天門紗雪と愛知吉更
──数日後。
特別室で過ごす紗雪は、調子が悪いときはベッドに横たわりスマートフォンを眺め、調子がいいときは椅子に座ってテレビを見つめている。
桔梗が病院内に居る間、彼女の聞いていることがイヤリングを通して伝わってきた。
桔梗のプライバシーを考慮して、紗雪からその声を遮断することもあるが、紗雪に聞かせたくない音声を桔梗から遮断することもある。
アイドル活動中の桔梗からはまず、イヤリングを通じて元気な桔梗の声が聞こえてくることはなかった。
それから、吉更と入れ替わっている時も。吉更は紗雪の存在を知らない。
氷室には「キョウちゃんとサラくんを助けて」と懇願したが、紗雪が桔梗の話を聞いて一方的に知っているだけなのだ。
(白雪先生……サラくんに、わたしのこと……お話しなければ、いいけれど……)
吉更は桔梗の弟だ。
世界中を探したって、男女のそっくりな顔をした双子など片手で数えるほどしかいない、珍しい生育状況でこの世に生を受けた双子の姉弟。
遅かれ早かれ吉更は、紗雪の件や桔梗が関わる臓器売買の件を知ることになるだろう。
それが桔梗の口から語られるのか、氷室の口から語られるかの違いでしかない。
(テレビの中で、アイドルとしてパフォーマンスをしている姿を見れば……。二人の見分け方は簡単なのに……)
吉更は、Imitation Queenの5期生として活動し始めたばかりの桔梗に成り代わっている。
紗雪が把握しているだけでも、3日から1週間毎に入れ替わっていた。
吉更が桔梗に成り代わって病院にいるときは、特別室で過ごす紗雪に桔梗が会いに来ることはない。
院長として働く紗雪の父親が、桔梗へ会いにくる間隔を細かく把握していたならば。すぐに二人の入れ替わりがバレてしまうほど露骨に入れ替わっているのに、今の所入れ替わりが問題視されていない所がおかしくてたまらなかった。
(白雪先生に、見分け方……教えておけばよかったな……)
桔梗本人であれば。
紗雪へ会話が伝わることを恐れるあまり、頻繁にイヤリングを気にする。
吉更はそもそもイヤリングが盗聴器の機能があることを知らないので、イヤリングに触れるようなことは一切なかった。
(アイドルとしてのパフォーマンスは、特にわかりやすいのに……)
桔梗は歌唱力こそ異常だが、身体を動かすようなことは苦手だ。
細かな指先までの振り付けを要求されるような曲よりも、棒立ちでしっとりと歌い上げるバラードが得意だった。
一方吉更は、歌声こそ桔梗には劣るが、ダンスにおいては誰にも負けない自負があるようだ。
時折暇を持て余して、スケボーを病院の屋上に持ってきては危険な遊びに興じるほどの高い身体能力があった。
ファンからも「日によってパフォーマンスの振れ幅が大きすぎる」と物議を醸し始めていほどに。
(今日はキョウちゃん本人が……ちゃんと、アイドルとして活動しているみたい……)
生放送のテレビ番組で歌を響かせる桔梗は、グループの最後尾に追いやられても最高のパフォーマンスを披露していた。
自身のソロパートがある、たった一言だけでも。
しっかりと歌声だけで爪痕を残すのだから、長年Imitation Queenのファンを自称する人々たちからも評判がよかった。
(このまま……キョウちゃんが……何事もなくアイドルとして活動を続けられますように……)
紗雪は祈る。
桔梗がアイドルとして、輝き続ける未来を。
(誰だろう……?)
ぼんやりと桔梗の活躍を眺めていた時だった。
トントン、と。
本来ならば誰かが訪れるはずのない時間に、病室のドアをノックする音が聞こえてきたのは。
紗雪は警戒しながら立ち上がると、扉をゆっくりと右側へと引く。
「……キョウ……ちゃん……?」
ドアの前には、桔梗がいた。正確には、桔梗の格好をした吉更だ。
生放送のテレビ番組で今も、彼女はお茶の間に美しき歌声を響かせているのだから。
(どうして、サラくんが)
吉更が特別室に姿を見せるなどありえないのに。
紗雪が引きつった笑みを浮かべていることに気づいた桔梗は、紗雪を押しやり室内に一歩足を踏み入れて、後手でドアを閉めた後──カチャリと鍵を閉めると、紗雪を睨みつけた。
「わかってんだろ、俺が吉更だって」
桔梗の姿をした吉更は、あっさりと自分の正体を紗雪に打ち明ける。
小さく頷いた紗雪が長い話になるだろうと吉更に背を向ければ、彼はドスの効いた声で唸るように紗雪へ言葉を放つ。
「俺に黙って、桔梗とこそこそ何をやってんだよ」
「キョウちゃんには……?」
「俺が問い質した所で、素直に打ち明けてくるような奴じゃねぇから。あいつ、悪知恵だけは働くんだよ。で?俺と桔梗の見分けがつけられるあんたは、桔梗の何」
桔梗の何、とは。随分と回答に困る質問だ。
紗雪は吉更の顔をじっと見つめると、寂しそうにポツポツと言葉を紡ぐ。
「わたしは……キョウちゃんのお友達……」
「は?」
「……共犯者、かな……」
詳しく教えろと凄んできた吉更に怯えることなく。困ったように笑った紗雪は、パイプ椅子へ座るように吉更へ促すと、ポツポツと共犯者であると発言した理由を説明するのだった。




