2.5
◇◆ルイーセ◇◆
「私とあなた、立場はどちらが上ですか?」
凛とした声が、厳しく問う。
私は青くなって、右手を左胸に当て深く頭を下げた。
聖女様の機嫌を損ねる。
澱みを浄化していただけなくなってしまうかもしれない。
他国に移られてしまうかもしれない。
一瞬でそんな事が思い浮かんで、私の命ひとつですむだろうかと震え上がった。
幸い寛大なお心で許していただけて、心から安堵した。
この先どんな事があろうと、聖女様の意にそわない事は絶対にすまいと誓った。
私は、伯爵家の中では中位程の家の五女として生を受けた。女ばかり五人である。
この国に生まれてくる男女比は圧倒的に女性が少なく、我が家のような女系家族はどの家からも望まれた。しかも貴族には珍しい子だくさんの家系である。
私が十八歳になった時、同じ伯爵家でも家格が上の嫡男に嫁いだ。
四年後、夫が他界し、子がいなかった事で実家に帰された。
実家は代変わりしていて、長姉はずっと家にいていいと言ってくれたけれど、四年も子を成せず、貴族社会で石女と下された女に再嫁のあてもないため、宮廷に働きに出る事にした。
丁度その頃、世界に現れた澱みが我が国にも現れるようになっていた。
各国、聖女様を召喚するために必死になっていると噂されていたけれど、どの国もそれにはいたっておらず、聖女様にご降臨賜れた後のお世話係の募集も、これいるのかしら?と呑気に考えていたものだ。
そう考えはしたけれど、もしも聖女様のお側でお仕えする事ができたなら…。
少女の様に夢想して応募し、合格して、最高レベルの侍女教育を受けた。
侍女だけではない。いつ聖女様にご降臨いただいてもいいようにと、国はその他準備万端整えた。整えたけれどなかなか召喚には至らず、虚しく月日は過ぎていく。
他国のどこにも聖女様がご降臨されてないのだけが救いだった。
その聖女様が、我が国にご降臨なされた!
私は、国や世界が救われるという安堵よりも、聖女様にお仕えできるという喜びの方が勝った。
聖女様が第二王子殿下と何やら長い話し合いをしている間に、私たち聖女様付きの侍女は改めて聖女様のお部屋を整える。
お疲れの(聖女様もお疲れになるのかしら?)聖女様が少しでもくつろげる様に、居心地のいいよう気を配る。
満足のいくくらいすっかり整い終わっても、聖女様はまだお見えにならない。
何の話をしているのかわからないけど、長くない?
聖女様はお疲れではないだろうか。
きちんとお食事はされているのだろうか。
天上人の聖女様に、下々のような考えしか浮かばないのは申し訳ない。
焦れ焦れしながら待つうちに、すっかり真夜中になってしまった。
しかたない、翌日もある。私は数名を残して他の者を下がらせた。
試験の結果と教育時の成績、それと年齢的なもので、私は侍女頭になっている。
もうしばらく待って、やっとやってこられた聖女様は疲労の色が濃く、挨拶もそこそこに
「お疲れ様です。みなさんももう休んでください。おやすみなさい」
言い終えるや、さっさと浴室に入られてしまった。
「…… …… ……」
お仕えする主に退出を命じられれば、それに従うしかない。
何も仕事をさせてもらえなかった。
高貴なお方なのにお一人で入浴ができるのだろうか?寝支度はできるのだろうか?
悶々としながら退出する。
そんな心配はいらなかったと、翌朝になって知る。
天上人と思っていた聖女様は、意外にも身の回りの事がお一人でできるお方だった。
そして、聖女様のためにと張り切っていた私は、冒頭のお叱りを受ける事になる。