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紗雪の婚活

 「この子達にはまだ、社会批判は早いわ」


 空気の凍ったこの場をどうにかするべく、わがままを言う子どもを慰めるような表情で、美月が代表して氷室へ声を掛けた。

 紗雪は悲しそうに眉を伏せ、那須宮は何がなんだかわからないと茫然としながら、事態を把握する為、美月と氷室を交互に確認している。

 あまり頭の出来がよくなさそうな那須宮が、あんぐりと口を開けているのだ。


 (画面越しの桔梗が間抜けヅラを披露していたとしても、おかしくない)


 氷室が桔梗に対し失礼なことを考えながら、紗雪が手に持つスマートフォンの画面を肩越しに除けば。

 彼女は氷室の想像とは異なる表情をしていることに気づく。

 桔梗はスマートフォンの画面を見下し、真顔でじっとカメラを見つめているようだ。


(またこの表情か)


 氷室が大嫌いな、桔梗の表情を引き出してしまったことに気づき、形容しがたい思いに苛まれる。言葉の意味を理解していなければ、那須宮のように慌てふためいてもおかしくない。

 そう考えていた氷室の予想を裏切った彼女が、両親の話をするときのように感情が抜け落ちていると気づいた氷室は苦しそうに唇を引き結ぶと、重苦しい口を開いた。


「……大人気なかった」


 いつまで経っても桔梗に感情の抜け落ちた表情をしたくないと思った氷室は、バツが悪そうに小さく頭を下げて反省する。


(いい年した大人が、大人になりたての女へ画面越しに頭を下げるとか……)


 氷室が頭を下げることなど、滅多にないことだ。

 同じ部屋にいる女性陣3人は目を丸くしながら、氷室を見つめた。


『氷室先生はやっぱり、正義の味方だったんだ』

「何を正義の味方と称するかにもよるだろ」

「そうね。正義を(こころざ)しても、どうしようもならないことはあるわ。超能力でも持っていない限り、最高権力者の協力が必要不可欠になるもの」

『美月先生には聞いてない』

「怒りん坊は嫌われるわよ」

『氷室先生は怒りん坊のわたしでも、嫌いになんかならないもの!』


 桔梗はスマートフォン越しに声を張り上げて美月に対抗する。


(話が横道に逸れているし、大人げねえな)


 女同士の醜い争いが始まりつつあることを察知した那須宮と紗雪が、心配そうに美月を見つめている。


(那須宮は美月派、天門が桔梗派なら、ある意味ではバランスが取れているのか……)


 桔梗と美月は、画面越しでも関係ない。この二人は氷室を奪い合う恋のライバルだ。

 面と向かって顔を合わせれば、必ず争いが起きると前もって覚悟しておいた方がいいのだろう。画面越しに食って掛かる桔梗の姿を見た氷室は、頭を抱えながらも蚊帳の外へ追いやられたうちの一人である紗雪へ問いかけた。


「邪魔して悪かったな」

「いいえ……」

「続きを聞かせてくれないか」

「……は、い……。この社会には……どんなに願っても、叶わないことがあります……」


 紗雪はゆっくりと自分の口で語り始める。

 死んだ人間が生き返らないこと。

 悪魔の子と呼ばれ、移植手術を受けた人間は、死んだ人の分まで生き続けるべきであること。

 そして、移植手術を受けられなかった人間は──死に至るしか残された道はないことを。


「わたしたちは……罪人です。移植手術を受けるべきではないと……社会が決めたのならば……それに従うべきだと思っている子も……います……」


 それは紗雪の答えではなく、悪魔の子からそうした意見が聞こえてきたと告げているだけだ。


(相変わらず、話し方が独特だな)


 他人とほとんど言葉を交わすことなく、幽閉されるような形で天門総合病院の一室に閉じ込められていたからだろうか。

 紗雪はあまり長話が得意ではないようで、本題に入るまでが長い。

 短気な氷室は先程のように口を挟み、さっさと話を切り上げたくなってしまいたくなりながらも、ぐっと堪えた。


(さすがに、二度目はない)


 話の腰を2度も折れば、紗雪の心までポッキリと折れてしまいかねない。

 紗雪の意思をはっきりさせる必要がある以上、多少の我慢は必要不可欠だ。

 氷室は口を挟みたい気持ちを抑えながら、紗雪の主張に耳を傾け続けた。


「わたし、は……。わたしを、必要としてくださる方がいる限り……。生きたい、です。生きて、みんなと一緒に……たくさんの思い出を作りたい……」

『作ろう。いっぱい思い出!美月先生が氷室先生と別れたら、わたしも芸能人、やめるから。そうしたら、さーちゃんとも堂々と会えるよ!』


 紗雪の思いにいち早く同調の声を上げたのは、友人である桔梗だ。

 氷室との正式な交際をすっ飛ばしてさっさと芸能界から足を洗い、氷室と結婚するつもりだと口にした彼女はぱっと表情を明るくした。

 紗雪とどんなことがしたいかと話に花を咲かせ、ほのぼのとした雰囲気を醸し出す2人の姿を見守っていた那須宮が、小さな声で驚きを表したのは、それからすぐのことだ。


「えっ。桔梗ちゃん、芸能界を引退するんですか……?」

「もったいないわよね……。氷室なんかを優先して、芸能界から去るなんて。堂々と交際して、炎上すればいいのに」

『炎上したら、美月先生がビューティムーンだってバラすから!』

「ふふ。あたしは痛くも痒くもないけれど」

『むぅ。余裕ぶっちゃって……!』

「お、落ち着いてください!」


 桔梗と美月の恋愛バトルに慣れないのか、那須宮はあわあわと挙動不審になりながらも2人を止めようとしていた。


 (本来であれば、2人を止めるのは俺でなければならないはずだが)


 2人の言い合いは基本桔梗が美月に食って掛かり、面白がった美月が桔梗をさらに怒らせる構図である。

 いくら外野が止めに入ろうとも、意味を成さないのだ。

 どちらかが引くまで、絶対に負けられない戦いが永遠に続いていく。


「こいつらのことは気にするな。話を続けよう」

『氷室先生なんかって、何?昔は好きだったくせに!』

「桔梗ちゃんに氷室は相応しくないのだから、なんかで十分でしょう」

『私は氷室先生の妻に相応しい!』

「え、ほ、放置するんですか……!?」

「……キョウちゃん。美月先生は……キョウちゃんではなくて……白雪先生が、不相応だと、言っているのよ…………」

『……あれ?』


 2人を気にする必要はないから話を進めるべきだと告げた氷室の意見を無視して、紗雪が冷静に分析した内容を伝える。

 紗雪から指摘を受けた桔梗は自身の勘違いに気づいたようで、美月に疑問を投げかけた。


『私が氷室先生に相応しくないのを見極めるのではなくて、逆なの……?』

「あたしはどちらか片方を見極める……つもりはないわ。恋愛とは、一人ではなく二人でするもの。どちらかの愛が不足していれば、幸せな夫婦生活など営めるわけがない」

「み、美月先生!かっこいいです……!」


 美月の言葉に感銘を受けた那須宮が声を上げる中、不貞腐れたような桔梗の声が響く。


(まぁ、面白くはないだろうな)


 美月を持ち上げたのが那須宮だったからいいものの。

 持ち上げたのが氷室なら、今頃桔梗は怒り狂っている所だろう。


『美月先生は、私と氷室先生の邪魔しかしない……』


 美月が早くどこかに消えてくれないかと思う気持ちは、どうやら健在のようだ。

 氷室は桔梗をなだめてやるわけには行かず、画面越しに紗雪へ目配せをした。


「私達悪魔の子は、この7年間。たくさんの、辛くて悲しい出来事に見舞われてきた……」


 紗雪は氷室に目配せをしたことに気づき、ゆっくりと再び自身の気持ちを吐露し始める。


「わたしは、わたし一人が……幸せにな道には、進みたくないです……。わたしは、いつも先頭に立って……。みんなが幸せになるための道へ、進めるような……道標になりたい……」

「そのためなら、意にそぐわないことも実行できるか」

「……状況にも、よります。例えば……」

「婚活だ」


 氷室が画面を見ながらはっきりと口にすれば、紗雪は全身を強張らせた。

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