9.5
◇◆ロイ◇◆
貴族名鑑の末席の末席の男爵家、その上三男の自分が、まさかこれ程の場で、しかも聖女様のエスコートをするとは、ご先祖様も思うまい。
実際記憶は所々飛んでいる。
だけど無様な格好をさらさなかったのは、ひとえに聖女様の御ためだ。
聖女様が心強くあられるよう、自分がしっかりお支えせねば!
聖女様を恙なくエスコートせねばならない!
もうこれで死んだとしてもやりとげなければならないのだ!
最後の澱みを浄化する前日、何故か始まった聖女様のエスコート役の争奪戦は、どう考えても副団長が一人勝ちするとみんなわかっていた。
だけどそれに挑むのが、我ら聖女様親衛隊の意気地だった。
予想通り副団長に次々と屠られていく。
あまりに勝負にならないので、聖女様のためにどれ程の勇気を見せられるかに趣旨が変わっているくらいだ。
みんな三合と受けられず敗退していく。
絶望的な戦いだ。
自分の番になった時、聖女様が現れた。
無様な姿はお見せできない。死ぬ気でくらいついてやる!
そう思ったのに、あっさり負けた。
副団長の鬼!!
少しは打ち合ってくれてもいいだろう!!
いや、弱い自分が悪い。
何を甘えた事を考えているんだ。
甘ったれた考えと、負けた姿を見られた二重の羞恥に立ち尽くしていると、聖女様がツカツカと歩いていらっしゃる。
俺の元へ?!
あれ? これ、この前もあったぞ。
動悸が激しくなる。
何で?何で? 脳内も激しく大混乱だ。
どうして俺の…、
隣で止まると、聖女様は副団長を見て
「あなたの強さは段違いでしょ?まったくもう、容赦ないんだから!」
文句の様に言うと、俺を見た。
容赦はないけど副団長は本当に強いんです。
負けた俺が弱いんです。こんなんで聖女様をお守りすると言っていたなんて恥ずかしいです。
「……またみっともない姿をさらしてしまって」
聖女様の視線にいたたまれず、思わず言っていた。
「みっともなくない! 自分より強いとわかっている相手に挑めるのは勇気があるよ!」
端でガックリしているあいつらにも聞こえるように、きっぱりと大声で言ってくださった。
さっきまでとは打って変わり、みんな顔を上げてやる気に満ちている。
みんな単純だな! ……俺もだけど。
!!!!!
せ、聖、聖女、様?! 何を?!
何で、聖女様が、俺と腕を組んで…???
突然の事に訳も分からず頭が真っ白になった。
あの、あの…、聖女様、俺の腕に、やわ、や……
俺は自分の頬を思い切りぶん殴った。脳内で。
それでも感じてしまう、
…… …… ……、
いい匂いなど。感じないよう無になっているというのに
「私をエスコートするなら、私が選ぶのが筋でしょう?」
聖女様は澄ましてそう言うと、俺の耳元で囁いた。
「お願いできる?」
近い!近い!近いです!!
俺は全身が熱くなって、大声で誓った。
「身命を賭して必ずや!!」
若干残念な目を向けている聖女様や、周りに響き渡る嗟嘆の声に気づく余裕なんてある訳ない。
後からやっかみ半分で教えられて、羞恥に身もだえた。
聖女様には格好悪いところばかり見られている。
せめて魔獣討伐くらいしっかりしなければと、翌日は誰よりも頑張った。
体感的には副団長より頑張った。
そうして澱みを浄化する旅は終わった。
王都に戻ってからの祝賀会で、本当に俺が聖女様をエスコートできるだなんて思ってもみなかった。
浄化の旅に同行で来た事、エスコートなどという大役を仰せつかった事、俺はもうすぐ死ぬのかもしれない。
それでも有り余る程の幸運だったと納得できる。
聖女様、ロイ・アルダールはお側でお守りする事が出来て幸せでした。
勝手に完結していた俺は、この後、まだ物語が続く事を知る。




