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何時に寝たのかはわからないけど、朝は六時に起こされた。
めっちゃ眠い…。
たぶんそんなに寝てないと思われる。
起こしに来てくれた侍女さんが色々手伝ってくれようとしたけど、洗顔と着替えだけだよ?
一人でできると断ると、聖女様のお世話をするのが仕事ですと言われる。
「私とあなた、立場はどちらが上ですか?」
そちらも仕事でしょうけど、いらないものはいらない。私はNOと言える日本人なのだ。
寝不足も相まって不機嫌にそういえば、侍女さんは真っ青になった。
おっと。ついかましてしまったけど、しばらくここで暮らすなら周りの人とは良好な関係を築かなければ。
「ごめんなさい。だけど私のお世話をしてくれるなら、私が居心地いいようにしてくれたら嬉しいわ。私は自分でしたい事と、あなたにお願いしたい事をきちんと言いますから、そのようにしてくれますか?」
「はい!もちろんでございます聖女様!」
青くなった顔色はなんとか元に戻った。
この侍女さん、名前はルイーセさんという。
同じ年の二十七歳だって。同じ年だけど一応、親しくなるまでは丁寧語で話す。
ルイーセさん、異世界あるあるの西洋人顔をした美人さんだ。
身体つきはぱっと見、私を一回り小柄にしたくらいかな?
落ち着いた色合いの赤い髪に、灰青色の瞳。
上品な所作や、ゆっくりと話すやや低めな声のせいか、とても落ち着いて見える。
ルイーセさんは聖女の侍女頭だって。
頭がつく事でお判りでしょうが、聖女付きの侍女は数名いる。
そんなにいらないけど、聖女付きの侍女は名誉な事らしい。
聖女を召喚するとなった時に募集があって(召喚できるかわからないのに!)大人数から選び抜かれ、侍女教育までしっかり受けちゃった人達との事。
しょうがない。聖女の仕事がどうなっていくかもわからないしね、ルイーセさん以外は待機でお願いする。
ちなみにルイーセさんとは、この後ずっと長いお付き合いになったよ。
さて、朝食は部屋に持って来てもらってゆっくり食べる。
給仕は口を出さずお任せする。給仕ならレストランだと思えばいいもんね。
食べ終わった食器を下げてもらうのも、自分が食べた食器を洗わないのも、レストランだと思えば気にせずにすむ。
食事を終えて身支度を整えると出勤だ。
ルイーセに(さん付けはおやめくださいと懇願された)見送られて、部屋の外に出ると
「聖女様おはようございます。礼拝堂までは私がお送りします」
と、第二王子が待っていてびっくりしたわ!
王子様が来てるなら言ってよ!待たせてご飯食べてたじゃない!
「お待たせしてすみません。よろしくお願いします」
「とんでもありません。聖女様には我が国のためにお力をいただくのです。このくらい当たり前の事です」
内心気まずく謝ると、朝からキラキラしい笑顔で返された。わぉ。
昨日、というかもう今日になっていたけど、眠った時間は同じくらいか、もしかしたら王子様の方が遅かったんじゃないだろか?
それなのにこの爽やかさ!だてに王子様じゃないな!(何)
昨日は理不尽なやるせなさや、我が身の地盤固めのために必死だったけど、腹をくくった(諦めの境地ともいう)今日になってよく見れば、この王子様、なかなかのイケメン君だ。
物語に出てくるような金髪碧眼の正統派。
少し高めだけど、耳に聞こえる声は悪くない。
隣に立った目測では、身長は百七十半ばくらいかな?百六十四センチの私より十センチほど高いように思う。
それなりにしっかりしてるけど、スラリとした身体つき。
年齢は二十歳くらいかな?異世界あるあるの西洋人顔なので正確には分からないけど。
名前は何て言ったっけ…。
しょっぱなに言われたきりで覚えてないよ。
アル…、アル…。たしか、アはついていた。
「ありがとうございます。お疲れじゃないですか?きっとあの後も、王子は色々お仕事がありましたよね?」
「聖女様にお越しいただけたのです。奇跡のような幸運に疲れなど感じましょうか。
それと聖女様、どうぞ私の事はアルベルトとお呼びください」
そうだそうだ、アルベルトだった。
本人から言ってもらえてよかったよ。
「わかりました、アルベルト」
様はつけない。拉致の主犯だからね。
それに二十歳が当たっているなら、七つも年下だし。
後から聞いたら二十二歳だって。惜しい!
まぁそんな感じで、たわいもない話をしながら礼拝堂に向かったよ。
礼拝堂は王宮から回廊を渡って宮廷区域に入ったすぐにあった。
王宮とはその名の通り王族が暮らす宮だ。宮というかお城ね。
もちろん王宮には、夜勤も含め従者がたくさん勤務しているけど、そこに住んでいるのは王族だけ。昨日から聖女もだけど。
宮廷は、国務を行う仕事場だ。王様や王子様方も王宮からここに出勤する。
各行政部署や、ファンタジーらしく騎士団や魔法使団なんてものもあって、昨日会った筆頭魔法使いさんもこの魔法使団所属になる。
ちなみに王宮に勤務している従者たちも、手続き上は宮廷勤務になる。王宮に直行直帰でも。
そんな説明を受けながら、徒歩十五分くらいで礼拝堂についた。
礼拝堂といっている通り、独立したひとつの建物だ。結婚式場なんかにあるチャペルを想像していただけたらいいと思う。
「私はここまでです。中には聖女様お一人で入って祈っていただきます」
アルベルトはドアを開けてそう言うと、私を中に促した。
ここが私の職場かぁ…。
なんて建物内を見渡しながら中に入ると、
「昼食にはまたお迎えに参ります。ではよろしくお願いします」
後ろでパタンとドアが閉まった。
え!ちょっと待ってよ。私祈った事なんてないよ?神頼みくらいしかした事ないよ?それなのに何の説明もなし?!
と困ったけど、礼拝堂内を進むと不思議な事にどうすればいいかわかった。
私は講壇に向かって並んでいる木のベンチの最前列に座った。
よくある、床に跪くなんて事はしない。そんなの膝が痛くなっちゃうよ。
講壇の向こうはステンドガラスがあって、外からの光を通している。綺麗。
椅子に座ると、頭の中に、ある場所の澱みが見えてきた。どこだかはわからないけど、禍々しさを感じてその澱みがなくなるように祈る。
しばらく祈ると澱みは消えて、その辺りは清浄な空気に満ちあふれた。
それらは何も考えなくても流れるように自然にできて…。
びっくりだよ!
これじゃ本当に聖女みたいじゃん!
いや、聖女として召喚されたけどね!
でもさ、聖女設定ってどの物語でもたいてい十代の女の子じゃない?しかも処女とか。
私はどちらも当てはまらないし、何かの間違いじゃないかとも思ってたんだよね。
雇用契約的なあれこれを色々やってて今更だけど。
だってこの場にいるのが現実なら、生きるために居場所を作らなきゃってなるじゃない?こんな力があるなんてわからなかったし!
……何にしてもほんとに聖女らしいので、契約通りお仕事がんばろう。
それからも頭に浮かぶまま澱みを浄化していると、お昼になったようでアルベルトが迎えに来てくれた。
コンコンと、祈りを邪魔しないような密やかな音が聞こえる。
私は立って出入り口まで歩いていくとドアを開けた。
「お疲れさまです。聖女様の区切りがよろしいようでしたら昼食にいたしましょう」
「わざわざありがとうございます。ちょうどいいです。お腹もすきました」
昼休憩はちゃんととるよ!最初が肝心だ!
歩きながら話す。
「昼食は聖女様の部屋に用意させました。
よろしかったら、今夜は私たちの個人的な晩餐にご招待したいのですが…、受けていただけますか?」
「私たちとは?」
「私の家族です。聖女様にご降臨賜りまして、みな感謝しております。一度ご挨拶とお礼をと父も申しております」
……アルベルトは王子様じゃん。
家族って、王様とか王妃様だよね。
大人として、こういう時は一度はきちんと挨拶やお礼を受けるべきだとわかっている。
ものすごくイヤだけど。
「わかりました。伺います」
「ありがとうございます。みな喜ぶでしょう」
アルベルトはホッとしたように笑った。
こっちはそれどころじゃないけどね!
せめて昼食は味わって食べよう。