大量の札束を入れていたとか……」


 鈴瑚の説明は又聞(またぎ)きであるため要領を得ないが、名無組がスーツケースに無理矢理押し込めた死体を病院に搬送し、臓器提供を待ちわびる患者から大金をスーツケースに詰め直していたようだ。

 この話が事実であれば、病院を後にした現場を抑えることにより、一網打尽(いちもうだじん)に摘発することも夢ではないだろう。

 そのためには、暴力団関係者がスーツケースを病院に持ってきた日に院長自ら移植手術をした証拠を手に入れなければならない。

 用意周到な院長のことだ。

 足がつくような証拠は残していないだろう。

 氷室はどうにか名無組が死体を病院に運び込む日を特定し、手術中の現場を抑える必要があった。


「俺が音声データをお前に送った日。とある患者がなくなった。その患者はある看護師の証言により、臓器売買のレシピエントになったと思われる」

「名無組を通さずに、臓器売買も行っているのですか。随分大胆なことをしますね」

「その可能性はかなり高い。二度目の録音データを送信した後、看護師に預けたボイスレコーダーの音声を流した。証拠になりそうな話は出たか」

「パワハラの証拠は山程ありましたよ。証拠として使えそうな話も何点か。公然の秘密として扱われているようで、本職に聞き込み捜査をお願いするなら、看護師から攻めた方が良さそうですね」

「再生してくれ」


 氷室が指示をすれば、鈴瑚は手に持っていたスマートフォンから、編集した一部の音声を氷室に再生した。

 貴重な時間を有効活用するためだろう。2倍速で再生される音声はやや早口ではあるが、内容がわからないほどではない。

 氷室は耳を澄ませ、注意深く録音された音声データを聞くことにした。


『1108号室の件。白雪先生が口出ししてきたせいで、生体ドナー予定からレシピエントになったってほんと?』

『……事実よ』

『うわぁ。あの研修医、自分がどれほど罪深い行いをしたかわかってんの?』

『わかっているわけないじゃない、きっと。研修医なんて、研修が終わればやめていく人間なんだから。院長は秘密をバラすなって言うけど……。あの様子じゃ、これからもこうしたことが増えるわよ』

『正義感だけじゃ、命は救えないのにね。1108号室の子どもが亡くなったお陰で、5人もの入院患者が助かったんでしょ?』

『結果的には、そう』

『生体ドナーの臓器提供で救える患者は一人だけど、死体になれば複数人救える。金銭面も(うるお)って、いい事づくしよね。那須宮さんだってそう思わない?』

『はひっ。な、なんのお話ですか……?』


 ボイスレコーダーをポケットに忍ばせている那須宮は、明らかに動揺したような声で1108号室の件をすっとぼけた。

 ガチャガチャと音がするので、ロッカールームか休憩室だろうか。

 那須宮がすっとぼけたことに、看護師達は呆れたような声を出す。


『救える患者は少しでも多い方がいいってこと』

『ちょ、ちょっとよくわからないです……』

『相変わらず頭足りてないね、あんた。まさか、白雪先生の味方なんて言わないわよね』

『ち、違います……!病院をやめることになりそうなこと、わたしがするわけないじゃないですかぁ……っ』

『そうよねえ、あんた、うちの病院やめたら働くことないんでしょ?』

『身内に暴力団関係者がいると大変よねぇー。ありがたいとも言うけど。名無組にお兄さんがいるお陰で、うちの病院で働けているんだから!』


 名無組に兄がいる?

 那須宮は暴力団関係者の身内を持つ女性のようだ。

 氷室が眉を(しか)めて音声を聞けば、その後は那須宮に対する罵詈雑言(ばりぞうごん)の嵐だった。


『グズでノロマなあんたが、他の病院で働けるわけもない』

『そう、ですね……』

『私達が真横で話している会話すらも耳に入らないんですもの!白雪先生と手を組んだりしないでしょ。ねぇ?』

『あはは……』

『これまで通り、余計なことせずあたし達の言う通りにすれば、あんたはホームレスにならなくて済むわよ。よかったわね』

『……あ、ありがとう……ございます……?』


 那須宮は明らかに看護師を怒鳴りつけなければならない場面で、何故かお礼を言った。


(なぜ那須宮は疑問形でお礼を言ったんだ…?)


 那須宮と看護師のやり取りを疑問に思った所で、鈴瑚が一度音声を停止させる。


「那須宮と呼ばれた彼女ですが、暴力団関係者のお兄さんがいるのは事実でした。スーツケースを病院へ運搬(うんぱん)している組員の中に、同じ名字の男性がいます」

「……面倒なやつに渡したな……」

「お兄様。事実確認をせずにボイスレコーダーを渡したのですか!?」

「那須宮には病院をやめたくない理由がある。俺の肩を持てば院長の敵と見なされ、院長側に立てば犯罪者として逮捕されかねない。双方に目をつけられないようにうまく渡り歩くと思っていたが……」


 那須宮が天門総合病院と深い関わりを持つ、暴力団関係者の兄がいるとは思わなかった。

 こうした爪の甘さが、後々氷室を追い詰めると。

 肝に銘じておかなければならない。


『氷室。またミスしたの?強大な敵対組織との戦いならば、足元を(すく)われるわよ』


 氷室は大事な所で、爪の甘さが出てくることが多かった。


 その度に美月が厳しい顔をしながらも、氷室のミスを取り返してくれたことを思い出す。


『強大な敵となんざ、戦うつもりなどない。特撮ドラマの見過ぎだ』


 その当時、氷室は美月の言葉を笑い飛ばしていたが──病院相手だけでも荷が重いのに、暴力団関係者の方までちょっかいを掛けて闇を一掃することは、研修医の氷室にはまず無理だ。


(院長が適切な罰を受けた所で、暴力団関係者との関わりが途切れる訳では無い。新たな院長が、尻拭いをしろと脅される可能性も考慮しておくべきだな)


 理想は暴力団関係者と天門総合病院の悪事に関わる人間を一掃することだが、タイミングよく病院の闇を暴いた瞬間に暴力団関係者がこの件に関わっている証拠を得られるとは思わない。

 桔梗の臓器を紗雪へ移植する手術が行われる日は、間近に迫っている。

 早急に外部の力を借りて、証拠を固める必要があった。

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