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レストランで古市と初ランチ

 翌朝、しゅうは、夢うつつの中であの時のホームの光景が脳裏にフラッシュバックしたせいで、まんじりともせずに目を覚ました。

 ここ最近は記憶の奥底に閉じ込めていたのに、ひったくり犯のせいだろうか、思い出してしまった。鼓動も速くなっている。


 重たい瞼を懸命に開くと、寝ぐせの付いた髪を手櫛で直しながら、ベッドから這い出した。

「眠っ」そそくさと身支度を終えると、アパートを後にした。


 しゅうは、普段の朝と同じように事務所の入ったビルの隣のコンビニでアイスカフェラテを買ってから、事務所に出勤した。

 しゅうが事務所のブラインドを一つずつ開けていくと、薄暗かった事務所の中に朝のまばゆい光が一気に溢れた。


 デスクに着いて今日のスケジュールを確認していると、美沙先生が現れた。


 しゅうは、美沙先生が仕事の準備を終えて一息ついている頃を見計らって、昨日の引ったくり犯のことを説明した。


「すぐに連絡してくれなくちゃ駄目じゃない。」美沙先生は強い口調でしゅうをたしなめた。


「すみません。先生に迷惑がかかると思って。」しゅうは心から反省して頭を下げた。


「くだらないこと心配しなくていいの。しゅうちゃんに何かあったらどうするの。」美沙先生はしゅうのことを本当の子供のように思っている。なので、厳しい時は厳しい。


 しゅうも美沙先生の愛情をひしと感じていて、そうだからこそ、連絡しそびれてしまっていた。

「今度から気を付けます。」しゅうがそう答えると、美沙先生はいつもの優しい表情に戻っていた。


「分かってもらえればそれでいいのよ。」


 昼休みになって、しゅうは昼食を買うために事務所の外へ出た。


 美沙先生に余計な心配をかけてしまったことと睡眠不足も手伝ってあまり食欲がなかったけど、何か食べないとこの暑さを乗り切れそうにないし、また美沙先生に心配をかけないとも限らない。


 管理人室の前を通りかかると、中から古市が出てきた。

「こんにちは。……何か元気が無さそう。大丈夫?」古市は心配げに聞いてきた。


 あれ?落ち込んでいるように見えたのかな?

「大丈夫ですよ。全然、元気です。」しゅうは一生懸命笑顔を作って答えた。


「そうかなぁ。じゃあ、気分転換に外に食べに行かない?」古市はつい勢いで誘ってしまったことを後悔した。いい歳して下心があると思われたかもしれない。でも、今さら取り消すことも出来ない。

「……僕でよければ。」古市は勢いに任せて最後まで言い切った。


「お昼ですか?……はい、お願いします。」しゅうは、古市と一緒に居るとポジティブになれそうな気がして、お腹はあまり空いていなかったけど、誘いに乗った。


「裏の通りにランチをやっているポルトガル料理の店があるんだ。前から気になっていて。」


「へぇ、ポルトガル料理ですか。食べたこと無いと思います。」しゅうは未体験の料理に興味が湧いてきた。


「何とかって言う海鮮のリゾットが人気らしいよ。」とにかく古市は推し続ける。


「うわぁ!楽しみ。」


「じゃあ、行こうか。」古市は、支度もそこそこに、しゅうをリードして歩き出した。


 たわいもない話をしながら並んで歩いていると、目の前にテラコッタのタイルを壁に散りばめた三角屋根のレストランが現れた。


「あっ、ここだ。ネットで見たら結構人気があるみたいなんだ。」古市が店の看板を指さした。看板には「PRAZER」と書いてあった。

「プラゼール。ポルトガル語で喜びって意味らしいよ。」古市は準備していた知識をしゅうに披露した。


「そうなんですか。詳しいですね。」しゅうは感心して言った。


 店内に入ると、ウエイターに窓際の席を案内された。2人を招いているように、昼下がりの優しい陽の光がテーブルクロスを照らしていた。


 古市は、しゅうを席にエスコートすると、メニューに目を落とした。「アロースデマリスコ」この文字を見つけると、しゅうの方に顔を向けた。

「このアロースデマリスコっていうメニューがおすすめの海鮮リゾットだよ。」古市的にはこれを2つ注文することがすでに決まっているらしい。


 しゅうもそのことを察したのか、小さくうなずいて同意した。


 暫くして、2人の前にリゾットが運ばれてきた。うっすらと湯気が立ち昇ったリゾットは、海鮮のエキスを濃縮した美味しそうな香りを湯気に乗せて、しゅうの鼻先に運んできた。


 その香りを嗅いだしゅうは自然に食欲が湧いてきた。リゾットのせいなのか、古市と食事をしているためなのか、自分でもよく分からなかった。


「いただきます。」しゅうはリゾットを口に運んだ。

 渡り蟹か何かだろうか、濃厚な蟹の旨味が口いっぱいに広がった。

「美味しい。」無意識のうちに言葉が漏れた。


「美味しい?それはよかった。」古市は、ほっとしたように答えて、満足げな表情になった。


「古市さん、センスいいですね。」しゅうは明るく落ち着いた雰囲気の店内を見回した。


「僕も初めてだから。」


「あ、そうでしたね。何だか、そんな感じじゃなかったから。」


「でも、気に入ってもらってよかった。」


「はい、誘ってもらってよかったです。」


「いつものしゅうちゃんに戻ったかな?」

 古市はさっきから気になっていたことを聞いてみた。


「え?はい、大丈夫です。ありがとうございます。……私、美沙先生に心配かけちゃって。それで……」しゅうは食べる手を止めた。


「浅田先生は許してくれたんでしょ?」


「はい、多分。」


「大丈夫だよ。あの先生は理解があるから、きっと。」


「はい……」


「さあ、食べて、食べて。」古市は励ますようにしゅうに勧めると、自分も豪快に食べ始めた。

 

しゅうは、古市がもりもり食べる姿を見ていると、ついついつられて、リゾットをたくさん頬張った。


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