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月:特殊な双子と紗雪の血液型

 夢は儚くも過ぎ去る。

 約8時間の夢を堪能した氷室は、目覚めると自身の胸に桔梗が乗っていることに気づき、頭を撫でた。


「ん……」


 眠っている桔梗を起こすのは悪いと思いつつも、桔梗が目覚めてくれないと、氷室は身動きが取れなかった。

 彼女の上に乗っている為、強引に上から落とす必要があるからだ。

 桔梗は頭を撫でられたことで身じろぎこそするが、一向に目覚める気配がなかった。


「起きろ、桔梗」

「……氷室先生の、いじわる……」


 一体どんな夢を見ているのだろうか。

 桔梗は氷室の上から退くどころか、背中に手を差し入れて離れまいと抱きついてくる。


「桔梗……」

「悪い子には……おしおき、だから、ね……」


 これの一体、どこがおしおきなのだろうか。

 休みであれば役得でしかないが、残念ながら今日は月曜。

 出勤日だ。

 氷室は桔梗が落ちないように支えてやると、ゆっくりと桔梗を抱き上げ、ベッドに無理やり下ろそうとする。


「ひむろ、せんせぇ……」


 甘える桔梗の声を聞こえない振りしながら、容赦なく背中に回った手を力づくで引き剥がす。

 氷室がどうにかベッドへ桔梗を下ろすのに成功すれば、桔梗は目を閉じたまま、すぐさま手を伸ばした。


「ひむろ、せんせ……」


 慌ててクッションを投げ渡せば、クッションをしっかりと両手で抱き締めて丸まる。

 桔梗は再び、眠りの国へと旅立ったようだ。


(一時はどうなることかと思ったが……)


 目を覚ませば、何かとうるさい桔梗を叩き起こしてまで朝の挨拶をさせる必要はないだろう。


(帰ってきたら、また不機嫌になっていそうだが……)


 目を覚まさなかった桔梗が悪い。

 氷室は手早く朝の支度を済ませると、テーブルの上に外出を告げるメモを置いてから診療所へ向かった。


「昨日の朝はお楽しみだったようね?」


 美月と顔を合わせて早々、含みのある笑みで見つめられた氷室は眉を顰める。

 大学時代は自分から朝の挨拶などしなかったくせに。


『なにか言葉を発する前にまずは挨拶からだろ』


 などと美月へ言い放とうものなら、当時のことを引き合いに出されて返り討ちにあってしまう。

 黙り込んだ氷室へ顔を近づけた美月は、自身の首元に触れながらあることを指摘してきた。


「ここ。赤く腫れているわよ。蚊に刺されたのかしら」

「蚊……?夏はもう終わったぞ」

「可愛らしい、一年中現れる蚊だったのかもしれないわね」


 首元のうっ血痕に思い当たる節はなかったが、美月から「可愛らしい蚊」と指摘されると、氷室もそれが何であるか気づいたようだ。


(朝、寝ぼけて背中に手を回した時か……)


 背中に回った桔梗の手を引き剥がすのに夢中で、首元に顔が埋められていたことなど一切気にしていなかったことが仇になった。


「油断も隙もないわね……」

「誤解だ」


 いい年した男が大人の関係はなかったと、大々的に否定をすることほど虚しいことはない。

 氷室は厭々美月へ向かって否定の言葉を呟いたが、美月の笑顔は崩れなかった。


(わかっているのよ、とでも言いたそうな顔だ……)


 氷室は心外だとますます顔を顰めたが、美月は心なしか笑みが深まったように思える。

 桔梗と大人の関係を本当に結んでいたとしても、すでに成人しているのだから年齢面では問題ない。


 美月と交際している事実がある以上、倫理的には問題しかないが──


(彼女公認で大人の関係を持った場合、どうなるんだ……?)


 考えることまでもなく、状況が悪くなることはあってもよくはならないだろう。

 桔梗は氷室と大人の関係を結んだ後と威張り、大人の関係を結んだだけでは氷室の心は手に入らないと美月が反論する姿を想像した氷室は、これでよかったのだと一人納得した。


「男の子ですもの。色々あるでしょう」

「……男の子と呼ばれるような年ではない」

「あたしにとってはいつまでも男の子のままよ」

「冗談だろ」

「ふふ。冗談だと思う?」


 美月と氷室は、3つ年の差がある。

 どれほど年齢を重ねても、美月にとって氷室は手の掛かる弟のようなものかもしれなかった。


「天門紗雪の様子は」

「あまり、調子はよくなさそうだわ。一年中起きて話ができるようになるまでは、もう少し掛かりそうね」

「今すぐには難しいか」

「紗雪ちゃんに今すぐ話をしたいことがあるの?」

「ああ。意思を確認したい」

「意思、ね……何に対しての意思確認をするか、あたしにも教えてもらえないかしら」


 氷室は美月に事情を話す。

 天門総合病院の件が7年近く前に解決しても、未だに愛知姉弟が黒服に監視されていること。

 愛知姉弟か監視されることなく普通の生活を送るためには、天門紗雪が臓器移植を受け、健康な身体を得ることが条件であること。

 愛知姉弟以外の肝臓を、天門紗雪に移植するためには、まずは適合者を探す必要があることを。

 桔梗が芸能人であることを利用してお茶の間を巻き込み、紗雪を恋愛リアリティショーに出演させ、臓器適合者と婚姻させる計画に同意してほしいと頼みたい──氷室がすべてを話し終えれば、美月はため息を一つ溢すと、一つ一つ丁寧に説明し始めた。


「生体肝移植は、ドナーとなる人が自ら率先して、臓器提供の意志があると表明することが大前提よ」

「そうだな」

「生体肝移植に伴う養子縁組は、法律で禁じられている。テレビを通じて紗雪ちゃんの臓器と適合するパートナーを探すのは、百歩譲ってありだとしても、お膳たての仕方によっては罪に問われるわ」

「承知の上だ」


 氷室もその点は懸念しているが、パートナーとなる男性が本気で紗雪を愛し、生体ドナーとなることで愛する人を救いたいと願えばいいだけの話だ。

 天門紗雪に婚姻の意志があり、生体ドナーを生涯愛し続けることさえできれば何も問題はない。


「紗雪ちゃんを生体ドナーの男性と婚姻させ、臓器移植手術をする案と、恋愛リアリティショーに出演させる件はひとまず置いておきましょう。紗雪ちゃんが嫌だと断れば、それで話が終わる問題ですもの」

「断ると思うか」

「断る以外の選択肢などないわ。あたしが紗雪ちゃんならば、聞かなかったことにするわね」


 天門紗雪は、元々死にたがっていた。

 自分が生きるために愛する人から臓器提供を受けることなど、納得するはずがないと美月は断言する。

 氷室も紗雪がそうした理由で断るのではないかとは予測はしている為、想定の範囲内だ。

 そのあたりは美月や桔梗の力を借りて、どうにか本人を納得させるしかないと思っている。


「そうだな。それは俺達が今この場で話し合った所で、解決できる問題ではない」

「さすがは氷室ね。話が早くて助かるわ」

「本題は」


 美月を急かした氷室は、苛立ちを隠せぬ様子で淡々と要件を急かす。

 氷室をよく知らない人間であれば、怒っているのではないかと勘違いする所だが──氷室は怒りの感情に支配されているわけではない。

 これが氷室の通常運転だ。

 ブランクがあるとはいえ長い付き合いの美月は、氷室の不機嫌そうな表情に反応を示すことなく、言葉を紡ぐ。


「臓器提供者を探すには、血液型の一致、既往歴がないこと、成人していて健康体であることが必要よ」


 臓器移植に関しては、氷室よりも美月の方が何百倍も詳しい。

 氷室のとんでもない提案を冷静に精査する美月は、氷室が知り得ない砂雪に隠された秘密を打ち明けた。


「紗雪ちゃんの血液型は、出生確率が2000人に1人と言われている。AB型のrh-よ」

「愛知姉弟も、AB型のrh-なのか」

「そうね」

「二卵性双生児は、血液型が同じになる方が稀だろ」


 男女の双子が一卵性として生まれることなど、聞いたこともない。

 氷室は当たり前の常識として美月の言動がおかしいと指摘するが、美月にとっては氷室の指摘こそ的はずれなものであるらしい。


 硬い表情の美月は、医者である氷室にとっても聞き覚えのない単語を紡いだ。


「桔梗ちゃんと吉更くんは遺伝子情報を約75%共有して生まれた、半一卵性双生児の疑いがある」

「半一卵性双生児?」

「一卵性は1つの卵に2人、二卵性は2つの卵に一人ずつ。半一卵性は、一つの卵が2人に分裂することで生まれるのよ」


 紗雪の父親である天門総合病院の院長は、愛知姉弟に半一卵性双生児の疑いがあると知り、秘密裏に研究をしていたらしい。

 美月はどうやらこの研究資料を先に見つけ、臓器売買の証拠を手に入れたようだ。

 半一卵性双生児の件は、違法でもなんでもない。

 世界中を探しても片手で数えるほどしか存在が報告されていない稀有な存在であるだけだ。

 その筋の研究者にとっては喉から手が出るほど欲する研究対象ではあるが、臓器売買と共に世へ出すのは憚られる内容だったこともあり、美月は氷室に資料を残すことはなかった。


(二卵性双生児にしては、ひと目で双子だとわかるほどよく似ていた。まるで一卵性双生児のように……)


 美月は半一卵性双生児の疑いがあると称したが、これが疑いではなくはっきりと確定付けられたなら。

 天門紗雪の件がなくとも、桔梗と吉更は研究対象として別の病院に身柄を拘束される危険性がある。


(愛知夫妻は奇跡とも呼べる稀有な双子を、天使だの悪魔だのと分類して、片方を迫害していたのか)


 桔梗と吉更はある特定の分野からは、とても大切にされるべき存在だったはずだった人間なら、罰当たりもいい所だ。


(愛知夫妻の下へ生まれて来なければ、もっと別の人生があったのかもしれない)


 両親から愛され、氷室と出会うことなく幸せに暮らす愛知桔梗の姿を思い描いた氷室は、もしもの可能性をいくら夢想した所で無意味だと、考えを打ち消す。

 どう転んでも、不特定多数に言いふらすべき内容ではないことは確かだ。


(美月の判断は正しかった)


 氷室は自身の中に留めておくことを誓うと、紗雪の臓器提供者をどうやって集めるかを考え始めた。


「男女合わせて2000人に一人しか生まれないAB型のrh-を探し出し、ここからさらに独身の成人男性であることを条件にするのでしょう。2000人に一人だって、探すのに手間取っていたのよ。簡単なことではないわ」

「俺たちが足で稼ぐ必要はない。ゴールデンタイムのテレビ番組で呼びかければ、数百人程度は簡単に集まるだろう」

「そんなうまく行くとは思えないのだけれど」


 美月はテレビ番組の恐ろしさを知らないため、どうにもピンとこないようだ。

 有名長寿番組の力を借りれば、いくらでも我先にと志願してくる男性が現れるはずだと踏んでいる氷室は、難色を示す美月へ「いまに見ていろ」と声をかける。

 きっと、半年もすれば美月があっと驚くほどの人数が手を上げるはずだ。


「最低でも3人、条件に合う男が集まればいい。集まった奴らの中からたった一人でもあいつが好きになれる男がいるかどうか、そもそもテレビ番組の協力を得られるかどうかの方がハードルは高い」

「その辺は、桔梗ちゃんと打ち合わせを済ませたの?」

「ああ。あいつが移植手術に前向きであれば、プロデューサーの許可を得てテレビ番組に協力を仰ぐ手筈だ」

「……紗雪ちゃんに発砲してきた犯人は、どうするつもり?」


 美月の疑問はもっともだ。

 紗雪は銃を持った男と二人きりになり、腹部を発泡された所を美月に助けられた。

 現在、世間で天門紗雪は行方不明に扱いとなっている。

 この状況で、実はテレビ番組の撮影をするために行方をくらましていましたなどと撮影終了後に発表すれば、大騒ぎになるだろう。

 悪魔の子が次々と何者かにの処刑されている状態で、行方をくらまして恋愛リアリティショーで婚活していましたなどと知られたなら、悪魔の子たちから大きく批判されかねない。

 天門紗雪が恋愛リアリティショーに出演していたことを発表する前に、犯人が逮捕されている状況下を作り出すことは絶対条件だ。


「テレビ番組に協力を仰ぎ、応募から撮影に至るまでは長い時間が掛かる。番組が放送されるまで、犯人逮捕に尽力すればいいだけのことだ」

「どの程度の期間を想定しているの?」

「半年から一年」

「それまで紗雪ちゃんの命が繋ぐかどうかは未知数よ。テレビ番組の協力を得られたとしても。番組が終了するまで、紗雪ちゃんが生きている保証がない」

「最後まで撮影を終えさえすれば、手術が叶わなくとも番組サイドの損は出ないだろう。その辺りは、あいつの気力を信じるしかない」

「行き当たりばったりね……」


 本来ならば、氷室らしくないと続くであろう言葉を紡がなかったのは美月の優しさだろうか。

 それとも、愛知姉弟から臓器移植を受ける方法以外での手段が思い浮かばないからか。


(美月の許可はなくたっていい。重要なのは、天門紗雪にその気があるかだけだ)


 紗雪が目を覚まさない限り、これ以上美月と話すことはなにもない。


「し、白雪先生!診療開始時間です……!」

「ああ。すぐに行く」


 那須宮からの呼び出しを受けた氷室は、美月の返事を待つことなく話を切り上げ、診察室へと向かった。

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