8.5
◇◆ロイ◇◆
その日、国で一番古い澱みを浄化する時、すべてがいつもと違っていた。
さすが一番古い澱みというのか、他と比べると魔獣は強く数も多かった。
澱みも手強いのか、浄化されるまでの時間がいつも以上にかかっている。
魔獣の数を減らしながら、こちらの数も少しずつ減っていった。
あっ、と思った時には大型の魔獣の攻撃を受けていた。
咄嗟に身をひねって免れたけれど、頭をかすった衝撃はかなりのもので、グラリと目の前が揺れた。
視界がグラグラしている。
膝をついたままはまずいと思うが立ち上がれない。
ブレる視界に魔獣の腕が振り上げられるのが見えた。
ダメだ!まだ死ねない!
澱みを全部浄化し終えるまであの方を守るのだ。それまでは死ねない!!
魔獣の爪が迫ってくるのを見て、剣を向ける。
くそっ、もしもここで死ぬのならおまえも道連れだ!
一体でも倒していかなければ。あの方の祈りの邪魔はさせない―――
覚悟を決めた目の前で、魔獣が吹き飛んだ?!
吹き飛んだそいつは、見ている間にサラサラと崩れて消える。
何が起きた?!周りを見回す。
その場にいた魔獣はすべて消えていた。
倒して転がっていたものも全部。
祈り終わったのか!
澱みもなくなっている。
間一髪浄化し終えたのか…。
ホッと、深く息をつく。
そこに聞こえる筈のない声が聞こえた。
「ロイ!! 大丈夫なの?!」
頭がやられると願望が聞こえるようになるのか…?
はっ! 聖女様!!
本物だった。
聖女様が心配してくださった。無事を喜んでくださった。
その前に、こんなに足場の悪い場所まで、俺のために来てくださった。
心の底から湧き上がる、温かい思い。
本当は俺だけのためではないのはわかっている。
だけどここは俺だけのためと、ちょっとの間気分よくいさせてもらおう。
聖女様はお優しいお方だ。
今までも、誰に対しても平等に接して、怪我で離脱する奴らには励ましや労いのお言葉もかけてくださっていた。
だからこれも特別な事じゃない。
そう思おうとしても、俺の名を呼び、来てくださった事が嬉しすぎた。
尊いお方に、こんな俗な感情を向けてはいけないとわかっている。
だけどお慕いする気持ちは大きくなるばかりだ。
当たり前だが告げるつもりはない。
この気持ちは生涯、俺だけの大切なものと決めている。
その日の夕食は、聖女様の手ずからのものになった。聖女様お一人で作った訳ではないが。
この飯の中に、聖女様の触れた食材が入っていると思うだけで尊い食べ物になる。
みんな食前の祈りが長くなっているから、思う事は一緒だろう。
相変わらず聖女様のお隣はエミル様だ。羨ましい。
反対隣りは、殿下と副団長とスヴェン様が毎回争奪戦をしている。諦める。
しょうがない。
両隣は諦めて、次にいい位置を確保する。
単純にその隣、などではない。まぁそのくらいの位置なら聖女様のお声はしっかり聞こえるし、もしかしたらお声がけしてもらえるかもしれないけれど。
俺としては聖女様の正面が二番目にいい位置だと思っている。
お声は少し聞きづらくなるが、ここだと聖女様のお姿がよく見えるのだ。
はぁ…。お美しい…。
揺れる炎に照らされた聖女様は、夕闇を背負って神秘的ですらあらせられる。
それにここだと―――
フッと、目が合った。
一秒、二秒、三…
目を逸らす!
お恐れ多いよりも、ものすごく照れてしまって、俺は見つめ続ける事ができない!!
今日はいい日になった。
本当に死ぬかと思ったけどな……。
俺は、聖女様からいただいた温かな気持ちを、胸の奥に大切にしまった。




