1.働く少年
____ザザァ
「…あつい」
ある島の海辺で少年は呟いた。繰り返される波の音に少年は頭がおかしくなりそうだった。空からはこんこんと照り付ける太陽は憎らしくも少年の背と髪を熱し、太陽で乾上った砂場は辛うじて履いていた靴でも熱さが伝わってきていた。少年の足取りはおぼつかず、少年は力尽きたようにぱたんと倒れた。少年の顔や茶髪に砂がつくがもう起き上がる力はなかった。
せめて日陰までいかなくては。そう思うが思ったように身体が動かない。力を入れたいのに入れた先から力が抜ける。
「み、ず‥‥みず‥」
持ってきていたカバンには水と食料等が入っていたが船が難破した時に無くしてしまっていた。
少年は緑色の瞳を奥の林に向ける。誰か人が通らないだろうか、ああ、でもこの乾いた喉じゃ上手く呼び止められない。それでも、誰か、誰か…。
「…だれか…」
そう言うと少年は意識を手放した。幾つもの視線の気配に気づかず。
少年は夢を見ていた。
生まれ育った街は少年エリオットには優しいとは言える環境ではなかった。
「エリオット!次の漁猟は明け方前から出るぞ!準備しておけ!」
「はい!」
街の海辺には何隻もの船が止めてある。数日前に沖に出ていた船が戻っていたのだ。
エリオットは船から次々と捕れた魚や荷物を他船員と一緒に陸へと運んでいた。
エリオットはモンスローの船員だ。船員の仕事は数日かけて沖へ行き漁猟を行う。揺れる船から解放されるのはよくて3日。長くて7日だった。今回は4日で帰ってこれたと思ったら次の漁猟は明日だと言われ、エリオットは気づかれないようにため息をつくとすぐさま仕事を再開した。
荷運びに終わりが見えた時、エリオットの行く先を阻むのはにっこりと笑う太っちょな白髪の男だった。
「お疲れ、エリオット」
男は汚れを知らない身なりのいい服、磨き上げられた靴、ふんだんに宝石をあしらった金の指輪は10本の指に幾つも着けている。とても上等な服なのに着ている男の体系には合わず服がぱつぱつとしており、今まさにボタンが弾け飛びそうだった。服がとてもかわいそうだ。
男の名前はジェイコブ・モンスロー。エリオットが働くモンスロー会社の社長だ。
ジェイコブはご自慢の白いちょび髭をいじっていた。
「社長、お疲れ様です」
「どうだい今回の漁は?家一つ買えるくらいの獲物はとれたかい?」
「いえ、さすがにそこまでは‥‥」
「では、薬代が買えるくらいは?そうでないと君は困るだろう」
ジェイコブは紫色の瞳を垂れ、にやにやと白い歯をのぞかせてジェイコブは汚く笑った。
「…今回は罠を仕掛けたのですが、前回の台風で魚たちは沖合から逃げてしまっていて‥‥」
「目標の獲物を捕らえられなかった、と?」
「…はい、ですが!また明日別の沖合に出る予定です!もしかしたら、今日分の目標数を含めて明日は」
「ハッハッハッハ!!!!」
急に笑い出したジェイコブにエリオットは目を丸くして言葉を止めた。
ジェイコブは口を大きく開け豪快に笑う。ひとしきり笑い終えると、懐から一つの巾着を取り出した。
「いいんだよ、一船員である君がそこまで背負わなくても!ほら、君が気にしているのはこれだろ?」
そう言い、巾着を揺らすとジャラと金貨がぶつかり合う音がした。
自分の足元を見透かされたようでエリオットは体が熱くなるのを感じたが、その巾着をエリオットは受け取った。
「ありがとうございます‥‥」
「いいんだ!いいんだ!君は見合った成果を果たしているよ、だから僕も君には同じよう見合った評価をしなくてはね」
そう言いジェイコブは去っていった。エリオットは最初ジェイコブの言葉に違和感があり、しばらくするとはっとしたように巾着を開けた。
「っくそ!」
巾着の中はエリオットの給金だった。今回の漁は目標に到達しなかった為、きっちりとその分の金貨は除かれていた。自分に見合った成果、見合った評価というジェイコブの言葉は裏を返せば自分は正当な評価を受けるに値する人間ではないう言葉だった。エリオットはそのまま巾着を地面に叩きつけたくなる衝動をぐっと抑えて、大事に懐にしまった。
エリオットは仕事を終わらせるとすぐに家に向かった。
街の明るい住宅街から薄暗い裏路地に入る。宿がない大人や子供が各々に固まって座っていた。寝ているように見えて彼らの目は獲物を狙う獣のようだとエリオットは思った。
「やぁエリオット、おかえり。1年ぶりのお戻りかいぃ?」
「じいさん、4日ぶりだよ。元気にしてたかい?」
その中でボロボロの服を着ていつも裸足の老輩が話しかけてきた。
老輩はこの裏路地の主だ。主といっても取りまとめているわけではなく、ただの裏路地の古株ということだ。
「全く薄情な男だなぁ、お前の弟は5年もお前の帰りを待ってるよぉ」
「だから4日ぶりだって」
「そう40年。40年前、俺は女房に捨てられ、子らも女房に連れていかれ、俺に残っていたのは炭鉱の仕事だけだった。一日太陽に当たらず、土と火と男たちの汗の臭いは強烈で苦痛だった。汗水たらして働いても結局俺に残っているのは」
老輩の長い話が始まった。老輩は過去の話をする時はいつもの気の抜けた口調からはっきりとした流暢な口調へと変わる。エリオットはやれやれと思い暫く話を聞いていると、なんとなく老輩の足元に目が行った。
「じいさん、それ‥‥」
「ん?ああ!これかい、これはさっき俺の3番目の娘が贈り物をくれたんだよぉ」
嬉しそうに老輩は弱い足を一生懸命に上げる。いつも裸足の老輩で赤切れだらけの足には緑の靴下を履いていた。それを見てエリオットは老輩に別れを告げると足早に家を目指した。路地裏の幾つもの蔦がのび、じめじめとした古びた建物に入り、階段を上り一室に入る。