第四話「小さな冬山へ」
翌日。
ラドミラはペトラと共に、熊巨人や猿ゴブリンの住処があるというヨスィーダ山ヘ向かった。
冬山登山なんてまっぴらという気持ちもあったのだが……。よく話を聞いてみると、ヨスィーダ山は、名前こそ『山』になっているものの、実際には小高い丘といった程度なのだという。中央には聖なる祠の洞窟があり、昔々は厄除け開運の女神を祀っていたのだが、いつの時代からか洞窟はモンスターたちに占拠されてしまったらしい。
「何それ。モンスターを退けられないんじゃ、全然『厄除け』になってないじゃないの。そんなんじゃ『開運』の方も怪しいわね」
というラドミラのツッコミに対して。
宿屋の女主人は、全く気にせず、笑い飛ばしていた。
「まあ、仕方ないよ。ほら、ああいうのは、あくまでも形だけだからねえ」
近くの村人がそんな態度だから――信仰心が薄かったから――、その女神は、力が弱まっていたのではないか。
ラドミラは、少し神様に同情してしまうのだった。
村とヨスィーダ山の間には、寂しい景色が広がっていた。
冬枯れの牧草地だ。暖かい時期には一面青々として、目にも鮮やかなのだろうが、今は見る影もない。
いっそ雪が降れば、美しい銀世界となるのだろうが……。見た目はともかく、現実的に歩く上では、積雪は困る。むしろ、この『寂しい景色』の方が良いとラドミラは思う。
「なんだか、これでは物悲しい気分になりますわね。寒い地域なのですから、ホワイト・ウィンターを期待していましたのに」
と、隣を歩くペトラは、呑気な感想を口にしている。
こういうペトラは、ラドミラから見ると「能天気」ということになるのだが、これも男の目には「天然系で可愛い」と映るのだろうか。
そんなことも考えてしまうラドミラだったが、自分の頭の中を話題転換する意味で、ふと尋ねてみる。
「そういえば……。なんでペトラは、熊巨人の内臓なんて欲しがってるの?」
報酬は熊巨人の肝と心臓だけで構わない、とペトラが言い出した件だ。おかげで村人からの金品は全てラドミラの懐に入るわけだから、ラドミラにとっては都合の良い話ではあるのだが……。少し腑に落ちない気持ちもあったのだ。
「あら! ラドミラさん、知りませんの? あれって、貴重な材料になりますのよ」
「材料……? もしかして、スイーツの材料に……?」
ペトラが欲しがるということは、そういう意味なのだろう。モンスターの臓物なんて、間違ってもラドミラは口に入れたくないのだが。
眉間にしわを寄せて尋ねるラドミラに対して、同じく顔をしかめながら、ペトラは返す。
「まあ、下品。あんなもの、食べられませんわ。味なんて知りませんが、もしも美味だとしても、御免こうむります」
本当に嫌そうな表情だ。
いやいや、あんた甘い物なら何でも大歓迎じゃないのか? そう心の中でツッコミを入れながら、ラドミラは、さらに聞いてみる。
「じゃあ、なんで……?」
「秘薬の原料になりますのよ、熊巨人の肝と心臓は。お店でもなかなか買えない、貴重な魔法薬ですわ」
呪文詠唱時に併用することで、魔法の持続時間を長くする効果があるのだという。
ペトラの説明を聞いて、
「へえ。ひとつ賢くなったわ。ありがとう」
素直に礼を言うラドミラ。彼女の魔法は一瞬で敵を倒す威力があるだけに、持続時間には関心なかったのだが……。それでも、魔法関連の知識が増えるに越したことはない。
内心では「さすがは高名な魔法士、ただの甘い物マニアではなかったのだなあ」と改めて思っていたが、そちらは口には出さなかった。
そんなラドミラに向かって、
「どういたしまして」
ペトラは、無邪気な笑顔を浮かべているのだった。