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錯覚  作者: 菅原 こうへい
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ここで少し、先程のおじいさんの話をしよう。おじいさんはあの若々しい青年と別れた後、自宅に戻りいつも通り食事をしていた。しかし、おじいさんは何か違和感を感じていた。


(不思議じゃ、あの若いの、まるで昔の私を見ているようじゃった。若いってよいのう。儂もあんな風に生きておったのお。それにしても、もうそろそろかの)


 おじいさんは二階にある大きな食堂を後にして、ベランダへ行き、少し夜空を見上げた。今日は皆既月食であった。月が欠け、無くなってしまったかと思うと、煌々と赤く光り始めた。それはまるで、世界が暗黒面に突入したかのようだった。おじいさんはその光景を見たか見れなかったかはわからない。ただ、おじいさんがベランダに倒れていたのをおばあさんが見つけたのは、皆既月食がぴったり終わった後だった。




 国立の大病院で、老夫婦は再会した。おじいさんはベッドの上でしゃべれるようにはなったが、おばあさんが院長から受け取った言葉は、死刑宣告だった。


「あなた、天寿全うしたわね。」


「あのままベランダで死んでもよかったがのう」


「縁起でもないこと言わないでくださいよ。それより、面会の方が来てらっしゃるそうですけど。」


「誰じゃ、どうせどっかの大臣じゃろ」


「ええ、“こうろうしょう”の大臣とかなんとか」


「厚生労働省じゃ、おぬし、よくそれで儂の嫁を務めたもんじゃ」


「政治には興味ないもの」


「まあそんな堅苦しいやつの面会は後でいいだろう。それより、人生の振り返りに付き合ってくれるか、ばあさんや」


「死ぬまで聞いてますよ」


 それからおじいさんは、自分が生きた人生について語り始めた。自分が戦前の貧しい村で生まれたこと、尋常小学校、兵役、特攻、敗戦、結婚、高度経済成長、出産、選挙、大臣、老衰。


 おじいさんは自分が成績優秀で体力もあり、選挙で大勝、大臣として国を支えたことを、誇らしげに語っていた。ただ最後に、ばあさんにある言葉を言った。


「ばあさんや、儂はいつの時も、誰かの見本になるように全身全霊を持って生きてきた。人の上に立つことで、皆の期待に応えた。しかしのう、それは果たして良い人生だったかのう?わしは自分の人生をしかと生きれたのかのう?」


 おじいさんもまた、悩んでいた。


「おじいさんが幸せなら、それでいいんですよ、人生山あり谷あり、おじいさんは一回も自暴自棄になんてならなかったではないですか。」


「そうかぁ、まあ儂はいつ死んでもいいくらい満足したんじゃ。それは良いことには間違いがないのお。」


「そうですよ」


「ばあさん。最後に頼みがあるんじゃ」


「なんです?」


「3月の15日にとある少年が儂の家を訪れる。その時儂がいなかったら、どうか優しくしてほしい。彼は、儂よりすごい力を持っているが、その分、彼は傷つきやすいんじゃ、どうか、彼を良い男にしてはくれんか。」


「…誰のことかはわかりませんが、おじいさんが認めた人ですもの、きっといい人に違いありませんわ。もしその少年が落ち込んでいたら、わたしが治してあげますよ。」


「…頼んだぞ」


 3月13日、おじいさんは息を引き取った。お葬式はおばあさんの計らいで3月15日ということになった。

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