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子供たちに大人気の魔法少女の声優を務める俺の彼女は、今夜も我が家で缶ビール片手に飲んだくれる

作者: 墨江夢

『ばいばいネガティブ、ハローポジティブ。上昇志向はマジ最高! まじかるカルテット、また来週も見てねー!』


 画面の中で語りかけてくる美少女キャラクターに、二十歳前後の野郎どもが「イエッサー!」と野太い声で敬礼する。見るに堪えないその光景を、俺・九条黎人(くじょうれいと)はスナック菓子を頬張りながら眺めていた。

 ここは泉ヶ丘大学のサークル棟。俺はその中でも最奥部に追いやられている『魔法少女研究会』なるものに属している。


 魔法少女研究会がどんな活動をするサークルなのかは、正直所属している俺もわかっていない。書類上では「魔法少女の研究にかかるもの全般」と書いているが、実際には月曜から金曜まで授業のない時間に部室に集まっては『まじかるカルテット』という女児向けアニメを視聴して、ひたすら感想を言い合うだけのクソサークルだ。


『まじかるカルテット』とは、今子供たちの間で流行っているアニメ番組だ。

 4人の魔法少女が世界を脅かすネガティブ魔人を持ち前の魔法とポジティブシンキングで退治していくという内容で、キャラクターの個性的な性格や魅力的なデザインが女児たちの人気を集めている。

 中にはウチのサークルメンバーのように、成人してなおのめり込む人間もいるらしい。

 まぁ俺は部室が欲しいという理由で魔法少女研究会に在籍しているだけで、『まじカル(まじかるカルテットの略称で、「まじ」の部分をカタカナ表記するとファンに激怒されるらしい)』に全然興味がないんだけど。


 視聴後の感想大会にも参加せず、依然スナック菓子に夢中になっている俺に、魔法少女研究会の代表が近づいて来た。

『まじカル』のキャラクターのコスプレをしているこの変態筆頭は、「部室を自由に使っても良いから!」という甘い言葉で俺をこのサークルに入部させた元凶だ。


「これはこれは、九条氏ではありませんか。ご機嫌麗しゅう」


 こんな言葉遣いをしているが、代表は普通に男性だ。

 なのでボクサーパンツが見えるギリギリのラインまでワンピースの裾を持ち上げての彼の挨拶には、優雅さの欠片もなかった。吐き気を催すだけである。


「はいはい、ご機嫌麗しゅう。相変わらずキモい格好しているな。あとその九条氏ってのやめろ。俺はお前のオタ友じゃねぇ」

「でしたら九条氏もオタクになれば良いのです。九条氏が我らが魔法少女研究会に所属して早数ヶ月、そろそろ『まじカル』の面白さに夢中になってもおかしくないと思いますがね」


 そう言うと、代表は『まじカル』が如何に素晴らしい作品なのかについて、半ば早口で、息継ぎすることもなく語り始めた。


 やたら横文字の専門用語が多い為、半分以上は何を言っているのかわからなかった。

 しかし俺だって『まじカル』について無知なわけじゃない。わかる言葉も多少あった。


 例えば、『まじカル』の主人公・スマイル明里(あかり)。彼女に関する知識なら、少しばかり有している。


「主人公のスマイル明里は、過去に両親をネガティブ魔人に殺されているんです。そのせいで、笑えない体質になってしまうんです」

「だけど『まじかるカルテット』のスマイル明里に変身している時だけ、笑顔になることが出来るんだよな」


 主人公と壮絶な過去は切っても切り離せない関係だけど、女児向けアニメの設定にしては重すぎやしないか?


「その通りです! 笑えない本当の自分と、魔法を使う為に笑わないとならない魔法少女としての自分。果たしてその笑いは心からの笑いなのか? そんな幼い少女の葛藤もまた、『まじカル』の素晴らしさの一つとなっているのです。そして! そんなスマイル明里の魅力を最大限引き出している声優が――」

月島未知瑠(つきしまみちる)だろ?」

「よくご存知で。九条氏はもしかして、未知瑠様推しなのですか?」


 別に声優としての月島未知瑠を推しているわけじゃない。しかしまぁ、応援はしている。

 月島未知瑠は俺の推しの声優じゃない。彼女は――俺の愛すべき恋人なのだ。





 月島未知瑠。

 16歳でデビューを果たすと、瞬く間に人気声優の地位を確立した紛れもない天才だ。

 好きな女性声優ランキング、5年連続No.1。可愛い女性声優ランキング、5年連続トップ10入り。歌が上手い女性声優ランキング、5年連続ベスト3。

 近年放映された有名作品には、必ずと言って良いほど月島未知瑠が出演している。そう言っても過言ではなかった。


 元々男性ファンは多かったが、それに加えて『まじカル』に出演したことで女児という新たなファン層を獲得した。

 

 皆に好かれ、皆に憧れられる女性声優。そんな彼女のことだから、オフタイムは優雅なひと時を過ごしているのだろう。

 ジェットバスでくつろいだり、ワインを飲んでほろ酔いしたり。そう考えるファンも少なくなかった。

 では、実際はどうかというと……


「プハァ! やっぱり仕事終わりはビールに限るよなぁ! 生の美味さが体中に染み渡るぜ!」


 下着同然の姿で、ベッドの上であぐらをかきながら、缶ビール(500ml)を飲んでいた。


「なぁ、黎人。灰皿取ってくれねーか」

 

 言われた通り灰皿を渡すと、未知瑠は徐ろに煙草を吸い始めた。


「……」


 その光景を見て、俺は声を失う。

 下着姿に缶ビールに煙草。これが人気魔法少女・スマイル明里の中の人なのだ。


 俺がその場で黙っていると、それを不審に思ったのか未知瑠が話しかけてくる。


「どうした? お前も飲まないのか?」


 尋ねながら、ポンポンと自身の隣を叩く。こっちに来いという意味だ。


「……飲みますよ。飲みますけれど……月島未知瑠の本性がこんな飲んだくれだとは、誰も思わないだろうなと思ってよ」


 少なくとも純粋無垢な子供たちは、大好きなスマイル明里の中の人が飲兵衛だなんて想像もしていない筈だ。故に今俺の目の前に広がっているのは、女児たちの夢をぶち壊す光景なのである。


「私たち表現者は、ファンのイメージを壊さないことを求められる。だけどそれって、言い換えればイメージを壊さなければ素の自分はどんな性格でも良いってことなんだ。声優だって、喉が渇けばビールが飲みたくなる。ニコチンが不足すれば煙草を吸いたくなる。好きな男の前では脱いで誘惑したくなる。私は声優である前に、月島未知瑠っていう一人の女なんだから」


 彼女は月島未知瑠という一人の女……確かに、その通りだ。

 未知瑠と出会った当初、俺は彼女が声優だなんて知らなかった。

 大衆酒場で豪快に大ジョッキのビールを飲む未知瑠を見て、気持ちの良い飲みっぷりだと思い、つい話しかけた。

 そこから会話が弾み、意気投合して。未知瑠が声優だと知ったのは、なんと3回目のデートの最中だった。


 だから俺は、声優としての月島未知瑠ではなく飲んだくれの月島未知瑠に惚れたのだと胸を張って言えた。





 翌日。

 俺はこの日も、魔法少女研究会に顔を出した。

 入室するなり一番端の席に座り、お菓子を食べたりスマホをいじったりする。それが通例なわけだけど、今日の俺はいつもと異なり、『まじカル』を視聴するサークルメンバーに混ざっていった。


 らしからな俺の行動に、代表が「おや?」と声を上げる。


「とうとう九条氏も、『まじカル』の魅力に負けましたかな?」

「ちょっとだけな。……特にこのスマイル明里ってキャラクターが良い。声が魅力的だ」

「スマイル明里の声ですか。そういえば九条氏は、以前から月島未知瑠様に興味があったようですからね。21歳でありながら未だ少女のような可憐さを残している未知瑠様、プライベートではどんな生活をしているのでしょうか? 噂によると、海外セレブのような暮らしをしているとか」


 どこから流れた噂だよ、それ?


「案外もっと世俗的かもな。下着姿でベッドに座りながら、同棲している男と一緒にビールを飲んでいるかもしれないぞ?」

「いやいやいや。未知瑠様に限って、そんなことはないでしょう。ましてや彼氏がいるなんて、聞いたこともありませんし」

 

 それがいるんだよ。今、お前の目の前に。

 謎に包まれている月島未知瑠のプライベートを語っても、代表はまるで信じようとしない。

 いや、多分代表だけじゃなく、他の未知瑠のファンも信じようとしないだろう。


 彼らは声優の月島未知瑠に関しては詳しいが、一人の女性としての月島未知瑠は知らない。それを誰よりも知っているのは、他ならぬ俺だ。


 下着姿でベッドの上であぐらをかき、缶ビールを飲み煙草を吸う。そんな未知瑠の一番魅力的な姿を知っているのは、俺だけなのだ。


「なぁ、代表」

「どうしましたか、九条氏?」

「やっぱり俺、月島未知瑠のファンにはなれないわ」


 だって声優はファンのイメージを壊さないものなんだろう? 俺の中の声優・月島未知瑠のイメージは、出会った時から壊れているもの。


 俺は月島未知瑠のファンじゃない。月島未知瑠の恋人なんだ。


「来て早々悪いけどさ、今日は帰るとするわ。買い物して帰らないといけないんで」


 未知瑠のやつ、今夜は仕事で遅くなるって言っていたからな。いつもより少し高いビールとつまみを用意して、彼女を待つとしよう。

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