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34日前(あばかれた裏献金)

 34日前


 朝、吉岡はいつものように通勤のために中央線の電車に乗り込んだ。昨日のアルコールがまだ残っているようで頭痛がひどい。


 後から乗り込んで来る人の波に押され、車両の中ほどに追いやられた。毎朝の事とはいえ、ストレスを感じずにはいられない。


 自分の目の前に香水の匂いの強い女性の後頭部が現れ、思わず顔を天井に向けた。その時、週刊誌の中刷り広告が目に入った。


 吉岡は、その見出しに釘付けになった。


 その見出しには「辰巳議員に裏献金疑惑!建築業界と癒着か?」との文字が踊り、中刷り広告は空調の風で微かに揺れていた。


 興味本位のゴシップ誌の広告とはいえ、体中の血液が一気に下半身まで下がったような感覚に捕らわれ、一刻も早くこのゴシップ誌の記事を読まなければならない衝動に駆られた。

 二日酔いの頭痛はどこかに吹っ飛んでいた。


 次の駅に電車が着くや否や、吉岡は人混みをかき分けるようにしてドアの方へ進み、ホームに降り立った。辺りを見渡し、目に留まった売店に駆け出した。


 震える手でゴシップ誌を手に取ると、乱暴な手つきでページをめくり、広告にあった記事を探し当てた。


 その記事の内容は、衆議院議員の辰巳義雄が特定の企業に対して公共事業の受注を巡って便宜を図り、その見返りとして多額の賄賂を受け取っているとの内容だった。


 目を皿のようにして記事を読み進めた吉岡は、平静さを取り戻そうとして、頭をフル回転させていた。


 この記事では具体的な事実は分からないな。どこまで掴んでいるんだ……誰かがリークしたのか……


 疑心暗鬼になり、なかなか平静さを取り戻せないでいた。


 吉岡は、いつもの通勤経路から外れた駅を出ると、会社に電話を掛けた。


「はい、桧山建設財務部です。」電話口から部下の声が聞こえてきた。


「吉岡だ。今日はこれから会長にお会いしてから出社する。新村課長にそう伝えてくれ。」吉岡は口早に説明した。


「分かりました。何時頃に出社されますか?」


「何とも言えない。また後で連絡する。」吉岡はそう言いながら、タクシー乗り場に急いだ。


 吉岡は、鬼頭邸にたどり着くと、屋敷の前から鬼頭に電話を掛けた。呼出音が鳴っている数秒間がすごく長い時間に感じた。


「はい、鬼頭です。」会長夫人が応答した。


「おはようございます、吉岡です。早朝からすいません。

 会長はいらっしゃいますか?」


「あら、吉岡さん。おはようございます。

 少々お待ちなって。」


「……鬼頭だ。朝からどうしたんだ。」鬼頭が怪訝そうに聞いてきた。


「折り入ってご説明したいことがございまして……。実はもう、お屋敷の前に来ております。」


「ん?家の前に来ているのか?

 そうか、とにかく中に入りたまえ。」鬼頭は促した。


 吉岡は小走りで門を通り抜け、屋敷の扉を引き開けた。


 応接間のソファーに腰掛け、吉岡からゴシップ記事が掲載された雑誌を手渡された鬼頭は、記事を斜め読みすると、ジッと目を閉じたまま、黙考している様子だった。


「余計なことを嗅ぎまわりおって……。辰巳には、今以上にキャリアを活かして、手腕を振るってもらわないとならん。こんな事で頓挫する訳にはいかんのだ……」鬼頭は、苦虫を噛み潰したような表情をして、吉岡に聞こえるか聞こえないか位の小さな声で呟いた。


「この件は私が引き取ろう。君は今まで通り、何も心配するな。」鬼頭は吉岡の肩を軽く叩いて、しわ深い顔に笑みをたたえた。


「はい、安心しました。よろしくお願いします。」吉岡は一筋の光明を見つけた思いで深々と頭を下げた。


 鬼頭の屋敷から出てきた吉岡は、ゆっくり深呼吸をして、高ぶっていた気持ちを静めた。


 そして、振り返って鬼頭の屋敷を眺めると、駅に向かって歩き始めた。



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