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召喚されて一週間ほどが過ぎた。
毎日祈っているよ。仕事だからね。
お休みは一回あった。しっかりとったよ。
「疲れると浄化する力が弱くなります」と言えば、「ぜひ休んでください!」となる。
騙している訳ではないよ。疲れているのは本当で、休みの日は本当に休んでいた。
澱みを浄化するのって、もしかしたら何か力を使っているのかもしれない。
体力とか?精神力とか?わからないけど。
その仕事の方はどうかというと、一日五個から十個くらいかな?浄化できていると思う。
やり方は最初から変わらず。
頭に澱みが浮かぶと、なくなるように祈る。
祈る時間は澱みの大きさとか濃さなんかによるのかな?それから、ここからの距離もあるかもしれない。
澱みという名の通り、どれも汚いというかグロイというか禍々しい。
あまり見ていたくない、ぜひモザイクをかけてほしい映像だ。
浄化できたかは、実際見てないからわからない。
わからないけど、アルベルトが喜んで報告してくるからできてると思う。
現地にいないアルベルトが、何故報告できるのか?
私が祈ってどこかの澱みがなくなると、宮廷に報告が上がるからだ。
この国で澱みが発見されると、魔獣を警戒して当然見張りがたてられる。
昼夜問わずいつ魔獣が生まれるかわからない緊張が続いていて、皆さんかなり疲弊していたそうだ。
澱みによっては、もう五年というものもあるんだとか。
そんなところに、聖女様がご降臨されたと知らせがいった。
終わりの見えない絶望の日々に、やっと危険な生活が終わると国中が安堵と希望でいっぱいになった。
実際澱みは少しずつなくなっていってるけれど、それ以上に聖女という存在が人々の希望になるんだそうだ。
澱みはランダムに頭に浮かぶので私は選べない。
この国の地理もわからないから当たり前かもしれないけど。
だけどそんな事を聞いちゃったら、大きくて魔獣の発生が多いところから浄化できればいいのにと思ったよ。
そうそう、聖女パワーをもう一つ発見したよ。
人には見えない、その辺に漂っている澱みも見えるようになったのだ。
魔獣を生み出すアレではなく、小さくてごく薄い、汚れた空気のようなモノね。
最初にそれに気づいたのは、アルベルトの頭に薄澱みがまとわりついていたからだった。
「あらアルベルト、何かついてるわよ」
その時は澱みと気づかす、わた埃みたいなものだと思った。
パパッと払うと
「え! ……聖女様、今何をされましたか?」
「頭に何かついていたからとっただけよ?」
「ひどかった頭痛がものすごく軽くなりました!」
「え?(手を見るけど何もついていない) もしかして澱みだったかな?」
そこで周りを見渡すと、ふよふよ漂っている薄澱みが見えるようになっていたという訳だ。
ちなみに、一週間の間にすっかり素の話し方になっていた。
年下の男の子だしね。王子様だけど。
「澱みだったみたいね。小さくて薄い澱みが、たくさん漂ってるわよ?アルベルトは見えない?」
「え! ……見えません。 大丈夫なのでしょうか?」
「大丈夫じゃない?アルベルトだって大丈夫だったし。頭痛は辛かったでしょうけど」
「はい、かなり」
というか、アルベルト頭痛がしてたんだ?
気づかなかったよ。やっぱり色々お疲れなのかな。それなのに新たな問題を知らせてしまった。
せめて危険度は低いと告げておく。
それからこれも聖女パワー?
薄澱みの原因も何となくわかった。
「魔獣が生まれちゃう方の澱みはなくさないといけないけど、この薄い澱みはなくなる事はなさそうよ。これは人の負から生まれているみたい。人の負って、きっと人が生きている限りなくなる事はないもんね」
「それはそうですが…。困りましたね」
「まぁ健康に気を付けて、明るく生きていくしかないわね」
「…そうですか」
アルベルトは深いため息をついた。
私にしか見えないその薄澱み、よくよく見ていると元気のいい人には寄っていかない。
お疲れな人とか?中高年に寄っていっているように見える。
それから、たぶん悪い人。(語彙力!)
私の勤務先は礼拝堂で、そこは王宮から宮廷に入ったすぐのところにあるから、あまり人と接しないんだよね。王宮の従者なんか、宮廷と行き来してる人たちとすれ違うくらいかな。
私に気づくと、みなさん通路の端によって右手を左胸に当て、深々と頭を下げてチラリともこっちを見ない。
私と目が合ったって石にはならないよ…。
話ができる雰囲気がなくて淋しい。
そんな訳で接する人は少ないけれど、これも聖女パワーなのか、悪い心をもっている人なんかも分かるようになった。
どういうものかまではわからないけどね。
ばれてないけど横領をしているとか?
上司権限で下の者をいいように使っているとか?
職場だからそのくらいしか想像つかないけど、まぁ悪い事をしてる人よ。
そういう人にも薄澱みは寄っていっているように見える。
すれ違いざま、お疲れの人には声をかける。
みなさん聖女様に声をかけられたとわかると、床に頭がめり込むんじゃないかってくらい五体投地する。
哀しい…。
立つように言って、恭しく立ち上がったその人にくっついている薄澱みを祓う。
文字通り払う。肩なんかだと肩を手でパパッとね。
「お疲れ様。澱みを祓ったので少しは楽になると思いますが、ムリしないようにしてくださいね」
笑顔もサービスして言うと
「聖女様に澱みを祓っていただけるなんて!
本当に芯から清らかになった気がいたします!ありがとうございます!ありがとうございます!」
と、私の姿が見えなくなるまでその場でお礼を言い続ける。
そんなに大げさにしなくていいよ。
居心地が悪いので素早くその場から立ち去る。
ちなみに悪人は祓ってあげないよ。
悔い改めなさい。
そんな風に薄澱みを祓ってあげるようになってから、回廊を行き来する人たちの雰囲気がちょっと変わったように思う。
私に気づくと、通路の端によって右手を左胸に当て深々と頭を下げるのは変わらないんだけど、みなさん何かソワソワとしてるんだよね。
礼拝堂への行き帰りの時に、アルベルトにそんな話をしたら
「それは皆、聖女様にお声がけしていただけるかもしれないと落ち着かないのでしょう」
そうなんだ。
まぁ用がなかったら話しかけないけど。
知り合いでもないのに挨拶だってしないし。
あぁでも、もうひとつ気づいた事があったなぁ。
「それとみんな、私を見ると恍惚とした顔をするんだよね。えっと、あれは…?」
「当然です。麗しい聖女様のお姿なのですから」
そんな大層なもんじゃないよ!
麗しくないから!
すごい聖女補正だな!!
私はけして美人という訳ではない。
だけど化粧と、しっかりお手入れしているちょっと自慢の髪と、服装なんかで美人を作る事はできる。いわゆる雰囲気美人ってヤツだ。
それだと自己採点で八十点はいける!
スッピンは六十点だから、まぁブスではないと思うけど、普通だ。
よくて中の上ってとこかな。
頻繁にカラーリングをするのがめんどくさいから、真っ黒よりはちょい焦げ茶ってくらいの髪の色と、黒に見える焦げ茶の瞳をしている。
よくいえば清楚といえなくもない、地味な色合いのアラサーだ。
背格好だって中肉中背だし、いたって平均な容姿なのだ。
それが聖女様とか!
元の世界の友達とか会社の同僚なんかに知られたら、めっちゃ恥ずかしいわ!
何度も思うけど、なんで私が聖女なんだろ。
なんで私が召喚されたんだろ。
何か意味があるのかなぁ…。