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王子様の耳はヤワな耳 ー 風の悪役令嬢と王子様攻略作戦

作者: Boleyn


「皆のもの、今より重要な宣言を行う。よく聞くように。書紀は筆記の準備をせよ。」


立ち上がったヴァーツラフ王子に、その場にいたみんなの注目が集まった。


流れるような豊かなブロンドに、遠くから出もサファイアのように見える真っ青な目をした王子は、そのよく通る声を発する前から令状達の視線を集めていた。体格の良さもあって、その威風堂々とした装いはまさにこうして注目を浴びる機会のために生まれてきたようにまで覚えてしまう。


老若男女の畏敬と羨望の眼差しが、王子に集まった。特に段があるわけでもないのに、王子のいる場所がステージに見えてくる。


間を置いた王子は、ゆっくり口を開いた。


「私、第一王子ヴァーツラフ・ランベルト・スカルベック・カリノウスキーは、本日をもって、婚約者であるアグニエシュカ・ヴェルディゾヴァとの婚約を正式にはひふるっ・・・」


噛んだ。


王子らしくない言動に驚いた参列者達は、改めて王子に目を凝らした。


「みっ、見るなっ・・・つっ・・・うぅ・・・」


急に少し辛そうな声を上げた王子。会場がどよめく。


よくみると息が荒い様子で、顔が紅潮している。


「きゃあ!」「ひゃあ!」


令嬢の黄色い悲鳴が会場に響き、何人かが失神した様子だった。


「だ、大丈夫ですか、殿下!」


慌てた侍従が王子に近づいた。


「ぅふっ・・・だいじょ・・・んぁ・・・」


王子はすこし蕩けたような目を見せて、少し声を上ずらせた。


「まあ!」「やあ!」


また令嬢たちの悲鳴が鳴り響く。


そろそろ私の出番ね。


「まあ殿下、また発作で発情してしまったのですね。わたくしが介抱いたしますので、別室に参りましょう。」


配下のものに合図をし、殿下を別室に運ばせる。


「ちがっ・・・そんなんじゃ・・・ひぅ・・・つぅ・・・」


なにか言いたそうな殿下が担いでいかれるのを、殿下の従者を含めてみんなが傍観した。祈るような目で私と殿下を見ている。


どうやら『殿下が呪いによりたまに発情してしまう』という、私が流させた噂は無事に信じられているようね。


信用できる侍女だけを室内に残して、ドアの鍵を締めた。


「アガ・・・絶対許さ・・・ふあっ・・・んっ・・・」


顔を赤くして、すこし口元がだらしなくなった王子がなにか言おうとしているけど、こうなると戦闘力がだいぶ下がっているからあんまり心配をない。


「まったく、普通の舞踏会で宣言なさろうとするなんて、油断もすきもありませんね。でも大丈夫ですよ。もう皆さん、私と殿下ができていると信じて疑ってもおられませんから。」


一応こういうときのために別室を用意させたけど。


「ひぅ・・・やめっ・・・ハァ・・・」


なにか言いたそうなので、すこしだけ話させてあげることにした。


「くっ、覚えていろ、罰として今夜眠れなくさせてやるっ!」


「きゃあ!」「ひゃあ!」


防音効果のあんまりないドアの外で、令嬢が複数倒れる音がした。


「殿下、脅しが子供っぽすぎます。そうなると殿下も眠れないですよ?」


「私をこんな目に合わせて・・・では汗だくにさせてやるっ!」


またドアの外が阿鼻叫喚になっているのが分かる。


「それは私には効果がないのはご存知でしょう。」


「くっ・・・こうして私を辱めておきながら・・・都合がよす・・・んあっ・・・アッ・・・ハッ・・・ハッ・・・」


王子の息が苦しそうになったけど、私は楽にしてあげなかった。


「レディーを脅すなんていけませんわ。例の約束をしていただけるまで止めませんよ?」


「くうっ・・・ふぅっ・・・んんっ・・・」


王子は挑戦的な目で私を見返してきた。今日は少し長くなりそうね。





王子は光の魔法と火の魔法の持ち主で、光を使って私を眠れなくさせるとか、火を使って私を暑くするという嫌がらせができる。


でも光を使って睡眠妨害をしている間は術者の王子も近くにいないといけないし眠れないから、実はそんなに怖い脅しじゃない。火の方は私には効果がない。




私、アグニエシュカ・ヴェルディゾヴァは侯爵令嬢で王子の婚約者。そして乙女ゲームの悪役令嬢。意外とハイスペックで、風の魔法と水の魔法を使える。火の魔法の効果がないのはこのおかげ。


前世の記憶が戻るまで私は魔法を使ってヒロインに執拗な嫌がらせをしていたけど、ヒロインは私と相性の悪い植物の魔法を使えるから効果はいま一つだった。記憶が戻ってから、私は戦法を変えることにした。


そして、風と水をさり気なくつかって情報収集をした私は、ある結論にたどり着いた。




王子は、耳が、弱い。




その後は私の勝ちだった。そうとなれば、さっきみたいな私にとって都合の悪いシーンには王子の弱いところに爽やかな風を送り込んで、『破棄する!』を『はひふるっ』に変えてしまうのだ。


「く・・・卑劣な・・・私は・・・負けな・・・」


台詞は勇ましいけど、顔から判断すると王子はだいぶ陥落してきていた。


「ちゃんと約束をしてもらえませんと、水を使わざるをえなくなりますよ?」


「そんな脅しに屈し・・・ぐあっ・・・やめろっ・・・」


近くの空の花瓶に用意していた水を、王子の耳に移動させる。


「ぐ・・・」


王子は目をつぶって耐える顔をした。


「気持ち悪いままでしょう。約束していただけないのですか?」


「私は・・・この程度に・・・うぐっ・・・脅しになど・・・うぅ・・・屈しない・・・」


目はトロトロになっていたけど、王子はそれでも断固たる口調で宣言した。


プライドの高さからか、耳をフーっとされたくらいでヘナヘナになってしまうのを知られたくないらしく、王子は本当のことを側近にも言えていない。


発情するという私が流した噂は必死で否定しているけど、王子自身は対抗できる説明がオファーできていない。だから、『処置』が終わって赤くなりながら『やましいことはなにもないからなっ!』と言っている王子を、みんな生暖かい目で見ながら、『発情していらしたんだな』と思っている。


ちなみに私の評判も一気に悪女から『王子のために自己犠牲を厭わない献身的な天使』にグレードアップした。いいことばっかり。


「しょうがないですね、水を少しずつ抜いていきますね!」


「くっ・・・か・・・痒い・・・よせっ・・・やめ・・・んあ・・・」


王子は耳から水が抜ける感覚は特に弱いみたいで、風で戦闘不能にしておいた上で、少しずつこれをすると大体陥落する。王子が慣れてしまわないようにめったに使わないけど。


「例の約束をしたら抜いてさしあげますけど、さあどうします?」


「ぬ、抜いてくれっ・・・たのむっ・・・」


またドアの外が阿鼻叫喚の渦になっていた。


私も悪人ではないので、涙でいっぱいの目で嘆願されたら、お願いを叶えてあげないではない。水を抜いてあげる。


「はい、じっとしててくださいね。」


「んあああっ・・・」


王子は体を引くつかせると、動かなくなった。




私が手を叩くと、侍女がドアを開いて、私の従者が二人入ってきた。


「お顔をハンカチで覆って、さきほどの部屋に運びましょう。」


先導するように私が部屋をでると、従者二人に担がれた顔の見えない王子が続く。みんなあっけにとられたように私達の行進をみていた。


台座まで着くと、私は王子を肘掛け椅子に固定して、ハンカチーフを取り払った。


「・・・ふ・・・あ・・・」


王子は蕩けたような目と、すこしだけ満足したような口元をしていた。ネジが何本か抜けたような表情だけど、もとが美形すぎるから全然醜くない。


なにより、すごく色っぽい。


「きゃあ!」「ひゃあ!」


まだ生き残っていた令嬢達がバタバタ倒れるのが分かった。


王子からはかろうじて言質をとったし、『王子が発情するたびにあんなことやこんなことで慰めている』私に挑戦してくる令嬢はほぼいなくなったと言っていいと思う。ちなみにヒロインは前々回に蕩けた王子を見て以降、結局王子ルートから外れた。こんなにセクシーなのに、タイプじゃなかったのかしら。


「ふふ、お可愛いですよ、殿下。」


私が口元を拭いてあげると、「・・・ん・・・」という反応があった。




実は、王子は私がいないときには一度も婚約破棄宣言していない。しかも第一回以降は側近にも話していないんだとか。


婚約破棄して結婚したい相手の令嬢を久しく聞いていないので、ひょっとしたら耳のフルコースを体験したくてわざわざ婚約破棄をちらつかせているような気もする。


「殿下、馬車の準備ができたようです。まいりましょうか。」


「・・・」


ぼうっとして椅子から起き上がれない殿下の耳に、少しだけ残していた水を動かしてみる。


「つはっ・・・ありが・・・いや、なんで私が・・・くふっ・・・」


最近の王子はいつも困惑しているみたいだったけど、そんなところも可愛いと思える。


「ふふ、馬車の中で結婚式の打ち合わせでもしましょうか。」


「くっ、私はそんな手には・・・んんっ・・・もう少し奥を・・・違う、今のは違う!」


まだ足元がおぼつかない殿下を、従者二人の手を借りて馬車に運びながら、私は新婚生活に思いを馳せた。




実験的なお話なので、ぜひ評価のほうをよろしくおねがいします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 笑った。 笑いました。 [一言] 耳から水を抜く、というのがめちゃくちゃマニアックすぎて好きです。
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