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錯覚  作者: 菅原 こうへい
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「ホッホッホ 脅かせてしまったかの、すまんのう」

「ああいえ、こちらこそ変な反応しちゃって。」

「そんなことはいいんじゃよ。それよりお主、時間はあるかのう?」

 青年は懐疑的な目で老人を見つめていたが、まだ午後3時だったので、いい暇つぶしになるかもしれないと楽観的に考え、応じた。

「はい」

「おおそれはそれは。では、お隣失礼してよろしいか?」

「はい」

どっこいせ 老人の声が公園に響く

「してお主、先程は頭を抱えていったいどうしたんじゃ、あんなに耳も赤くして」

「ああ、あれは…」

 青年はなんだか不思議な気持ちになった。さっきから老人の目がとても穏やかだったのだ。老人の目を見つめていると、なんだか自分のすべてをぶつけてもいいのではないかという気持ちになり、青年は、徐々に自分が歩んできた人生とそこでの葛藤について話し始めた。

 老人は所々で「ほぅ…」「面白いのぅ…」「それは災難じゃったのぅ…」などと相槌をうち、青年が話しやすい雰囲気を作っていた、もちろん穏やかな目も忘れずに。

 青年にとってこれは、初めての経験だった。かつて自分が起こしている悩みなど、誰にも打ち明けたことはなかったのだ。常に人々のお手本となるようにといわれていたため、たとえ弟や親に対しても弱みを見せないようにしていた。(彼は泣くときだって、人の前では絶対に泣かずに、トイレの中で一人声を殺して泣くほどにストイックであったのだ!)それでも、この老人に対しては、初対面にもかかわらず、堰を切ったかのように悩みを話し続けた。

 青年が気付いたころには、空はオレンジ色になっていた。さっきまであった厚い雲はどこかへ消えてしまい、淡い光となった太陽が、公園と老人と青年を、やさしく包み込んでいた。老人は一通りの青年の悩みを聞き、少し笑顔になりながら、こう話し始めた。

「お若いの。お主はこれまでたくさんのことに悩んできた。たくさんのことを背負った。皆の手本になるよう一時も気を抜かずにここまで邁進まいしんしてきた。それはまことに素晴らしいことじゃ。ただのう、お主はこれまでにあることに気を張りすぎなのではないかのう?」

「…あること?」

「『目』じゃ」

 青年ははっとした。老人は続ける。

「お主は人の目を気にしすぎじゃ。わかる、気持ちはよお分かる。人の目は怖い。人は目で訴えかけることだってできる、しかし、だからと言って自分の人生をそれに委ねてしまうのはいかんぞ。」

「自分の…人生…?」

「ああ、お主は今自分の人生ではなく、誰かのために生きようと必死じゃ、誰かが喜ぶために自分の肉体を酷使しておる。世のため人のためは良いことじゃが、お主の人生、お主以外に誰が生きるのじゃ?」

「誰がってそりゃ…」

「生きたいように生きよ、お主がやりたいこと、目指したいこと、何でも構わん、ただ、誰かの人形になるでないぞ、お主ならこの意味、いずれわかるであろうぞ」

「…人形…」

「ああすまんすまん。すっかり夜になってしまったのう。それでは私はこれにて」

「…ああ待ってください!」

「なんじゃ、話し足らんか、ならば3月15日ここへ来い」

 青年は老人に紙きれを渡された、ここからはさほど遠くないところで、自転車があればいつでも行けそうな距離だった。青年は最後に

「ありがとう、おじいさん」と、言い残した。老人は黒塗りの車でどこかへ行ってしまった。空を見上げると、きれいな満月が、青年を優しく光らせていた。

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