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31日前(しゅうのリモート学習?と父を襲った男

 しゅうは自室でパソコンのウェブカメラに向かって手を振った。

「由紀?写ってる?」


「うん、バッチリよ。」


「ごめんね。数Ⅱで分からないところがあって……」


「任せておいて。しゅうもようやく本気になったね。」由紀は満足そう。


「うん、そろそろ頑張らないとヤバいもんね。

 うん?隣に誰かいるの?」パソコンのディスプレイに写っている由紀の隣に別の人影が見えた。


「えへへっ!私でしたー。」茉奈がカメラに顔を近づけてきた。


「茉奈も由紀の部屋にいるの?口しか写っていないけど。」


「あっ、マジ?」茉奈はカメラから顔を離した。

「私もやらなきゃと思って、由紀の家に押しかけてきちゃった。」茉奈はシャーペンをクルクル回しながら喋っている。


「みんな、受験モードだね。何か、由紀におんぶにだっこだけど。」しゅうは参考書を開いてカメラに向けた。

「由紀、この問題、教えてくれる?」


「ちょっと待って、今開くから。」部屋着姿の由紀は自慢の黒髪を束ねて団子にしている。


 由紀が参考書のページをめくるのを待っていると、ドア越しに「ただいま、しゅう……」と、父親の声が聞こえてきた。


「おかえりなさい。」しゅうはドアの方に振り向いて返事をした。


「お父さん、帰ってきたの?」茉奈の声がする。


「うん。」


「いつも、こんなに遅いの?」相変わらず茉奈の声。


「いつもじゃないけど。飲んで帰ってくることもあるし……

 会社もなんか、ほら、最近色々あるみたいだから。」しゅうがパソコンの時計を見ると、午前1時近かった。


 報道されている事を見聞きするとパパも大変そうだ。大変そうだからこそ、あえてその話題には触れないし、あれこれ詮索もしない。

 子供として、余計な心配や負担をかけないようにすることが一番の親孝行だ。


 しゅうが別のことに心を奪われているように感じた由紀は、「しゅうは、進学したら一人暮らしするの?」と、開いたページが閉じないように参考書を押さえたまま聞いてきた。


「うーん、まだそこまでは考えていない。」一瞬、父親の顔が浮かんだ。


「まずは志望大学に合格しないとね。頑張ろう!」由紀はしゅうを励ました。


「うん、ありがとう。」

 由紀は本当に頼りになる。


「私も頑張るよー!」茉奈が由紀の横から顔を出した。


「みんなで頑張ろう。」檄を飛ばした由紀にしゅうと茉奈は同時にうなずいた。


 と、その時、しゅうは、モニター越しの由紀の手元にある、長方形の紙片を見つけた。

 それは、四葉のクローバーを押し花にした栞だった。


「由紀、その栞……」


「うん?あ、しゅう、覚えてくれてる?

 あの時の栞。しゅうが作ってくれた。」


「ちょっと待って!」しゅうは、そう言いながら、机の引き出しから、由紀が持っている栞と同じような栞を取り出した。


「ほら、これ私の。」しゅうはウェブカメラに自分の栞を近づけた。「由紀、まだ持っていてくれたんだ。嬉しい。」


「当然じゃない。あの時、しゅうがこの栞のクローバーをくれなかったら、今、私はこうしていないかもしれない。手放すなんてあり得ないわよ。」由紀は、栞を手に取って、じっと見つめた。


「え?何?二人して。同じ栞持って、しんみりしちゃって。なんなの、教えてよ!」一人取り残された茉奈が騒ぎ出した。



 高1の春

 

中学時代から親友だった私と遥香は、国分寺市内の同じ女子高に進学した。


 部活で何をしようか二人であれこれ考えた末、バドミントン部に入部することになった。二人ともバドミントンはお遊びでやった位で、スポーツとしては、ほぼ初心者。


 それでも、わが校のバドミントン部は弱小チームのためか、先輩たちから熱烈歓迎されて、成り行き任せに入部した。


 新入部員が初めて顔を合わせたとき、私と同じクラスの由紀もいた。

 由紀がバドミントン部に入部することは、同じクラスなのに全く知らなかった。それもそのはず、由紀とは、入学以来、あいさつ程度で一度も会話したことがなかったから。


 入学当初、昼休みになると、遥香が私のクラスにやってきて、休憩スペースで一緒にランチしていた。

「しゅう、食事に行こう。」教室のドアから遥香が顔をのぞかせている。

「うん、ちょっと待って。今行くから。」


 ある日、二人で休憩スペースの空いているテーブルに着くと、たまたま隣のテーブルに由紀が一人でいて、食事をしていた。


 イスに掛けたときに由紀と目が合ったので、「お疲れ」とあいさつした。

 由紀は、私をチラッと見て小さくうなずくと、またすぐに視線をそらして食事を続けた。


 長身でロングヘアの由紀は、普段、斜に構えているところがあって、クールと言うか、ドライと言うか、人を寄せ付けない感がある。

 私と遥香は、由紀の存在が気になりながらも、気にしていない風を装って食事をしていた。


 由紀の醸し出すクールな印象のためか、部活の練習でも先輩に疎まれていた。

 二人一組でストレッチをする時、「桜木さんは身長が高いから、独りでストレッチしておいて」と、意地悪な先輩が指示した。

「分かりました。」それでも由紀は、一人黙々とストレッチを続けた。


 ラリーの練習をする時も、「桜木さんはリーチがあるから、私が相手するわ。」と、意地悪な先輩が言い出して、由紀と練習を始めた。

 案の定、その先輩は、スマッシュしたり、ドロップショットを打ったりして、由紀を振り回していた。


「しっかり私の方に返してくれないとラリーにならないじゃない!」


「は、はい。すいません。」


「こんなショットも取れないの?そんなにリーチがあるのに。」


「ハァ、ハァ……。すいません。」


「もう、いいわ。これじゃ練習にならない。」


「もう少し、お願いします!」


 由紀は、足がもつれて転んだり、息が切れて倒れ込んだりしても、先輩の打ったシャトルに必死に食らいつこうとしていた。全くラリーの練習にはなっていなかった。

 それでも、由紀は、文句一つ言わずに、他の先輩が止めるまでシャトルを打ち返そうとしていた。


 もう、見ている方が辛くなってくる。


 練習が終わって、部室で着替えをしていると、由紀の姿がなかった。

「遥香、私、ちょっと用事があるから、悪いけど先に帰ってて。」私は気になって、着替えもそこそこに由紀を探しに行った。


 体育館の裏手の方を探していると、グラウンドの横のベンチに由紀が一人で座っていた。


「あっ、桜木さん。大丈夫?」


「えっ?何が?」由紀は私と顔を合わせようともせずに言った。


「練習、結構ハードだったから、気になって……」


「別に、何ともないよ……あんなの。」


「そう、それならいいけど。」


「それに、私の練習、見世物じゃないから。」


「そんなこと……たまたま目にしたら、キツそうだったから。」


「普通でしょ。あんなことくらい平気、なんだっていうの……」そう言った瞬間、由紀は横を向いて、下唇を噛んだまま、大粒の涙をこぼし始めた。


「クッソ、こんなことで涙を流すなんて……。吉岡さん、どっか行ってよ!」由紀は手の甲で涙をぬぐいながら、叫んだ。


「行かない。泣いている友達をほったらかして、どこにも行かない。」


「別に友達じゃないでしょ。ほっておいて!」


「ううん、だめ。」


「泣いているところ、見られたくないの!」


「友達の前で泣くくらい、別にいいじゃん。私なんてよく泣くよ。」


「だから、友達じゃないでしょ。」


「じゃあ、友達になってくれるまでここを離れない。

 私、とっても聞き分けないから、覚悟して。」


 しゅうは由紀の隣に腰かけて、由紀の言葉をじっと待っていた。


「……もう、分かったから。今から友達。」


「よかった。吉岡しゅうです、よろしく。」


「桜木由紀……」由紀は泣顔のまま自己紹介した。


「そうだ、ちょっと待ってて。」

 私は、由紀にそう言うと、足元に生えているシロツメクサの葉を必死でまさぐり始めた。

 この辺りって、よく見つかるって噂だから。


 由紀の気が変わって立ち去らないうちに見つけないと。

 それも二本必要、どうしても。


 1時間近く探していたかもしれない……


 よし、一本見つけたっ。こんな時は意外に近くにあったりして……


「やったー!見つけたっ!見て、由紀。」


「何?」


「四つ葉のクローバー、しかも二本。これって、奇跡以外の何物でもないよねっ!」


「四つ葉のクローバー?二本も。すごいね。」由紀も驚いている。


「友達になった証の幸せのクローバー。」


「だね。四葉のクローバーの花言葉って、私を思ってだよね。」由紀は笑顔になっていた。


 でも、由紀が花言葉に詳しいなんて、イメージと違うなあ。


 私と由紀は日が沈んで暗くなったベンチに並んで座っていた。


「私、気が強いせいで、周りと上手く付き合えないことが多くて……。

 敬遠されると反発して、余計に自分一人で何とかしようとしちゃうの。

 頭ではよくないと分かっているんだけど……。」


「肩の力を抜いて、お気楽なくらいがちょうどいいんじゃない?」


「うん、頑張ってみる。」


「へ?だから、頑張るようなもんじゃないって。お気楽、お気楽。」


「うん。お気楽、極楽。」


 私たちは寄り添って笑った。


「由紀、このクローバー、ちょっと預かってもいい?いいこと思いついちゃった。今度返すから。」


「え?いいよ。それと、はい。」そう言って、由紀はハンカチを手渡してきた。


 私の指先はシロツメクサや土で汚れていた。


「四葉のクローバーが見つからなくて、由紀が痺れを切らして帰ったらどうしようと思って必死だったから、全然気づかなかった。」


「私、しゅうがいいって言うまで、何時間でも待っていた。友達になれたから。」


「ありがとう、由紀。」


「何言っているの!私こそありがとうよ。友達になってくれて、本当にありがとう!」


「もう知っていると思うけど、明日、遥香を紹介するね。」


「うん!」


 茉奈がバドミントン部に入部したのは、それから2週間後だった。



「茉奈、今は勉強。今度ゆっくり教えてあげるから。」ウェブカメラの前で騒ぐ茉奈をなだめるのに、由紀は必死だった。



「首尾良くやったか?」受話器を手にした男性は、寝室のベッドの傍らに仁王立ちのまま、皺枯れた低い声をより低くして尋ねた。


「すいません。ぎりぎりのところで気付かれてしまって……上手くかわされました。」自動車の運転席に座っている若い男は、皺枯れ声の問いかけに恐縮して、スマホに向かって何度も頭を下げながら答えた。


「しくじったのか?何をやっているんだ、お前は。」苛立ったような口調になった皺枯れ声の主は、受話器を持つ手に一層力を込めた。


 その苛立ちは若い男に十分過ぎる位に伝わった。


「すいません。慣れていないもので……」若い男はつい言い訳を言ってしまったことを後悔した。


「つまらん言い訳をするんじゃない。」案の定、一喝された。


「次は必ずやり遂げます……」若い男はスマホを手にしたまま、背筋を伸ばして答えた。スマホの時計は午前1時を過ぎていた。


「少しはわしの期待に応えてみろ。これもお前の仕事の内だ。分かっているだろう?」皺枯れ声の主はベッドに腰を下ろしながら言った。


「はい……すみません。」若い男は、左手の人差し指のつめの先端を小刻みに噛みながら、自分が運転している車の前から脱兎のごとく身をかわした吉岡の姿を苦々しく思い出していた。



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