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斜め上の提案

「どうして私ときーちゃんだけが、さーちゃんに適合する臓器を持って、生まれてきたかは知らないけど……」


 桔梗は天門紗雪か、父親である院長から聞いた話を氷室に告げる。

 天門紗雪は、生まれつき肝臓が悪かった。

 いつか肝臓移植が必要になるだろうと認識していた院長は、自身が総合病院の院長であることをいいことに職権乱用し、ありとあらゆる患者のデータを収集していたようだ。

 天門紗雪と適合する臓器を持つ患者は、日本中のどこを探してもいなかった。

 院長が諦めかけたその時、天門紗雪と適合する臓器を持つ、愛知吉更を見つけたらしい。

 院長は娘の命を繋げるためとはいえ、一部となり生き続ける肝臓の提供者は、女であるべきだと強いこだわりを持ち合わせていたようだ。

 通常であればすぐにでも吉更を囲い込むはずが、わざわざ双子の姉がいることに目をつけた。

 桔梗が家庭内で迫害されていることを知った彼は、手術成功の暁には数千万円の成功報酬を支払うことを愛知夫妻へ約束し、健康な桔梗を院内学級に閉じ込めた。


(日本中のどこを探しても、か……)


 桔梗と吉更が紗雪と一致する肝臓を持っていると明らかになった後も継続的に他のドナーを探している様子がなかった。

 あれから7年も経ったのだから、桔梗よりも年若い層には紗雪と一致する肝臓を持ち合わせている人物が存在するかもしれない。

 しかし、日本で生体移植を受けるには、一筋縄ではいかない問題があった。


「桔梗と同年代、天門紗雪と適合する臓器を持つ、成人している独身男性……」


 適合する臓器を持った人間と、臓器移植の為だけに養子縁組を行うことは法律で禁じられている。

 当然臓器移植を目的とした偽装結婚だって褒められたものではなく、偽装結婚だとバレたなら関わった人間が全員逮捕される危険性だってあった。

 生体ドナーとなれるのは成人した大人のみ。

 天門紗雪と婚姻する意志があり、夫婦間移植を成功させてもなお彼女を支えてくれるような、適合する臓器を持つ独身男性を募るなど、雲をつかむような話だ。


「いや、待てよ……」


 すべての条件が合致する男性を探すのは、氷室では難しいとしても。

 不可能を可能にした人間と手を繋いでいることに気づいた氷室は、何事かと不思議そうな顔をする桔梗に提案する。


「俺の情報を呼びかけた番組、あるよな」

「芸能人の今、会いたい人?」

「そうだ。あれと似たような番組で情報提供を呼びかければ、すべての条件に合致する男を探すことは、そう難しいことではない」

「臓器移植を前提とした養子縁組は、法律で禁じられているから……」

「将来元気な子どもを産み育てる為のブライダルチェックとでも告げて、健康診断を義務付ければいい。天門紗雪の婚活番組として放送すれば、エンターテイメントにもなる」

「番組内ではさーちゃんの恋を全力応援していく方針で、適合者との婚姻を推し進めるってこと……?」

「そうだ」

「……悪魔の子と、結婚したい男の人なんているのかな……」

「天門紗雪は、ある意味では悲劇のヒロインだ。悪魔の子関連の法律を撤廃できればそれに越したことはないが、有名人ならなんでもいい男もいる。そうした馬鹿な男が一致する肝臓を持っていると願うしかない」


 桔梗はそんなにうまくいくのかと半信半疑だが、うまいことテレビで番組を放送さえできれば、成功確率はかなり高いと思っていた。

 問題は、そうした企画を放送できそうなコネが氷室に一切ないことや、天門紗雪がエイターティナーとなってまでも命をつなぐ意志があるかどうかだ。

 むしろ、本当に天門紗雪と移植可能な臓器を持つ成人の独身男性を探すよりも、こちらの説得に手間取る可能性が高かった。


「桔梗と弟以外の人間から臓器を提供して貰うには、桔梗の協力が必要不可欠だ。すぐ実現するには難しく、成功したとしてもあいつが命をつなぐには何年も掛かるだろう」

「私は構わないけど、焔華さんがなんて言うかな……」

「俺はあいつを説得させる方が難しいと思っている」

「焔華さん?さーちゃん?」


 天門紗雪はかつて、死を覚悟していた。

 それでも彼女が生きているのは、桔梗の影響が大きい。


(7年前の夢を、まだあいつが抱いているのならば……)


 天門紗雪の夢は、桔梗のようにスポットライトを浴びて輝くことだ。

 芸能人としてスポットライトを浴びることこそ叶わなかったが、悪魔の子を束ねる活動家として、彼女はそれなりに知名度がある。

 彼女の活躍をテレビで間接的に認識し、惚れている男がいないとも限らない。

 うまく神奈川焔華を丸め込み、テレビ局からの協力を得られれば、番組の成功は約束されたようなものだ。


「あいつの臓器移植問題が解決すれば、弟と桔梗が狙われることはなくなる。その認識は間違っていないか」

「多分。黒服さんたちは、さーちゃんを助けたい人たちだと思うから……」


 桔梗の返答はなんとも頼りないが、どうにか方向性は見えてきた。

 明日、天門紗雪と美月にこの作戦を伝え、当時の状況を確認する。

 美月が行方不明になっていた間の話を聞き取り、天門紗雪が動けるようになるまでに神奈川焔華から作戦の許可をもぎ取れば、関わった人間が幸せになれるトゥルーエンドまではすぐそこだ。


「あいつがどんな手段を使ってでも生き残りたいと願うならば、俺もあいつに発砲してきた人間の逮捕に協力する」

「本当?氷室先生、さーちゃんを助けてくれるの……?」

「あいつが生きたいと願うならな」


 天門紗雪は氷室に、助けを求めた。

 一度差し出された手を拒んだせいで、生きる気力が奪われてしまっていなければいいのだが。

 半信半疑な様子を見せる桔梗は、氷室が頷くと、ぱっと繋いだ手を離して氷室へ飛びつく。

 咄嗟のことで受け身が取れなかった氷室は、ゴツンと音を立て床へ転がる羽目になった。


(またかよ……)


 つい先日、バルコニーで膝を抱えて泣いていた桔梗を慰めたときにも、氷室は押し倒されたばかりだ。


(いつ抱きつかれてもいいように警戒しとかねぇと……近隣に迷惑が掛かる)


 こうも何度も押し倒されることになるなら、将来的には近隣トラブルの可能性も考慮して一軒家に住む必要があるだろう。


(愛知夫妻はマンションの一室に暮らしているようだったが、桔梗は病院暮らしが長い。マンションで暮らしていた時間よりも、神奈川焔華の実家に転がり込んでいた時間の方が長そうだからな……)


 桔梗がこのまま芸能人として仕事を続けるならば、沖縄では不便だ。

 かと言って、天門総合病院の件に関わっている氷室には都内の病院で働けるようなコネがなかった。

 天門紗雪に発砲してきた男を警察に突き出し、臓器移植を無事に成功させる。

 美月との関係を精算し、桔梗との未来を考え、都心での働き口も探さなくてはならない。

 氷室のやることは山積みだ。


「氷室先生、大好き!」


 好き好き大好きと子犬のように尻尾を振って氷室の身体に好き勝手触れる桔梗の相手をしてやりながら、やるべきことを頭の隅に追いやり、桔梗と恋人としてのひとときを過ごすのだった。

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