アリとわたしの長い行列
将棋のテレビを見ていたら、試合を別の場所で解説しているレポーターが言った。
「こういう、将棋などで集中している人は、周りが火事になっていても気づかないこともあるそうですね。」
わたしはそれが冗談だと思った。そんなことあるわけないじゃん。いくら集中していても命の危険が迫ってきているときにまで次の一手なんて考えている人なんていないよ。
NHKでも冗談は言うのね。
アリの行列を見たのは、次の日、小学校で昼休みを過ごしていたときだった。
わたしの教室は2階にあって、そこからグラウンドがよく見えた。サッカーをしている子供たち、ドッチボールをしている子供たち、みんなとても楽しそうだった。わたしにはそういう一緒に集まって何かする友達が特にいなかったので、休み時間はいつも教室の窓の外にあるベランダの隅に座って、そんな楽しそうな子供たちのことを一人でよく見ていた。あそこにもしわたしがいたらあんなことやこんなことをしていただろう、と、まるでみんなと遊んでいるような妄想をしてわたしは一人で楽しんでいた。
気づいたらわたしの左足の上履きの上を、アリの行列が堂々と横断していた。1時間弱の休み時間の間、じっとグラウンドを眺めていたので、わたしの微動だにしない足はアリたちにとって地面と変わらなかったのだろう。
ベランダを右から左へ、アリの行列は進んでいた。わたしは上履きの上を進んでいるアリたちを優しくどけて、行列の行方をたどることにした。暇だし。
立ち上がってアリを見下ろすと、それはただの黒い点線にしか見えなくてあまり面白くなかったので、地面に這い蹲るようにして、視線を低くしてみた。そうすることでアリの一匹一匹がよく見えて楽しかった。
行列を構成するアリのそれぞれには個性があって、もう疲れたよ、と汗をだらだら流しながら歩くアリや、兵隊のように足をピンと伸ばしてばっさばっさと歩くアリの様子がとてもよくわかった、というわけでもないのだが、アリの行列と平行に、それこそまるでアリのように這いつくばって歩いていると、まるでわたしもアリになったのではないかと考えてしまう瞬間もあるほどなのであった。
そうだ、わたしはアリなのだ。ほかのアリと一緒に、同じ目的のために行動している。
グラウンドで遊ぶみんなみたいに集団で何かをすることのなかったわたしの、それは初めての集団行動だった。
わたしの属した行列は進む。
もう楽しくて仕方がなかった。ほかのアリたちもわたしを仲間と認めてくれたらしく、横に並んで這っていくわたしに、「ついてこい」とでも言うふうに、大きな背中でアリたちは堂々と突き進んでいた。わたしはもう、アリだった。
行列はベランダの柵の下の隙間から一階に続いていた。わたしも遅れないように続かなきゃ。立ち上がって、胸ほどの高さのある柵を乗り越えた。やわらかい風が、少し流れた。
「こういう、将棋などで集中している人は、周りが火事になっていても気づかないこともあるそうですね。」
あとから考えると、あれは冗談なんかじゃなかったんだ。ベランダから飛び降りた私は、そのまま地面に落下した。あ、しまった。そうだった。
そのときになって、ようやく気づいた。わたしはアリじゃなかったんだ
地面に人間のわたしが落ちた。
痛みが、走る。
おわり。