3.5
◇◆エミル◇◆
「お忙しいところありがとうございます。よろしくお願いします」
聖女様が、ただの平民の自分に礼を言われた。
「…お任せを」
あまりの事に少しの間、思考が停止してしまった。
それから短くそう返事する。
貴女様のお望みのままに。
世界に澱みが現れ始めた時は対岸の火事だった我が国も、その後国内に澱みが現れて、初めて事の重大さに気がついた。
聖女様を召喚するよう、我ら魔法使団に言い渡された。
古い文献を紐解き、あらゆる方法を試す事になったが、それは当代一の魔法使いと自負している自分でも難しい召喚術だった。
実際に聖女様を召喚できるまで、五年の月日を費やした。
そうしてご降臨された聖女様は…
我々の思い描いていたお姿とは…、かなり違っていた。
まず、語り聞いていたお姿と違っている。
それから、敏腕家のような交渉と契約。
聖女様が交渉をして契約をする…。
とても天上人とは思えない。
何というか…。
語り聞きや、読み知っていた聖女様は、もっと神秘的な奇跡のようなお方だった。
こんなにキビキビ、ハキハキしっかりなさっているお方ではなかった。
召喚の間でこそ神々しさに魅了されたけれど、雇用契約時のアレこれをしているうちに、天上人の筈なのに、この人間くさい聖女様に物凄く興味がわいていた。
自分は平民だけど、魔力量の多さと強さで当時の師匠に見出されて、今に至る。
どんなに魔力量があろうと、魔力が強かろうと、それを正しく使いこなせなければただの石ころだ。
師匠に研磨されて、師匠を凌ぐほど、当代一と言わしめるほどの魔法使いになった。
その後、師匠はその席を自分に譲ると、喜んで旅に出てしまったのだが。
平民出と蔑む奴らは魔力で黙らせた。
誰にも何も言わせないくらい魔法使団の仕事をこなし、新しい魔法もいくつか構築した。
寝食を忘れてのめり込むほどそれらは楽しく、自分には魔法使いという仕事が合っていた。
自分が保有する膨大な魔力量のせいで魔法使いたちには恐れられ、身の回りの事を気にしないせいか他人は近寄らない。
宮廷からの使者とは事務的な会話しかなかったが、それでもまったくかまわなかった。
そんな自分が、師匠以来初めて他人に興味を持ったのだ。
この気持ちを何といっていいかわからない。
新しい魔法の構築以上に高揚した。
◇◆コンラード◇◆
召喚の間には、召喚を司る筆頭魔法使いと魔法使団の数名、第二王子殿下と、第一から第三までの騎士団長と副団長が集められていた。
聖女様召喚の瞬間に立ち会えた感動は生涯忘れない。
虹色の霧が晴れると、魔法陣の上には聖女様がご降臨されていた。
神秘的な黒い髪と黒い瞳。艶やかな肌は、目のやり場に困る程さらされている御御足まで美しい。
そしてすべての者を魅了するお声。
たった一言で、その場にいる者の耳と目を奪い、心を掴んでしまった。
この聖女様のお側でお仕えできるのだ。
私は至福の一時に浸った。
私は、代々王家をお守りする騎士を輩出する伯爵家の次男として生を受けた。
家は兄が継ぐ。次男の私は自分の力で身を立てねばならないが、特に問題はない。生まれた時から騎士になると道筋はつけられている。
否はない。騎士は私の天職だ。
貴族の子女が通う学園を卒業して騎士団に入り、十年で副団長になった。
早い昇進といえるが、オルセン家では珍しい事ではない。父も兄もそのくらいで副団長になり、三つ上の兄は、あと五~六年で第一騎士団の団長になる予定だ。
父は騎士団の総長で、世襲ではないが、きっと兄が後を継ぐだろう。
私は第二王子殿下をお守りするという栄誉も賜った。
第二騎士団の副団長との兼任だが充実した毎日だ。
第二王子殿下にお仕えする。
それは後々、自分の力を遺憾なく発揮できる事になった。
十年ほど前に世界に澱みが現れ始め、その後我が国にもそれは現れた。
世界中が聖女様のご降臨を願っている。
我が国でも魔法使団が聖女様を召喚するために模索していた。
そして年単位の時間をかけ、とうとう聖女様の召喚が成功したのだ。
聖女様がご降臨されたあの日を忘れない。
このお方をお守りするために生まれてきたのだと、心から思った。
礼拝堂への送り迎えの護衛は誰にも譲らず私が務める。
実際は第二王子殿下の護衛なのだけれど、聖女様は王族よりも失ってはならないお方だ。
後日、聖女様に
「どうぞ守ってください」と言われた時は、震えるほど歓喜した。
あぁ聖女様!
我が剣と命を捧げ貴女様をお守りすると誓います!