6.5
◇◆オッド◇◆
聖女様のお好みは、普通の男!
聞いていた男たちの間に二種類のざわめきが起こる。
一つは、普通の男と聞いて恐れ多くもおめでたい妄想をする幸せな奴ら。
ロイお前もか…。
そういえばあいつは単純真面目バカだった。
もう一つは、お優しい聖女様が私たちのような普通の男に夢を与えてくださっていると、きちんと弁えている者。
私はさっき、次男以下の余りものと聞いた時、聖女様が憐れむようなお顔をなさったのを見逃さなかったのだ。
あれほど麗しく、地位や権力をも持っていらっしゃる錚々たる方々を、好みでないと安っぽい言葉で拒むなどありえない。
いや、聖女様なら選ばないという事もありえるだろうが。
何にしても、聖女様のお優しいお言葉をそのまま受け取ってはならない。
私たちの事をカッコいいと言ってくださっただけで生涯の宝物だと満足すべきだ。
ここにいる者は皆、聖女様のために己のすべてをかけて必ずお守りすると誓っている。
聖女様はお守りすべきお方だ。恋愛感情などもってのほか、そんな事は欠片も思ってはいけない至高のお方なのだ。
たとえその存在にどれほど魅了されていようと。
お姿の神々しさに反して、親しくなるにつれ町娘のような気安さで接していただけようと。
それがどれほど愛らしく、この胸を熱くしようと。
おめでたい奴らにイラつくほど、自分の方がと…
いや、止まれ。
少々奴らに当てられてしまったようだが、道を外れてはならない。
私は聖女様をお守りするだけだ。
「またお前は難しい顔をして。喜べ喜べ!!聖女様は俺たちのような普通の男が好みだとおっしゃったんだぞ!」
ロイが嬉しそうに肩を叩いてきた。
単純な奴だ。
「聖女様はお優しいからそうおっしゃってくださったんだ。私たちのような普通の男が聖女様の好みの訳がないだろう」
「聖女様がお優しいのは否定しない。だがそれではオッド、聖女様が嘘をついたと言うのか?」
「そうは言わない。嘘ではないが、我らに希望というか、活力を与えてくださったというか…」
ロイは、スッと真面目な顔をした。
「俺は聖女様のお言葉を信じる。俺たちの誰かを好いてもらえるとか、そんな事は夢のまた夢としても、聖女様は俺たちのような普通の男がお好みなんだ。俺は、夢のような確率だけど、それでも聖女様の一番近くでお守りしたい!」
「そんなの私だって一番近くでお守りしたい!」
「俺とお前とでは気持ちが違う。俺は…、少し夢を見てしまうからな」
「そこは違うな」
本当は違わない。いや違う。
ロイや、ロイと同じく夢見る幸せな奴らのように、私も幸せな夢を見たいとは思わない。
はなから叶わぬ夢だ。
私はあんなロマンチストのバカにはなれない。
「残念な事を聞きました。哀しいですが外見は変えられないので、中身を聖女様のお好みにいたします」
ほら、こんなに麗しい殿下までが愛を乞うお方なんだぞ。
私たちが束になっても望んでいただけよう筈もない。
しかも、現実的にこの後の脅威が待っている。
副団長を見ろ。また今日も外周を走らされるのが決定だ。
せめて副団長が一緒じゃありませんように…。
その後、聖女様の澱みを巡る護衛には、第二騎士団の約半数が任務に就く事になった。
ロイは任務に就く事ができた。私は外れた。
どうも任務に就けた者は、あの時の幸せな奴らの方が多い気がする。
バカみたいな熱意が勝ったという事だろうか。
私は後々、聖女様の言葉を信じようとしなかった事を後悔する。
おめでたい、幸せな奴らだと一線を引いて、自分の思いを忠誠だと置き替えた事を後悔する。
感情のまま、自分も聖女様をお慕いしていると認めていたなら、もしかしたら何か変わったかもしれなかったのに。
叶わなかったとしても、自分の気持ちに正直にいたなら、きちんと想い切れたかもしれなかったのに。




