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誰か一人の声では、社会は変わらない

「キョウちゃんにも……聞いて、欲しいの……」

『うん。わたしも聞きたいな。でも……今ね、氷室先生の部屋にいるんだ。そっちに行こうか?』

「大人しくしていろ」


 桔梗が診療所に向かおうと口にした所で、氷室から待ったが掛かった。

 紗雪と面と向かって話をさせるつもりであれば、通話ではなく桔梗をこの場に呼び寄せていただろう。

 桔梗は一度言い出したら聞かない。

 密かに移動を開始し、ここまでやってくるのではないかと心配したが──紗雪の話は人に聞かれたら困る話ばかりだ。

 氷室の部屋で、じっくりと話を聞く必要がある。


(桔梗が動き出す前に、天門紗雪へ話を聞くべきだな)


 頬を膨らませてむくれる桔梗の姿を、画面越しに確認しながら。

 氷室は紗雪へ問いかけた。


「天門。お前は、どんなにみっともない姿を晒すことになったとしても──生きたいと願うか」


 氷室は紗雪へ、この言葉を紡ぐのは二度目だ。

 一度目は、天門総合病院の臓器売買事件が公になる前。

 紗雪がまだ、桔梗に「あの子」と呼ばれていた……7年近く前の話だ。

 当時紗雪は、生きることを諦めていた。

 氷室が生きろと背中を押したから。紗雪は今も、死にそうになりながら命を繋いでいる。


「……悪魔の子は、死を望まれることが……多いと思います……」


 悪魔の子は大きく、2つに分類される。

 死ぬはずのない健康な人間から、臓器売買により臓器を分け与えられ、命を繋いでいる者。

 そしてもう1つの分類は、臓器売買の約束こそしていたが、移植手術を受けることのできなかった患者達だ。

 前者は死ぬはずのなかった人間の臓器を譲り受け、今も生活している。

 二人分の命を背負って生きているのだ。


 けれど。


 後者の移植手術を受けられなかった子ども達は、適合する臓器が見つかった場合でも法律で移植手術を禁じられている為、適切な治療を受けられずにいずれ訪れる死から抗おうと必死に戦っていた。


(2つの分類を一緒くたにするからおかしくなるんだ)


 移植手術を受けた悪魔の子が死を望まれるのは、ある意味では当然だ。

 移植手術を受けなければいずれは死に至る人間と、何事もなければ五体満足で生き続ける人間ならば。どちらが社会にとって必要な存在であるかは、明らかだからだ。


「俺は、悪魔の子と称されたからこそ生きるべきだと思うがな……」


 俯きがちだった紗雪は、氷室の声に促されるようにスマートフォンのカメラを見つめた。

 氷室の発言が意外だったのだろう。

 紗雪は氷室が何を言い出すのかと不安そうな表情で、画面越しにじっと真剣な眼差しで見つめてくる桔梗を見ながら背後に立つ氷室の声を聞いていた。


「移植手術が成功した子ども達は、死ぬはずのなかった人間から臓器を分け与えられ、生き延びている。2人分の命を背負っているんだ」


 氷室は紗雪に言い聞かせる。

 天門総合病院の院長に殺害された子ども達は、移植手術が成功した子どもたちの中で生き続けていると。体満足で、意志を伝えることはできないとしても。

 移植手術の成功した悪魔の子を殺害することは、殺害された人間を二度殺すようなものだと。


「姿形は異なっているとしても。悪魔の一部として機能しているならば。俺たちは悪魔の子を迫害するのではなく、大切に育てていくべきだ」


 氷室の主張を聞いた紗雪は、困ったように眉を伏せた。

 桜雪も、どちらかといえば氷室と同じ考えなのだろう。

 この世に死んでいい人間などいない。

 命を受け取ったからには、長生きしなければ殺害された子どもたちが可哀想だと考えている。


 けれど。


 世間は氷室や紗雪のように少し考えればわかる正解を、簡単には受け入れてくれなかった。


「罪を犯した人間には……更生の機会など必要ない……。それが、この社会の総意、です……」


 臓器売買によって臓器を違法に手に入れ、移植手術を成功させた子どもたちは重罪人だ。

 彼らの行く末が不幸ではなく、幸福に辿り着いてしまえば、必ず模倣犯が現れる。

 世間は恐れているのだ。誰もが自分だけ利になることをしたくて、他人のことなどどうでもいい。身体に何の異常もなく、天門総合病院を受診さえしなければ。

 天寿を全うするはずだった子どもたちから金と引き換えに臓器を譲り受け、生きながらえた悪魔の子が生き永らえるのを許せば、真面目にルールを守って移植手術の時を待つ子どもたちが馬鹿を見る。

 移植手術を必要とする子どもたちを全員助け、幸せにすることさえできれば議論の必要がないほど些細な問題なのだ。


「悪魔の子が何故悪魔の子と呼ばれるようになったのか。天門の父親が殺害したばかりの健康な身体から臓器を金で奪い取り、子ども達に分け与えて移植手術をしたからだ」


 天門総合病院の院長は、なぜ下法に手を染めたのか。

 世間では度々話題になるが、問題点を的確に言語化するメディアは今の所現れてはいない。


「天門の父親は、お前を助けるための練習だったと供述しているが、議論すべきはそこではない。どうして犯罪に手を染めたのかなど決まっている。ドナーが足りないからだ。下法に手を染めてでも大切な人を助けたいと考えた。これほど簡単なことを、社会の奴らは気づきもしない」


 それを指摘すれば、今までの慣例に乗っ取れなくなってしまうからだ。

 医者たちは問題点が浮き彫りになっているのに、その問題を無視した。

 待っているだけで山程患者が飛び込んでくる医者に、問題を解決する暇などないからだ。


「罪を犯した人間には、更生の機会など必要ない。それが、この社会の総意だと?違うな。誰もがわかりやすい敵を作り出すことに利用されただけだ」


 悪魔の子は違法な臓器売買の末に生き永らえた犯罪者。

 死ぬべき存在なのだから攻撃したって許される。

 生きているべきではないと心無い言葉を掛けても、罪を犯した自覚のある子どもたちは反論できない。

 体のいいサウンドバッグにされてるだけなのだ。

 どんなに悪意をぶつけられようとも、ぶつけた方よりもぶつけられた方が犯罪者であれば、何をしても許される。

 そうした社会であり続けることこそが間違っているはずなのだが、人は正常か正常ではないかの判断をする思考力すらもできなくなっていた。

 社会が変化しないのは、歪んだ世界で私利私欲を満たせればどうでもいいと思う存在によって、この世界が回っているからだ。


 私利私欲を満たせれば。


 社会がどんなに悪い方向へ進んだとしても関係ない人間にとって、思考することは罪で悪だ。

 自分に都合のいい社会を変化させようとする人間を攻撃するからこそ、どんどん社会は間違った方向へと進んでいった。


「俺は悪魔の子を批判する流れがおかしいと言えるが、数える程度の人間が異を唱えた所で、この世界は変わらない」


 現代日本で最優先されるべきは、大多数の人間たちから支持されることだ。

 どんなに正しい意見を口にしたとしても、少数派は淘汰され、間違いを正そうとした小さな集団は大きな集団によって食い殺される。


「この世界は少数派が損をする世界だ。同調する人間が多ければ多いほど、その意見が優先される社会だと思え」


 氷室が冷え冷えとした口調で言葉を紡げば、トランプに興じていた美月や那須宮までもが、氷室へ注目していることに気づいた。

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