13日前(父と塚本の信頼関係)
13日前
吉岡は、昼休みの時間になると会社を出て、人気の少ない通りを歩いていた。
辺りに人がいないことを確認すると、塚本の名刺を取り出して、名刺に記載されている携帯電話の番号に電話を架けた。
暫く呼出音が鳴った後、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「はい、塚本です。」
「塚本さん?桧山建設の吉岡です。」吉岡は少し緊張気味に喋り始めた。
「連絡してくれると思っていましたよ。」塚本は自信ありげに答えた。
「どうしてですか?」
「だって、あなたは鬼頭の金庫番でしょ。
いや、失礼。あなたは鬼頭の指示で動いていただけでしょう?
でも、わが身に火の粉が降り掛かっている。
会社ではそれなりの地位についているからプライドもあるだろうし忠誠心もあるんでしょ?それなのに、鬼頭が、引いては会社があなたを守ってくれる保証は無い。
事が大きくなればなるほど不安や恐れも大きくなる。でしょう?」塚本の洞察力はなかなかのものだ。
「え?ええ、まあ。」吉岡は曖昧に答えた。
「具体的にどんな話ですか?いい話が聞けると有難いが。」喉に痰が絡んだ様な喋り方をしていた塚本は、思っていることまで口に出して、吉岡を自分のペースに巻き込もうとしていた。
「この電話で話すのは……お会いしてから話します。今日は時間を取れますか?」吉岡は塚本のペースに巻き込まれないように言葉を選んだ。
「ちょっと待ってください。……大丈夫です。」塚本はスケジュールを確認しながら了承した。
「では、JRの新宿駅で会いましょう。」
「分かりました。では、後程……」
二人は場所と時間を調整して、電話を切った。
その日の夕方、二人の姿はJR新宿駅構内のパブの店内にあった。まだ時間が早いせいか、客の姿はまばらだ。
吉岡は店内を見渡して、奥まった場所にあるテーブル席に着くように塚本を促した。
「ようやく、腰を据えて話が聞けますね、吉岡さん。」
「そうですね。ただ、あなたをどこまで信用してよいものか……こちらから連絡しておいて失礼な話ですが……」吉岡は無意識のうちに小さなため息をついた。
「気にしなくていいですよ。私も取材先に失礼なことをよくしますので。
まあ、そのほうが相手の本性と本音を引き出せますからね。
それはそうと、今回は私を信用してもらわないと話が先に進まないですよ。」塚本はシワのよった茶系のギンガムチェックのジャケットを脱いでイスの背もたれに掛けた。
「さて、どこから話しましょうか。一連の報道には、真実と虚偽、事実と憶測が入り交じっていますから。」塚本の所作を観察していた吉岡は思案顔になった。
「時間は充分あります。私はジャーナリストの端くれとして、この件の真実が知りたい。これまでも憶測で記事を書いたことはありませんし、これからも書くつもりは無い。」
「分かりました。確認ですが、私が表に出したくない固有名詞は伏せてくれますね?」
「はい、できる限り配慮します。」
「それでは、私が今の役職に着いた頃の話ですが……」吉岡は遠くを見るように視線を天井に移して話し始めた。
時折、手振りを交えながら塚本に語りかけている吉岡の表情は硬く、感情を押し殺しているようだ。
塚本はと言うと、使い込んでいる黒いカバーの手帳とペンを手にして、吉岡の表情をじっと見つめ、吉岡が語る話を興味深く、時折頷きながら聞いていた。
テーブルの上には、水の入ったグラス2つとすっかり冷めたコーヒーが入ったカップ2つが乗っているだけだった。
新宿駅は帰宅ラッシュの時間を迎えて、パブの外は行き交う人々の喧騒で満ちていた。