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紗雪と桔梗のテレビ電話

「し、白雪先生!」


 診療終了後。

 那須宮が血相を変えて、氷室を呼びに来た。


「だ、ダッシュでお願いします!」


 何事かと椅子から立ち上がった氷室は、那須宮に促されるまま休憩室への短い道のりを全速力で走り、開け放たれたドアに飛び込んでいく。

 氷室はあまりにも勢いがつきすぎて、床を滑りスライディングするような形で低い体制を取り、足を開いて急ブレーキをかけた。

 そんな氷室の姿を見た二人の女性が、彼を見下す。


「変身ヒーローの決めポーズかしら」


 一人は美月。

 氷室が床を滑り、勢い余って体制を低くした姿が変身ヒーローの決めポーズに見えたようだ。

 小馬鹿にするよりは、困った人ねと呆れを含んだ様子で氷室を見つめてくる。


「白雪、先生……。様に、なります、ね……。キョウちゃんに……見せてあげたかった……」


 もう一人はか細い声で言葉を紡ぎ、ベッドの上で優しく微笑む女──天門紗雪だった。


「体調は、もういいのか」

「ご心配を……お掛けしたみたいで……申し訳、ありませんでした……。もう、大丈夫、です」


 身体を気遣う氷室の言葉を聞いた紗雪は、ベッドの上で小さく会釈をする。

 その動作は、とても本調子とは思えない。

 7年近く前、天門総合病院で言葉を交わした時よりも成長し大人になった彼女は、ますます儚げな印象を与えている。


(銃殺されかけたんだ。持病のせいで体調も思わしくない中、こうして言葉を交わせるだけでも奇跡に近い)


 氷室は紗雪の体調を最優先に考えなければならないと、体制を整えるために近くの椅子へ座った。


「わたしに……話したいことが、ある、と。伺いました……」

「ああ」

「お話をお聞きする、前に……わたしから、条件が一つだけ……あります……」


 天門紗雪は話を聞く代わりに、条件を提示してきた。

 氷室は一瞬何事かと身構えたが、紗雪の条件をよくよく聞けば、身構えるほど重要なことではないと知る。


(桔梗にも話を聞いてほしい、か……)


 面と向かって話をさせてやりたいのは山々だが……今はまだ、時期尚早だろう。

 桔梗が氷室の自宅から病室まで一人でやってくるリスク。

 美月を迎えに行かせ、どんなに急いでも往復20分は掛かる。

 その間に紗雪が体調を崩せば、話を聞く処ではなくなってしまう。

 今日の所はリモートで勘弁してもらおうと決めた氷室は、スマートフォンを取り出すと、桔梗へテレビ通話を繋ぐ。


『氷室先生!?大丈夫!?』


 昼間、イヤリングの録音機能を使って音声を流した件についてだろう。

 桔梗は開口一番に氷室を心配する言葉を叫んだ。

 氷室のことが心配すぎて、画面を見ずに通話をしているのだろう。

 テレビ通話であることを理解していない桔梗のスマートフォンから送信される画面には、壁が写っている。


「スマホを使い始めたばかりの老人みたいね」

「あ、あはは……」


 氷室のスマートフォンを覗き込んだ美月が指摘すれば、那須宮は引き攣った笑い声を上げる。

 2人の姿とスマートフォン越しの桔梗を見守っていた紗雪は、困ったように眉を伏せていた。

 三者三様の様子に頭を抱えた氷室は、桔梗を安心させるように声を掛けてから、スマートフォンのカメラを紗雪に向ける。


「問題ない。桔梗、画面を見てみろ」

『画面?』

「テレビ通話にしてある。映っているのが誰かわかるか」

『さーちゃん!』


 ガサゴソ、と。

 体制を変えたり、耳からスマートフォンを離す忙しない音が響く。

 音声をスピーカーに設定して、しっかりとスマートフォンの画面を見つめた桔梗は、インカメラを飛び越えてこちらにやって来ようとしているのではないかと錯覚してしまうほど顔を近づけ、紗雪の名を呼んだ。

 氷室は紗雪の背後に歩みを進めると、背後のカメラをインカメラへ変更した。

 不思議そうに画面を見つめる紗雪に、手でスマートフォンを強調するように左右に振った氷室は、桔梗のカメラが映し出す画面を紗雪へ見せてやる。


『さーちゃん!あれっ。見えな……!あっ、見えた!』

「それほど……近づかなくとも……。平気、よ」

『大丈夫!?痛くない!?』

「だいぶ、調子がいいの……」

『よかった……っ』


 桔梗は紗雪の指摘を受けてインカメラから距離を取ると、ほっと胸を撫で下ろした。

 桔梗は泣くほど、紗雪を心配していたくらいだ。

 紗雪の姿を画面越しにでも見られたのが、うれしくて仕方ないのだろう。

 桔梗はパッと花が咲くような笑顔を画面越しに見せてくれた。


「……キョウちゃん……。少しだけ、時間は取れる……?」

『さーちゃんと氷室先生の為なら、何十時間だって開けるよ!氷室先生は大好きな人で、さーちゃんはわたしのお友達だもの!』

「……あり、が、とう……」


 紗雪はゆっくりと、ぎこちない動作で氷室の持つスマートフォンへ頭を下げる。

 桔梗のスマートフォンに映し出されるいる画面には、紗雪の背後に立つ氷室と、ベッドの上で上半身を起こして座っている紗雪しか映っていない。

 カメラの画面外に居る美月と那須宮は、暇を持て余したのだろう。

 どこからともなく取り出したトランプを広げると、休憩室に備え付けられたテーブルの上で暇を潰し始めた。


「……お前ら……」

『私とさーちゃん?』

「いや、違う」


 桔梗は画面越しに、氷室に苦言を呈されるようなことはしていないと首を傾げる。


(桔梗の事ではないと、条件反射で口を滑らせたのは失敗だった)


 氷室はため息を一つ溢すと、顎を動かして画面外にいる美月と那須宮へ指示をする。


「え、ええと。し、白雪先生が何を伝えたいのかわかります……?」

「一発芸をしろと指示をしてきているのよ」

「ひええっ」


 誰が一発芸などしろと、命令したのだろう。

 氷室のジェスチャーは一ミリも美月と那須宮に伝わらない。


(那須宮をおちょくることに命を賭けている美月と、冗談が通じない那須宮……最悪の組み合わせだな)


 氷室が話の通じない2人に対し呆れていると、2人はトランプを使ってどうやって一発芸をするか議論し始めた。


「茶化すなよ。わかるだろこれくらい。何年一緒にいると思っているんだ」

「大人しくしていろ、でしょう?」

「え、ええと。二度と顔を見せるなクソアマ、でしょうか……?」


 氷室が何を伝えたかったのか説明してみろと促せば、2人は思い思いの回答を口にした。

 美月の回答はひとまず置いておこう。

 当たらずしも遠からずで、ある意味では氷室の意図を組んでいる。

 問題は、那須宮の回答だ。

 那須宮は、長年医者である氷室をサポートしていた看護師とは思えぬ発言をした。

 思わず睨みつければ、奇声を上げて美月の背中に隠れてしまう。


『騒がしいね。子どもみたい』

「ふふ……。白雪先生も……子どものような振る舞いをすることが……あるのね…………」

「おい。誰が子どもだ」


 美月と那須宮を睨みつければ、その様子を見た桔梗と紗雪がくすくすと笑う。


(一人じゃ捌ききれねえな……)


 突っ込みどころが多すぎて、なかなか本題へと話が進まない。

 できればテレビ電話へ全員の顔を映したかったが、美月は桔梗の表情が見れなくとも声だけ聞こえれば問題ないようだ。

 4人全員がカメラに収まるには、全員が身を寄せ合って密着する必要がある。

 肩身の狭い思いをしなければならないならば、無理に美月と那須宮を呼び寄せる必要はないだろう。

 氷室はこのまま紗雪だけをスマートフォンのカメラに映し出したまま、スピーカーで桔梗の声を聞くスタイルを継続することにした。

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